小島信夫『残光』



40歳で芥川賞を受賞した現役小説家の
90歳になってからの最新作
「新潮」に一挙掲載された400枚。

(リンク先から読むことのできる書評は、クオリアのあの「脳科学者」が執筆している。ベルクソンの言葉を使い、書評自体が高揚している。ベルクソンは哲学者だがノーベル文学賞の受賞者。小島信夫の作品についてであれば、時間の概念と絡ませるほうがベルクソンの言葉を使うには向いているような気がする。というより、科学者でもないこの人が畑違いの書評にまで手を延ばしてきたのかという驚きのほうが大きい)
私小説でもなく、随筆でもない。
日々を綴るだけではなく、枯淡の境地でもない。
一か所も推敲せずに織り成される、めくるめく日本語の世界。
小説が解体され、それでも小説に踏み止まっている。

小島信夫は、最初の妻をガンで亡くした。
再婚した妻は認知症で介護に入っている。
息子は小児麻痺で、アルコール依存症となり、施設で亡くなった。
大変な苦労を重ねながら、小島信夫は書き続けてきた。
現在91歳。周囲が変わり果て、失われていく中、ただひとりで世界と接している。

残光は、小島信夫の目に映るものなのか、小島信夫その人の姿なのか。

小さな狂気を描かせたら最も独創性のあった小島信夫。
しかし、ここには、光に写し出された世界をそのまま眺める眼差しがある。
その変貌/帰還に、心が揺り動かされる。
もう死んでしまうのではないかという予感が、胸をしめつける。

かといって決して読みやすいわけではなく、
過去の小島信夫、自作を読む小島信夫、現在の小島信夫、
さまざまな「小島信夫」が並列に登場してくる。
謎解きの逆を行くような展開、徐々に忍び寄る混沌。

これまで誰も踏み入れたことのない領域。

小説を書くこと、小説家として生きていくことの業を思い知らされる一冊。



上の画像は、白ホリゾントで撮ったこれを


こうして


ああしました。


(小島信夫の小説にはよくあることですが『残光』も膨大な過去の作品や体験について言及しており、執筆順に読んでいくのが望ましい小説家です。最初にこれを読むと「すっとぼけたじいさん」という印象になりかねません)
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