スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

イッタラのグラス カルティオ



掌におさまる小さなグラス。
フィンランドのイッタラ
デザインはカイ・フランク。
限定色のネイビー。

下に敷いてあるのは宇多田ヒカル「Automatic/Time will tell」のアナログ。
昨日テレビをつけたら宇多田ヒカルさんが唄っていて「切ない」という言葉を使わずに切なさを表現していた。そのものずばりの言葉を使ってしまうと、受け手はその感情がわきあがってこなくなる。「雨が降ったら『雨が降った』と書きなさい」というカポーティの名言があるが、客観描写でとことん説明されればされるほど興醒めしてしまうものはある。特に感情。歌われていた愛のかたちはサルトルが言っていたのと似た普遍的なのもで、普遍的なことを新しい「うた」として創出し、いい歳した男の胸をかきむしるのだから大したものである。ふとつけたテレビの画面に見入ってしまうのは、ひさしぶり。CMで幾度となく耳にしていたというのに。

宇多田ヒカルさんのアルバムリリースに併せたブログで「あなたの想像するULTRABLUEってどんな色?」というトラックバックの企画を募集している(宇多田さんご本人は他のサイトで日記を書いている)。コメントやトラックバック先を見てみると「ウルトラ」を「超高層ビル」や「超音速」などにおける「超」の用法と似た感じにとらえている人が多い。言い換えると「ものすごい」とか「テラ」といったところか。「超真っ青」というのはシアン200+マゼンタ200だろうか。

色の名前の頭に「ウルトラ」をつけるものといえば“Ultraviolet”を真っ先に思い浮かべる。ウルトラバイオレットとは紫外線、いわゆるUV。紫外線は不可視の電磁波で、存在を知覚できない。虹の内側のさらに内側や、プリズムの下端のその下。上端のさらに上は、赤外線。

そういうわけで「ウルトラ」という単語には、そのものの性質が強化されるというより、そのものを超越してしまっているというイメージを持っている。

青外線というものがあるとすればどんなものかと考えたところ、黒に近づくのではなく、透明に近いものをイメージした(なんだかそういう小説が過去にあったような気がします)。カルティオの上のほうの、円弧の奥のような感じ。ほんとうは、バックの白も、ない状態。

そして「Automatic/Time will tell」のジャケットの奥、グラスの横から見えている、光を反射して色が薄くなった部分。現実のジャケットの色は濃紺だけれど、光によって色はハレーションを起こし、濃紺ではなくなり光に近づく。物理を無視というか排除したら、そんな存在でもいいかなとも思う。


来客があると、半分ほどの確率でカルティオにお酒を作ります。厚めでころっとした感じが絶妙。持ちやすくて飲みやすい。たくさん入らないので、つねにお酒がおいしい状態。おまけに高価ではない。ついつい購入してしまい、そんなに部屋に入れないだろうというくらいの人数分ある。
関連記事

コメント

非公開コメント
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。