西田幾多郎記念哲学館

秋晴れという言葉があるけれど、それは日本は四つの季節のうち秋が最も降水量が多いからありがたいということで、秋といえば曇り空、私のいちばん好きな天気です。

(画像が9枚ありますが、かなり軽くしたので表示待ちのストレスはないと思います)
西田幾多郎は、西洋哲学史の輸入によって始まった日本における近代哲学の開祖、初めての日本の哲学者であり、京都学派という言葉は西田の登場なくしては生まれなかった。で、この人は石川県かほく市出身なので、かほく市に西田幾多郎記念哲学館なる建物がある。設計は、連戦連敗の割には表参道ヒルズも手がけていたりする安藤忠雄氏。私はここの友の会会員なので無料、というか年会費をとられるのですが、時間ができたときにしばしば訪れます。どんな建物なのか紹介していきます。

西田は四高を中退したため帝国大学に入学できず、哲学科の撰科に入りました。ちなみにその年の帝大哲学科の入学者は8人、撰科は19人。夏目漱石は前年入学で、夏目が入学した英文科は夏目ただひとりでした。そういう時代があったのです。帝大に入学していたら東京で生活していたはずなので(金沢や能登の学校の教師をしているときも東京へ行きたがっていた)京大に招かれて京都学派を形成したというのはさまざまな偶然が重なっています。

ローカルな話題ですが、金沢に山側環状という道路ができました。不要だろと思っていたのですが、便利です。こうして国民は何か大切な姿勢を失っていきます。七尾方面の国道に合流してからも片側二車線でついついスピードを出してしまいそうですが、コイル式のオービスがあるのでご注意ください。オービスがあるからスピードを守るというわけでもないのですが。とまあ流れに合わせてクルマを走らせていると、金沢からかほく(元宇ノ気町)まではあっというまです。標識に従って左折して進むとすぐに「←西田幾多郎記念哲学館」というサインがあります。初めての人はほとんどがその通りにクルマを入れるはずです。そのためのサインですから。で、入ってクルマを駐めます。でもどこにも安藤忠雄フレーバーはなく、駐車場しかない文字どおりのパーキングエリアのようです。見渡すと、隅のほうに、下のようなアプローチが待ち構えています。



「思索の道」と名づけられた道で、アプローチの長さを正当化する素晴らしい命名です。さすが元プロボクサーです。ちなみにボクシングも連戦連敗というわけではなく、23戦13勝3敗7分けという成績を残しています。

長い長い思索の道(実に2度ものスイッチバックがあり、これは二項対立に陥りがちな西洋哲学へのアンチテーゼ的な皮肉なのでしょうか。それとも弁証法的なアウフヘーベンを表しているのでしょうか。そして2回折り返すアプローチを無視して芝生を直線的に登る私はアリストテレスが発明した4の4乗で256と言いながらも有効なのは19種類しかないとも言ったり一方でその名もソフィアの上智大学では24通りだと教えたりしている三段論法のどれひとつとして修得していないのでしょうか。もしくはふだん私は媒概念不周延の誤謬に陥っているのでしょうか。それとも三段論法を乗り越えた哲学者のようなものなのか、ところでそれは誰だったっけ。J.S.ミルじゃないし……あ、思惑通り思索してしまいました)を終えると、次に待っているのは階段です。下の画像のような風景が現れます。



これを登らなきゃいけないのかとうんざりした人は、右を向いてください。壁があり、エレベータがあります。降りてから、なんでそんなところを歩かなきゃいけないのか分らない壁づたいの浮き足立ったところを歩き、受付に到着します。北風は防ぎますが、風雨はしのげません。ちなみにこのエレベータは一方通行で、昇ることしかできません。



というのが正式なアプローチの方法ですが、実は建物の前までクルマで行くことができます。曇りなので金沢から15分とは思えぬ美ヶ原高原のような一面の霧だか靄だか霞だかに包まれ、眼下は何も見えないすばらしい雰囲気でした。旗は左から、石川県、日本、かほく市です。たぶん。



では中に入ってみましょう。私のお気に入りは、図書室です。ここに半年住み込んでもいいくらいの宝の山です。全巻一括で事前に予約しないと売ってくれなかった西田幾多郎全集もありますし、主だった哲学書はほぼ揃っています。批評や文芸を置かず哲学に特化していて、中でも全集の種類の豊富さは圧巻。田辺や三木など京都学派の著作も充実していて、読み物もあります。エーリッヒ・フロム『破壊』もありますし、90分でわかるカント3日でわかる哲学といったどうしようもない本まで網羅しています。



そんな図書室で私は監視カメラ(話は逸れますが、この建物の監視カメラの堂々とした面構えは大したものです。通常エレベータの監視カメラは階数ボタンの上のほうにあるなんだかよくわからない透明っぽいプラスチックの板の中に予め内蔵されているのですが、ここのエレベータは天井一面の照明の一部を円く切り抜いてデジカメのレンズほどもあるカメラを取り付けています)の下、椅子に座らず床に座ってそのうち寝転びながらページをめくります。これまで一度たりとも他の利用者に出くわしたことがなく、次第に自宅での読書状態になってしまっているのです。気がつけば3時間経っています。いつも筆記用具を持って来なかったことを後悔するのですが、行くときにはすっかり忘れてしまいます。傾いた円形のコンクリートの壁に合わせて、書棚もカーブを描いています。蔵書はその奥行きの変化に合わせているわけではなく、きちんと分類されています。

地下には円いホワイエがあり、天窓まで吹き抜けています。画像は、左に首を傾けてご覧ください。ホワイエはFoyerであるために、その奥には300人以上収容できるホールがあります。他に地下にはトイレと喫煙室とジュースの自動販売機もあります。あとは受付で書籍とグッズ販売、2階に喫茶室。水は無料。



安藤忠雄設計の西田幾多郎記念哲学館といえば空の庭。SANAA設計の金沢21世紀美術館のタレルの部屋と同じようなもので、安藤忠雄設計の地中美術館のタレルの部屋とも同じようなものですが、強烈さはここがいちばんです。無料スペースではないので画像は省略します。代わりに、外から見てみたのが下の画像です。



18畳ほどの正方形です。こういうのを目にすると空き缶などをロングシュートしたくなりますが、してはいけません。地下1階にあり、コンクリートの壁は、だいたい3階ぶんの高さがあります。西田哲学の根幹である「無」が「有る」ことを体感できます。曇りの日がおすすめです。ぜんぶグレーです。移動するスピードが速くなればなるほど景色はグレーになりますが、時間が止まっているときも絶対グレーだと私は確信しています。どうして元プロボクサーの設計にはコンクリートが多いのか私には解らないですが、空の庭だけはコンクリートでなければ意味を成しません。

5階には展望ラウンジがあります。ラウンジといってもテンピュールまがいのベンチが置かれている、四方がガラス張りになったスペースです。晴れた日は金沢市街の向こうの白山連峰や、反対を向けば松林の向こうの日本海を眺めることができます。でも私は、下の画像のような曇った夕暮れが好きです。



空の庭が少し見えます。その先は石川県農業総合センター砂丘地農業試験場で、柿や葡萄やキウイの栽培が行われていました。散歩できます。空の庭を外から撮った画像は、ここの入口です。

空の庭を含めた展示室では、西田哲学を分りやすく説明しています。西洋哲学のビッグネームたちの思想のエッセンスも会得できます。空の庭に年5回以上行きたい人は友の会に入会するほうがお得です。おまけに「点から線へ」という読みごたえのある会報誌も送られてきます。

下の画像は、初めての著作『善の研究』と会員証と「点から線へ」です。占領期の1947年7月19日、西田の著作集が刊行されました。発行者である岩波書店社屋の前には3日前から徹夜徹夜徹夜の行列ができました。最も長い行列ができた書籍として今でも日本記録です。終戦で価値観が崩壊した日本人の心のよりどころとなった西田は、その景色を目にすることなく、終戦間際の1945年6月7日に死去しています。

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