加賀棒茶



お茶といえば京都、静岡、狭山。全国制覇したわけではないのですが、私の好みでいえば岐阜と茨城も美味しいです。棒茶という言葉は聞き慣れないかもしれません。葉っぱではなく茎を使ったほうじ茶のことです。ご覧の通り、茎。とはいっても一般に茎茶と呼ばれているものとも異なり、葉っぱを摘んだ残りの茎ではありません。芽茶と呼ばれるものもありますが、それとも異なります。というわけで部位で分類せずに炒るのでほうじ茶ということなのでしょう。川上元美がデザインしたので当然グッドデザイン賞も獲ったピッチャーだったかポットだったかも売り出したり、近年ブランド化が著しい丸八製茶場が作っています。テトラバッグの水出し専用もあり、手土産や贈答でのリピートリクエストが最も多いです。画像のものは「加賀棒茶 紺」という種類。同じ50グラムですが、袋<缶<箱入り缶、の順で価格は高くなっていきます。中身は同じです。
は「一番摘みの茎を使用」とありますが、茎の一番摘みというのが植物としての茶の一生においてどのような段階なのか私にはよく解りません。よく見てみると、枝分かれしている部位もあります。少し安めの設定がされているも一番摘みの茎を使って浅く焙じたところまで同じなので、何かとんでもない秘密が隠されているのかもしれませんし、単に選り分けているだけかもしれません。でもまあ今度尋ねてみようと思います。

特徴は、甘くて香ばしく、こくと力強さもあります。渋味はほとんどありません。私は、お茶に限らず食べものは渋味が爽やかさにつながると考えています。いかにも田舎のお茶、野武士という感じです。宇治茶のような洗練された爽やかさ(ピアノ線のような、透き通っていて細いけれどもしっかりとしている感じ)とは方向性からして異なり、お茶の美味しさにもいろいろあることが解ります。まったく根拠がありませんが、タンニンが少なく、カフェインが多い気がします。



煎茶道(話は逸れますが煎茶を確立したのは永谷宗円という人物で、どうやら現在の永谷園の発祥のようです)に則っていただくのも美味しいひとときですが、加賀棒茶は煎茶ではなく番茶ですらなく、ほうじ茶。野趣あふれる味なので、ざっくばらんにいただきます。ふだん自分ひとりがいただくときはこれ(の失敗作)しか使っていないのですが、色が伝わりにくいので数人飲むときのセットにしてみました。茶漉しと茶漉し受けのセットは、茶漉しの金網部分からオリジナルで作っています。持ち手を広島の職人に作ってもらい、拭漆を施したら京都の辻和さんに渡し、ひとつひとつ編んでもらっています。そんなわけで建水などは使いません。茶托はダルマ型の溜塗、お盆は網代を曙(朱を塗った上から黒を塗ったもので、ところどころ朱が見える。根来塗の反対ですね。本来は使っていくうちに自然とそうなるものなのですが、何でも最初からベストの状態をほしがる人たちのために市場に出ました)で仕上げたもの。茶筒はケヤキを使った黒の木出し(漆には抗菌作用があるので、ふだん私は缶や袋から茶筒に移し替えています)。急須と碗は九谷の、特にどうということのないもの。

休みの午後、陽だまりでお茶を飲む。これではおじいさんではないかという気がしないでもないですが、いいものです。美味しい梅干しがあったら最高なのですが、もう少し待たなくてはなりません。

茶殻は捨てずに、再び乾燥させてそのまま食べたり(無農薬だからできる)、床に撒いて箒で掃除するときに使ったりしています。
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