アーノンクールのヘンデル「メサイア」

最初のころは異端と呼ばれ、自身の目指している道は何も変わっていないのに時代が変わって「大御所」にまつりあげられたニコラウス・アーノンクール。現在の古楽器ブームが来るずっと前から古楽器/オリジナル楽器による演奏をしてきた。昨年の来日講演(公演ではない)から1年、26年ぶりの来日公演なので私はおそらくこれを逃したらもう経験することはできないと思い、珍しく自分でチケットを予約した。今回の来日ではウィーンフィルとのものと、アーノンクールが創設した古楽器演奏集団ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスと、ふたつある。私は迷わずウィーン・コンツェントゥス・ムジクス。ほんとうはバッハを聴きたかったのですが、日帰りで最寄りの京都へ行くことにしました。
場所は、磯崎新氏が風水になぞらえて設計した京都コンサートホール。席は、3階1列目中央(クラシックのコンサートは見上げるより見おろす位置のほうが音が良いです。理想は、天井がないのにマイクを通さず歌声が響く、擂鉢状になった古代ギリシアのホール。京都コンサートホールは正面に2階席のない、クラシック専用の設計です)。梶本音楽事務所のサイト会員になって会員先行発売に備え、初日に難なく予約できました。クラシックのコンサートに足を運ぶ人は、それぞれ好みの席があります。真横から見おろすのが好きという人もいますし、真後ろから観るのがいちばんという人もいます。それぞれ理由があります。私は演奏しないので、音響を最優先します。

クラシックの会場には、ピリオド楽器に向いているホールと向いていないホールがあります。京都コンサートホールは向いていると感じました。会場はすばらしい雰囲気に包まれていましたが、残念なことにS席に空席がありました。京都の権威筋かクラシックの権威筋かは判りませんが、関係者に配った分でしょう。権威的で価格の高いコンサートやライブではときどきこういうことがあるので、ちょっと恥ずかしいです。でも、京都は京都、観客に品格があります。雰囲気がただごとではありませんでした。

京都でのプログラムは、ヘンデルのメサイア。オラトリオの代表作というだけではなく、日本でも「ハーレルヤ、ハーレルヤ」で知られている曲。この通称「ハレルヤコーラス」の部分では、ある理由により観衆が立ち上がるのが慣例になっています。芸大メサイアなどには行ったことがありますが、大御所アーノンクールを観賞するときにもほんとにそうなのかといぶかしみつつ、どうだったかというと、総立ちでした。ホール全体を見渡すことのできる3階からの眺めは、ほんとうに壮観でした。

イザヤ書第40章から始まるメサイア。歌詞は聖書からとられています。ということはキリスト讃美の曲ということになります。しかし、ヘンデルは聖書そのままではなく、文の人称を変え、曲はすべてを提示することなく進みます。それにより、メサイアをキリスト教の救世主に限定せず、どうのような宗教にもあてはまる普遍的な曲に築き上げたのです。初演は、当時大衆娯楽だったオペラの劇場でした。同じ年に生まれたバッハの宗教曲とは、趣が正反対です。生命力と高揚感、光り輝く高大で荘厳な景色とあたたかさ。しかも、アーノンクール。彼の演奏というか指揮、そして古きオリジナル楽器の音色と響きは、とにかくすばらしいものでした。荘厳で美しく、かといって華美になることなく、とても自然に音楽が流れていきます。アーノンクール独特の、緩急つけられた展開。やわらかく、澄んだ音。まさにめくるめく体験。拍手はずっと止むことがありませんでした。

歳をとるほど感受性が鈍る私の体に、こんなにたくさん琴線があるとは知りませんでした。

22日には東京でオール・バッハ・プログラムがあります。行きたい。
絶対まだS席なら余っているはずだ。

画像は、1か月ほど前に購入し、予習がてら毎日聴き倒していたCDというかSACD5.1chとのハイブリッド。2005年末にリリースされた、1982年以来アーノンクール2度目のメサイア。リリースは「エスクァイア」のクラシック特集号でもとりあげられていた、古楽器レーベルのドイツ・ハルモニア・ムンディ。もちろんウィーン・コンツェントゥス・ムジクス。指揮、楽器、演奏、録音、エンジニアリング、すべてが完璧。ホール感というかアンビエンスまでもがすばらしいライブ盤。クラシックを演奏する人たちがCDを聴くとき、録音と再生の両方について音質をあまり気にしないことがしばしばある。本人たちが言うように脳内補正をしているからなんだなと、これを聴きながら実感した。私はクラシックにおいて、購入したCDと同じ指揮者で同じ演奏者で同じ曲のコンサートに行ったのは初めてだった。体験したら、体験したものを頭の中で再生するためのナビゲータとして、CDを聴くようになった。

そういう体験を、もっと増やしたい。



モーツァルト250歳の今年、アーノンクールを買うならこれ。モツレクもすばらしいですしCD EXTRAでとてもうれしい付録がついているのですが、それは年末にとりあげます。
  
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コメント

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菊花様
コメントいただいていたことに気づくのが遅くて申し訳ないです!
先に菊花さんのところで読んでしまっていました。
バッハ、すばらしかったようですね。うらやましい限りです。アーノンクールの手にかかると、宗教的な荘厳さが増すのか、それとも慈愛が表現されるのか、はたまた、と、想像ばかりふくらんでしまいます。

アーノンクールのJ.S.バッハ

行って来ました。
アーノンクール指揮/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス/オール・バッハ・プログラム
私のような愚か者の理解の範疇を軽々と凌駕した、とてつもない演奏会でした。判定基準の針が振り切れてしまっていて、何がどう良かったのかを言葉にすることが出来ないのですが。あれほどに研ぎ澄まされ、一音一音が明瞭に立ち上がるバッハは…、あれこそが、アーノンクールだったのだと思います。
(サイト内「芝居道楽録」に拙いレポートをUPしました。)

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>ワルツ様
ワルツさんのお顔は画像だけでしか拝見したことがないのですが、京都ですのでなんとなく探しました。コンサートで会うというシチュエーションが好きなんです。京都コンサートホールには、大昔の紀伊国屋ホールや、今はなき麻布プリンスのプールといった、解っている人だけが集う場所にだけ存在する空気がありました。和服もちらほら見かけましたし、さすが京都です。
バッハとヘンデルの差異、ワルツさんのおっしゃる通りですね。胸に迫ってくるアプローチが違います。
ワルツさんに25番と言われると、気になってしまいます。例によって私は同じ曲をあまり揃えないもので、アーノンクールがどうなのか、実は位置付けができていないんです。7枚組で1万円ならNAXOS並みだなと思って紹介したまでなんです。実際私は、初期の交響曲はNAXOSやブリリアントといった廉価盤で、どんな曲なのか一通り揃えただけです。アーノンクールのゆとりある流れは、若きモーツァルトが創った音風景とは絶対に違うだろうとは思いつつも、すぐにのめりこんでしまいます。で、自分にとっての基準になるような気がしましたし、紹介して間違いないものだという確信があったというわけです。

>菊花様
私はバッハ、無伴奏ヴァイオリン2枚と無伴奏チェロ1枚、トッカータとフーガ1枚しか持っていません。にもかかわらずバッハバッハ言っている不届き者、メサイアはアーノンクールのもの1枚だけというラッキーな人間です。
レクイエムは定番しか持っていなかったのですが、定番はどれも硬質で、荘厳さが切迫感と痛切さを伴って押し寄せてくる印象です。そこに、やわらかな質感のアーノンクールが加わって、聴き方が少し変わりました。
実はモーツァルトがあまり好きではないというのは同じです。先日、うちにピアニストが遊びに来たとき、私のCDを見て、一目瞭然なのですがモーツァルトが多くて、なぜ好きなのか問われました。そこで私は、今に思えばとんでもない答えをしてしまいました。この場を借りて言うと、無垢さとは非常識と表裏一体であることをモーツァルトの楽曲から感じ、それに飲み込まれないように意識しはじめたら聴かなくなったというのが正直なところです。余りにもピースフルで、つらいです。
返す返すも、22日がうらやましいです。アーノンクールによる古楽器のバッハ。会場まで背後にお気をつけください。というか明日ですね。

「メサイア」そして、バッハ

22日に備えて脳内をバッハ・モードにしよう!と思いつつ、実はバッハのCDって「ゴールドベルク変奏曲」と「トッカータとフーガ」しか持っていないので、↑で紹介されているアーノンクール指揮CMWのヘンデル「メサイア」2枚組CDをだらだらと聴く。良いわー。生で聴きたかったー。
「レクイエム」はブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルを持っていて、どこか華やかな感じが好きなのだけれど、やっぱり買っちゃおうかなー、アーノンクール指揮。モーツアルトって実はそれほど好きでもないのだけれど、アーノンクールで聴いたら好きになるかも。初期交響曲集という素材にも惹かれます。

あ!22日当日まで闇討ちには気を付けなくっちゃ(笑)

いいなぁ~♪

こんばんは。
京都コンサートホールでのヘンデルのメサイヤ、アーノンクール、だったのですね。
kotaさんの感想を読ませてもらって、その素晴らしさを改めて感じて・・・・あ~うぅ羨ましいですーー!
行きたかったです!(*^。^*)
ヘンデルの明るい高揚感は、バッハの厳かなものと比べて、ホント、コンサート向きというか。バッハとは全く違った感動にのみこまれますね。ドイツを動かなかった保守的なバッハと、あちこちを旅した社交的なヘンデルの違いもあるかなぁと思います。
アーノンクールの初期モーツァルト交響曲集。
初期を録音!というのは、精力的ですね。よく聴くのは、やはりト短調(25番)なので、その他を聴いてみたいと思いました。
紹介下さって有難うございます。

京都にいらした甲斐がありましたね~。アーノンクール~~♪

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菊花様
こんばんは。コメントありがとうございます。
私もトラックバックしっぱなしなのでお気になさらずに。

ワルツさんのところで書かれていた2枚組って、上の画像のものですか?

クラシック音楽ファンのブログ……読んだことないです……周囲にも存在しません。
メサイア、ほんとうにすばらしかったです。
クラシックのコンサートってこんなに盛り上がるんだなと、新鮮でした。
スポーツ観戦でウェーブをしない私ですが、ものすごい勢いで自然と立ち上がっていました。
東京は即完売だったんですね。あきらめがつきました。
菊花さんはチケット確保しているとは何ともうらやましいです。
闇討ちにお気をつけください、というのは冗談です。

いいなー「メサイア」

こんにちは。「たら本」ではいつもTBのやり逃げで申し訳ないです。菊花です。

アーノンクール指揮の「メサイア」、評判良いですね。クラシック音楽ファンの方々のブログ等を回ると、軒並み好評。いいなー、いいなー。(そのかわり、私は12月にバッハ・コレギウム・ジャパンで「メサイア」を聴く予定。うきうき。)
東京22日の、アーノンクール指揮/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス/オール・バッハ・プログラム。これ、かなり早い段階でチケット完売したんですヨ。東京のクラシック音楽ファンは壮絶なチケット争奪戦を繰り広げたのでした。え?私? 実は、某ファンを闇討ちに・・・ってなことはしていませんが、このチケット入手のためには随分頑張りました。楽しみ、にこにこ。
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