TB28『酒と本』

お題をたらいまわしにして、お題に沿った本を挙げるトラックバック企画です。
今回は「くるくる日記 」さん。まるで私のためにあるようなお題ですね。
画像に悩みましたが、私がどれだけ飲むかは、これがいちばん分かると思います。
本が入っているのはワインの箱。そしてコルク。帰郷して4年、自宅で飲んだワインとシャンパーニュです。良い機会だからと数えてみたら261個ありました。週に1本です。思ったより少なかったのですが、飲むのはワインとシャンパーニュだけではないですね。ジン、ウォッカ、ラム、テキーラ、アクアビット、コルン、ブッハ。シェリー、ベルモット、ポルト。カンパリ、シャルトリューズ、アブサン、フランジェリコ。マッコリ、アルヒ。サケ、ショウチュウ、アワモリ。たまにウイスキーとブランデーとタイウイスキー(米が原料)。人が来ればビール。

外で飲むのも好きです。というより、必ず飲みます。アマンキラで飲むシャンパーニュやエルブリで飲むワインから、中華料理屋のカウンターで飲むビールやビールケースをひっくり返して椅子にするガード下の焼き鳥屋で飲むホッピーまで、すべての場所に対応します。バーではカクテルを飲みます。技にお金を払うのですから、ウォッカトニックに行けばウォッカトニックです。何か飲みたいものがあれば「なんかすっきりするやつ」などと曖昧なオーダーはしません。何と何をどれくらいの比率でステアかビルド、と全てを指定します。「わたしのイメージでオリジナルカクテルを作って」なんて言う女性は、誠に申し訳ございませんがそういうのを喜ぶ男性と行ってください。

蒸留酒が主ですがいくつかのお酒の種類の名前には「生命の水」という意味があります。アクアビットはラテン語、ウォッカはロシア語、ウイスキーはゲール語、ブランデーはフランス語です。まあ、血がカベルネ、涙がシャルドネという人もいるくらいですから、命の源なのでしょう。



音楽にしても文芸にしても、お酒を摂りながら味わうのにぴったりのものと、一滴もアルコールを血液に混ぜず真剣に対峙するものとがあるように思えます。それはレゲエにラム、ジャズにバーボン、クラシックにシャンパーニュ、ゲンスブールにパスティス、キップ・ハンラハンにフローズンマルガリータ、ミステリにウイスキーといった紋切型ではなく、質というか時間が関わっているような気がします。杜氏が米づくりというか田んぼづくりから何年もかけて毎日丹精込めてつくりあげたお酒を、ながら飲みするわけにはいかないのです。それと同様に、ミュージシャンや小説家が魂を削って創出したものを、ほろ酔い加減で字面だけを追うことなんてできません。なので私は、酒を飲むときは飲む、読書するときは読書です。バーで文庫本を読むなんて、一体何がしたいのか解りません。

また、小説を読んでいたら、話に出てくる料理やお酒を無性に口にしたくなったということもあります。読者にそう思わせれば勝ち、といった文芸作法がありますし実際に大学でもそう教わりました。しかし私はそれについては懐疑的です。小説の力とは、ジャーナリズムの力とは別物だからです。想像力の問題とも言えるでしょう。

といったことを話しはじめると長くなるので、さっさと本の紹介に移ります。

■『Q.E.D Club collection Vol.1 HARD LIQUOR』
恵比寿にある、かつて会員制クラブで現在では誰でも利用できるQ.E.D.が所蔵しているお酒のコレクション。それで本を作ってしまうところがいかにも会員制です。私が持っているのは1000部限定の192番。想像を絶するお酒がたくさんあります。たとえばQ.E.D.にはザ・マッカランだけで50本以上あったのですが、ここには30本ほどしか載っていません。解説も丁寧で、いまでも読むと飲みたくなるものがいくつかあります。写真はさらにすさまじく、70カット近くあるのですが、ひとつとして同じ構図やシーンがありません。話は若干ずれますが、富裕層はプライベートのため、自分の時間を邪魔されないための出費は惜しみません。悦楽を味わえる場所、自分の楽しみの場所は、軽はずみに口外しません。今年の夏は予約制で1万円の海の家が繁盛したそうですが、それは似非セレブです。インターネットの発達によって何が明らかになったかというと、どれだけ絶賛されていても、絶賛する人が多数いるということはハイプもしくは大衆的=俗物ということです。

■ボードレール「人工楽園」
以前とりあげたような気がしないでもないのですが、これを逃したら「ドラッグと本」というお題でしか紹介できないので紹介します。ハッシシと阿片とアルコールについての考察と対策。おまえに言われたくはないよとボードレールに突っ込みたくなりますが、私はブリアサバランや山本益博のような人が語るより、ボードレールやセリーヌのような人が語ることに耳を傾けます。だって、前者たちは凡庸です。待ち構える態度で臨み頭でこねくりまわすのではなく、自分の足と五感で体験したもの、それしか身につきません。その上で、語る言葉を持ちうるか否か、だと思います。ちなみにワインについては30ページほどで、阿片の配分が多いです。しかしいずれも、ボードレールならではの言葉によって綴られており、エッセイにもかかわらず『悪の華』の読後感と似ています。入手しやすいのでちくま文庫を挙げておきます。

■ピエエル・ルイス『ビチリスの歌』
いいですね。こういう中で宴にまざりたいものです。

■アーヴィン・ウェルシュ『トレインスポッティング』
有名ですね。ドラッグ、アルコール、ハウス/テクノ/ロック、セックス、暴力。将来の望みなどない毎日。底辺の生活。それでも、という話。さて、お客さまや取引先の方も読んでいるこの場に書くのはまずい気がするのですが、私は25歳のころ、つまりこの小説が出たころ、自称フリーコピーライターで、その実ただの無職で、週に4回はクラブに行っていました。そこに行けばすべてがあった(と当時は信じ切っていた)からです。今になって考えると、どうして生活できていたのか不思議でなりません。家賃もあったのに。それはまあ不思議なのでいくら考えても判らないので置いておきますので突っ込まないでください。
階級社会ではない日本人のお前が何言ってんだ、そこにいたのかよ、という突っ込みが来ることは承知の上で、私は断言します。初めて、自分たちの世代の物語が生まれたと。大昔の、ガレージパンクとビートニク。その次の、ウッドストックとハクスリー。ふたまわり上の世代にとってのコルトレーンとサルトル、ひとまわり上の世代にとってのパンクと石原慎太郎、少し上の世代のニューウェーブとポストモダン、といったものに間に合わなかった私たちの世代は、何もなかった80年代に10代を過ごし、何もなかったからこその閉塞感を携えながら、イギリスではアシッドハウス、アメリカではグランジによって鬱積が一気に吹き出ました。『レス・ザン・ゼロ』や『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』や『ジェネレーションX』は、ユースカルチャーのごく一部に過ぎません。大きなうねりを文字に刻印したのは『トレインスポッティング』でした。
暗い地下。煙草と、プラスチックのコップに注がれた酒。そして音楽。私の大学のゼミの先生がプロデューサーを務めていたクラブのひとつはウイリアム・バロウズの照明システムを備え、もうひとつのクラブはドラッグで何度も営業停止になりました。日本で最初の、大型のクラブ。私は、そこにいました。歴史に名を刻む名作になる資格など微塵もない、部外者からみればゴミのような『トレインスポッティング』は、アシッドハウスムーブメント、セカンド・サマー・オブ・ラブの真只中にいた世代の、いつまでも色褪せない鮮やかな記憶です。よみがえるのは、酔いつぶれてガードレールにもたれて座り込んだときの、この体から抜け出したいという安易な逃避を思うときのつらさ。仲間がしょっぴかれていくときのやり場のない思い。パーティが終わったときの、あのさびしさ。未来のない、行き詰まってみすぼらしい恋愛。そんな中でも、少しでも希望を持とうとして、裏切られる気持ち。そういったあれこれが、この小説には描かれています。初めてと言ってもいいくらいの、イギリス労働者階級の文芸作品。BGMは、アンダーワールドとプライマル・スクリーム、そしてエイドリアン・シャーウッド率いるON-Uチーム。片手には、粗悪なロンドン・ジンをストレートで。ほんとうはこんなもんじゃない、と言う人もいますが、そういう人はほんもののジャンキーなのでお気をつけください。
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コメント

not subject

ワルツ様
おほめいただき光栄です。あ、私をほめているわけではありませんね。少し悲観的かもしれませんが、私は基本的に悲観的なのでしょうがないので書きますと、自分の饒舌さを振り返ると、結局、語ることができるのは、同じ時を過ごしたものに対してだけなような気にもなってきます。古い小説や音楽が好きな私にとっては無力感というか戻ってみたいというか……。でもまあ、味わうのは別の話ですね。
トレインスポッティングは、ワルツさんが読むと「まあなんとはしたないのかしら」とお思いになること間違いなしです。はい、勝手な想像です。

not subject

kotaさん、こんばんは。
画像が壮観です。そしてそれにも増して、kotaさんの『トレインスポッティング』 時代がすさまじくかっこいいです。
「いつまでも色褪せない鮮やかな記憶」、とおっしゃってるのも、文章からすごく伝わって来ました。
ふっと遠い目になってしまう、そんな素敵な記事ですね。
>アーヴィン・ウェルシュの『トレインスポッティング』 は、
名前だけで、未読なんです。
今度この本を探して、その世界に浸ってみたい気持ちが膨らんでます。

not subject

>kyokyom様
主催おつかれさまです。23歳くらいのころは、土日なんかは一歩も外へ出ずに一言も言葉を発しないくらい閉じていましたよ。かなり病んでいたのですが、原因と理由も判っているので特に心配(過去を心配というのもおかしな話ですが)していません。で、クラブがまた私を引き戻したんです。閉じたままでいるのと打ち破るのは一見対極のように思いますが、閉塞感を抱えているという時点で共通なんだと思います。そんなもの、微塵も感じない人もいるわけですし。
何か得体の知れないエネルギーだけを感じる(だけ)ということはよくありますね。私は『イージー・ライダー』がそうです。かっこいいことは解ります。出だしのキャストで震えます。でも私は、その世代でもなくそのようなタイプでもなかったので、そのイージーライダーについては現場の声として語る資格を持っていないのです。そのようなときにできるのは、形式的な批評の枠内に当てはめる凡庸な手続きだけです。

>天藍様
よく覚えておりませんが、あまり気にしないでください。何といっても「トラックバック」企画ですから。私はコメントすらつけないことが多い無礼者です。アンダーワールド「Born Slippy」は、以前歌詞を日本語に訳して、その解説を書いたことがあるのですが、サイトは消滅し、私はテキストを保存していません。とても示唆に富んだ、スラング混じりの分裂的で見事な歌詞で、なぜドラッギーな歌詞にするのかと、アンダーワールドがライブDVDの映像でなぜ世界中の野外フェスでのライブしか使わなかったのかを逆説的に理解できるものだっただけに残念です。
『人工楽園』いいですよ。化学的にも生理学的にもまったく役に立たないところがすばらしいです。
『アンチ・オイディプス』は、劇的に読みやすくなりました。

失礼致しました

あああ、お返事ありがとうございました。>前回の「たら本」
遅くなって申し訳ありません。記事を非公開にしたせいかと思います。トラックバック削除なりしてやってくださいませ…
トレインスポッティング。kotaさんの文章を拝読するだけで凄い鮮やかな閉塞感を感じます…。その時代にはまだ自我の確立してない若造でしたので(笑)想像するだけでも興奮です。アンダーワールド、ちゃんと聞いてみなきゃです。。
「人工楽園」面白そう。
それにしても「アンチ・オイディプス」の新訳が出たとは存じませんでした。。

not subject

Kotaさん、おじゃまします。
コメントが遅れて申し訳ありません。何度か読ませて頂いても、僕みたいな人間には、うわあ、すげぇ、くらいの感情しか湧かずなかなか書き込めずにおりました。
『トレインスポッティング』は映画を見たのですが、なんだか得体の知れないエネルギーを感じただけで、何がなされていたのか理解することはできませんでした。小説の方が面白そうですね。
うーん、Kotaさんの体験を読ませて頂いて、僕が東京西郊に閉じこもっていた時の怠惰による無為とはまったく別の激しさを伴う無為というものが存在していたことを知らされました。歓喜も苦痛も倦怠もあらゆる感情を感じながら足掻いていらしたような、どこにも辿り着けないような閉塞感。そこにあらわれた『トレインスポッティング』の輝き。
酒と音楽の日々。
そして文学。
こう書いて失礼にならないかと案じてしまいますが、しかし楽しく興奮しながら読ませて頂きました。
ご参加ありがとうございました。

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