Experimental Audio Research/Worn to a shadow



【psyche】

サイケデリックの生き証人、ソニック・ブーム。
日本のファンは彼のことを「ソニック先生」と呼ぶ。
彼のユニットのひとつ、エクスペリメンタル・オーディオ・リサーチの最新アルバム。
ソニック先生が最初に世に出たのは、ラグビー発祥の地イギリスのラグビーで1980年代初期に結成された、ギターをかき鳴らす轟音サイケバンド、スペースメン3だった。マイ・ブラディ・ヴァレンタインのケヴィンはスペースメン3のライブを観て衝撃を受け、伝説の曲“You made me realise”を作り、一躍シーンの最前線に躍り出た。スペースメン3にはソニック先生の他にもうひとりソングライティングする人がいて、何とふたりは生年月日が同じ。よくあるようにバンドは分裂。A面とB面を仲良く分け合った、儚く美しい彼岸のサイケデリアを現出したラストアルバム「Recurring」をもって解散。この1曲目は当時大勃発していたハウスのリズムを導入したアンビエントなダンストラックで、大好きです。

ソニック・ブームは新ユニット「Spectrum」を結成(厳密には解散前から活動)、ビンテージアナログシンセの分厚くて温かい音色に驚いた。ソニック先生の全ディスコグラフィのうちファンの間で最も人気が高いのは、スペクトラムの2nd「Soul kiss」です。後半はアンビエントな音響空間が続き、非常に心地よいアルバム。初回限定盤は、緑色の液体が入った透明ビニールパッケージに入っており、日本に輸入されたほとんどのものはビニールが破れ、商品になりませんでした。この人は、その手のジャケットを多用し、マニアを泣かせています。

そして、ソニック・ブームのもうひとつのユニット「Experimmental Audio Research」は、完全に音響。巷には「音響系」「音響派」なるジャンルがありますが、それらは音響ではなく音楽であることを、ほんとうに音響であるエクスペリメンタル・オーディオ・リサーチを聴くと解ります。使用するのはもはや楽器ですらないこともあり、時には子ども用の玩具を改造して、ひたすら鈴虫の鳴き声、または20台ほどの電話が鳴りまくる、高周波やドローンによる苦痛の70分を強いられるアルバムばかりを制作しています。どんな感じかというと「リンリンリン、ピーーッ、ガーーーッ、ぶよーーーーん」といった音です。小杉武久のヘテロダインに近いですが、似ていません。何もかもが正反対。1stにはソニック先生の生徒のひとり、マイブラのケヴィン・シールズも参加。

毎回「またどうせ何も展開のない電子音が続くだけなんだろうな」と思いながらもCDを集めてしまう自分が不思議ですが、でもこのE.A.R.の新譜は大きく異なります。とても響きが美しい音を多用し、本来ソニックが持っていた資質である誘眠効果の高い音世界を構築。聴きやすいE.A.R.というのも肩透かしですが、これはすてきなサイケデリックです。かつては緑色の液体を封入していたジャケットも、簡素な透明ビニール。小さな紙が1枚だけ。そして白黒のピクチャーレコード。シンプルです。ソーやアーペーあたりで流れていてもおかしくはありません。

CDで見かけたことは何度もあったけれど、これはどうしてもレコードがほしかった。オプアートを用いたピクチャーレコード。探したら、新品ストックが簡単に見つかった。視覚からもサイケデリック(による効能)を楽しめる。レコードでなければ意味がないとまでは言わないけれど、ソニック・ブームの思い描いたものをすべて享受するには、レコードのほうがいい。サイケデリックというと極彩色をイメージしますが、これが白黒なのはJean Larcherによるオプアートだからです。それを回転して楽しめるという、気の効いた仕様なわけです。525枚限定で、146番。生活できているのでしょうか。でもソニック先生にしては、多いプレス数です。彼は、フィボナッチ数がデジタル表示される、意味のよくわからない公式サイトで「新譜をレコーディングする費用がほしいから、コピーしないで買ってね」と、過去の未発表音源をCD-Rでリリースして食いつなぎたいようだが、その未発表音源がシリアルナンバーとサイン入りの100枚限定なのだ。もっとプレスしてくださいソニック先生。



さて、もうひとりのほうは「Spiritualized」を結成。誰も到達できない深みにひとりで潜り込むソニック先生とは対極に、恋人を元Verveのリチャードに横取りされた怒りをそのまま音に詰め込みながら、壮大なサイケデリックをかき鳴らし、ノイズとゴスペルコーラスとストリングスとブラスを融合、クラシックの殿堂ロイヤルアルバートホールでライブをしてしまうほど高みに立ったのでした。スピリチュアライズドは、いささか大げさで、展開が見え見えで、あまり聴きません。

アーティスト名が「Sp」で始まるものが多く、アルファベット順に整理している私のCDは、Spに来ると異様に多いです。年明けにはE.A.R.のライブDVDがリリースされます。どうせ購入してしまうんだろうなと、なぜかテンションが下がります。現在もラグビーに住み、たったひとりの世界に耽溺するソニック・ブーム=ピーター・ケンバー。数少ない、信頼できるミュージシャンです。
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