Adjagas



【world】

サーメ人。かつては「ラップランド」に住む「ラップ人」という蔑称で呼ばれていた、北欧の最果てサーメランドに住む民族。だいたい北極圏から北。現在6万人。アイヌには神謡があるように、沖縄には琉球民謡があるように、サーメランドにも独自の音楽がある。最も知られているのは、ヨイク。アドヤーガスは、サーメ人のデュオ。23歳の女性、26歳の男性。ヨイクの技法を駆使したデビュー作。
邦盤には日本語訳がないので本国盤でいいと思う。歌詞の英訳は、おそらく本国盤にもUK盤にもついている。既にイギリスを中心としたメディアは大絶賛。Qやガーディアンでは最高得点を叩き出し、各紙誌も軒並み衝撃を受けている。あとはイギリスのポピュラー音楽界のご意見番(もちろん皮肉)であるNMEがどう評価するのか興味深い。

イギリス国営放送のBBCは「これは全く新しい表現方法とサウンドだ」と評した。私はクリティークになっていないメディアの言説を鵜呑みにしない。BBCの発言がどれだけ傲慢で愚かな西洋植民地主義的視点であり大英帝国らしい発言なのか、少し説明しておきたい。

一般的には「歴史のないアメリカは伝統などないので気にすることはない、だがヨーロッパは古くから受け継がれてきたものを大切にしている、しかも、独自の伝統文化を特別視する日本とは異なり、ヨーロッパではそれらが現在でも生活に根づいている」と思われている。果たしてそうだろうか。

ヨイクは歌唱法に特徴がある。サーメ人なら誰でも歌えるというわけではない。虐げられた少数民族の中でも、歌える人はさらにわずか。楽器も芳醇な音色を奏でる。私にとっては、この世のポピュラー音楽すべてが西洋音階でしか構成されていないことのほうがおかしいことであり、時折キリスト教が最もおそろしい宗教に感じることがある。打ち込みがこれだけ発達しているのだから誰か新しい音階を発明しても良さそうなのだけれど、誰も発明していない。現在の日本の音楽教育では、西洋の文法でしか考えることができないからだ。

このアルバムは、西洋社会における他の音楽、ブルーグラスやフォークやブルースやエレクトロニカにも影響を受けて(しまって)いるので、民族音楽を聴きはじめるには入りやすいものだ。サーメ人は税金や会社員といった近代システムとは無縁で、狩猟によって生活を営んでいる。文化のさまざまな部分がキリスト教とは反するため、ずっと迫害されてきた。1950年代まで、ノルウェーではサーメ語を話すことは「違法」だった。先進国で暮らすために、氏名を変えなければならなかった。現在は、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン、ロシアの4つに分かれている国を横断して、サーメ議会を持っている。近年やっと、キリスト教支配から逃れることができた。そして現在、彼らは彼らがベストだと考えるスタイルで暮らしている。つまり、ヨーロッパの習慣を受け入れず、古くからサーメが営んできた暮らしだ。やっと、それをすることが許されてきた。幸い、音楽は途絶えていなかった。音楽はアイデンティティのひとつに成り得る。色物扱いで終わってほしくない。でも、アイヌの観光地のように、見せ物を体験するような視線で楽しむこともしてはいけない。そんな資格などない。私たちは、日本にあったすべての音を捨て去って西洋音階を採り入れた、空っぽの器に過ぎない。

アイヌやエスキモー(ことごとく蔑称である)と生活スタイルも音楽性も近い。福祉が「発達」した、世界の模範と言われる先進国ばかりの北欧の辺境に、今も生活するサーメ人。自然を破壊することなく、ゴミを出すこともなく、昔ながらに暮らしている。

人間の声の可能性について、キリスト教とその普及のために世界を支配した西洋音楽に欠けているものについて、いろいろと感慨深い。こんな歌は、西洋音楽しか頭に入っていない人には唄えない。これは新しい音楽でもなんでもなく、いわゆる西洋人が大衆性を突き進んでいく過程で考慮に入れなかった、既に確立されていた音楽だ。
関連記事

コメント

非公開コメント