serge Gainsbourg

gainsbourg_records

長樂レコジャケ展にまた出しました。今回は、春っぽいものというリクエストだったので最初はお花畑の写真を使ったジャケットを思い浮かべたのですが、私が持っているお花畑ジャケは風景写真ではなく頭の中がお花畑なものが多くてさすがに食事中にはまずい気がして「春→出会い→恋愛→性愛→遊び人→ゲンズブール」という紋切型の連想が働き「ゲンズブールと女たち」にしました。ついでなのでゲンズブールの紹介をします。私のフェイバリットミュージシャン。ゲンズブールだけでブログをひとつ作れるほどなのですが、強引にひとつにまとめます。長いです。
セルジュ・ゲンスブール、ゲンズブール、ゲーンスブール、ガンズブール。思うところあって最近私は「ゲンズブール」表記を選んでいます。そう聞こえるからです。本名ルシアン・ギンズブルグ。1928年4月2日生まれ、1991年3月2日没。「?ブルグ」という姓に多く見られる通り、ロシアの血をひくユダヤ系。両親は社会主義革命を逃れてパリに亡命。

リセはバカロレア直前に放校処分。画家を目指し美術学校。覚えたのは同じロシアからの亡命貴族の娘との恋愛。見かねた父はギターを覚えさせてバーやクラブで仕事をさせる。父がそうしていたように。兵役では酒を覚える。亡命貴族の娘の家に転がり込みヒモ。一念発起して美術教師に。そして亡命貴族の娘と結婚。絵画はキュビズムにもシュルレアリスムにも間に合わず挫折。再びバーやクラブでギターとピアノの伴奏。家具の絵付けや映画スチールの色付けなどもして生活はぎりぎり。ボリス・ヴィアンのライブを体験。離婚。デビュー。ジュリエット・グレコやミシェル・アルノーなどがゲンズブールの書いた曲を唄い始める。ロシア皇族の元プリンセスと再婚。「夢見るシャンソン人形」で人気ソングライターとなる。離婚。ブリジッド・バルドーと恋に堕ちる。あとは周知の通り。

作詞作曲家、歌手、俳優、映画監督、脚本家、小説家、CFディレクター、イラストレーター、画家。

「愛してる」と女性に言われたら「俺も、そうじゃない」としか答えることができない男。この「ジュテーム」「モワノンプリュ」についてだけでも長い説明が必要です。なぜなら、俺「も」「そうじゃない」というところに、ゲンズブールの生き方と恋愛観が凝縮されているからです。ちなみに「俺もそうじゃない」という言い回しはゲンズブールのオリジナルではありません。ゲンズブールだけか、残りのミュージシャンすべて、どっちを選ぶかと言われたら、私は迷わずゲンズブールだけを選びます。

■オリジナルアルバム 長樂に飾っているものは○印です。
スタジオレコーディングのオリジナルアルバムは16タイトル。生前にリリースされた公式ライブアルバムが3タイトル。10回忌にあたる2001年にアルバム音源すべてがリマスターされ(てしまっ)たので、今後その音しかプレスされないと思います。1stから4thまでは10インチで、ジャズとシャンソンが融合し、さらに他のさまざまなリズムをとりいれ、歌詞もアレンジも考え抜かれた素晴らしい作品なのに、扱いが年々悪くなっています。レコードは再発が1500円ほどで容易に入手可能。

Du chante a la une 邦題「第一面のシャンソン」
1958年。「リラの門の切符切り」で幕を開ける、売れることを拒絶したかのような暗さ。そこに潜む毒。シラブルの多いフランス語を強引にジャズを通過したシャンソンにのせる。ジャズのジャンルは無節操。ビート感はないのに切迫したスピード感はある。ACC大賞受賞。ボリス・ヴィアンが絶賛。ゲンズブールは、あのヴィアンが自分のことを絶賛していることを信じられず、記事の上を消しゴムでなぞる。

No.2 邦題同じ
1959年。マンボをとりいれた曲に見られるように、バックやアレンジを変えて曲の印象を変えるというセルジュの戦略が早くも表れる。アレンジでラテンにしてあるだけで「ラテン風」のフレンチという、日本で最も人気のあるタイプ。歌詞は言葉の響きとリズムを最優先するため英語とフランス語を織りまぜはじめる。

L'etonnant Gerge Gainsbourg 邦題「驚嘆のセルジュ・ゲンスブール」
1961年。ぐっと暗くなって静謐。冒頭は英訳されてジャズのスタンダードとして広まったプレヴェールの「枯葉」のリメイク。ロックやイエイエ(当時台頭してきたフランスのロック)へのアプローチも見せてサウンドは芸術と大衆性の間を迷走。歌詞はヴィクトル・ユゴー、ネルヴァル、アルベールらの詩を自在に引用して文学度は最高。これが歌詞。

No.4 邦題同じ
1962年。さらに暗く渋くなった4枚目。既に34歳。ロックには歳をとりすぎ、シャンソンには間に合わなかったセルジュの見い出した、典型的なフランスのコード進行で曲を書き、楽器とアレンジでジャズに仕立て上げる技が最高潮に達した、どこにも属さない音楽。歌詞もボードレールなど詩的なもの。ここまでまったく売れなかったため、ゲンズブールは引退を考えていた。

Confidenciel 邦題「ゲンスブール・コンフィデンシャル」
画像いちばん下。1964年の5thアルバム。バド・パウエルのライブを観たゲンスブールが、そのベーシストとギタリストと組み、自分はピアノをほとんど弾かずに唄った、本気でジャズに取り組んだ、割にはものすごく渋い変則トリオジャズ。ビートへの言葉の乗せかたが、とても独特。ジャズを愛したパリの芳香に満ちた佳品。詩人としてのゲンズブールは、ここまで。

Gainsbourg percussion 邦題「ゲンズブール・パーカッション」
画像下から2番目(オリジナル)と3番目(再発)。1964年の6thアルバム。ついにセルジュは音楽を二流芸術と位置づけて開き直る。アフリカンビート、ラテンパーカッション、キューバのリズム、マケバの対位法、そして白人女性に無理矢理黒人女性のようなハイトーンで唄わせるコーラスをとりいれた、ここ10年で最も人気のあるアルバム。収録曲「クーラー・カフェ」は1990年代に渋谷でかかりまくり、現在でもどこかのクラブでまわされている、カフェ/クラブ世代のアンセム。

Initials B.B. 邦題「イニシャルBB」
画像下から4番目。「夢見るシャンソン人形」のヒットで生活が上向き、女たらしとしての活動が始まる。最初はブリジッド・バルドー。瞬間沸騰した、出口のない愛。夫がいながらゲンズブールに溺れたブリジット・バルドー絡みの曲を集め、別離後リリース。呆れるほど馬鹿馬鹿しい歌詞、スウィンギングロンドン的なアップテンポのサウンドが、いまでは切ない。バルドー名義では、ふたりの絶頂期にリリースされた「Bonnie and Clyde」がある。タイトル曲が象徴するように、いつまでも続くことなどないと解っていたからこそ、ふたりはその時を激しく燃えた。私が持っているのはセンターレーベルがずれて貼られているため、B面の最後の曲が聴けません。

Jane Birkin Serge Gainsbourg 邦題「バーキン&ゲンスブール」「ジェーン et セルジュ」
画像下から6番目(オリジナル)7番目(アメリカ盤)8番目(再発)。1969年。バーキンと出会ってやっつけ仕事。楽曲も寄せ集め。恋に堕ちたら、コンセプトを立てて曲づくりを始めて熟考するといったアルバム制作のプロセスなどできるわけがない。ふたりが出会った幸福な時間を記録した、まばゆいばかりに光が満ちあふれる1枚。「おまえがいて俺は幸せだ」といったラブソングは世にあふれているが「恋人ができた、しあわせ!」という瞬間をとらえたレコードは、これ以外に存在しない。イギリスのヒットチャートで初めて英語以外のナンバーワンとなった、もともとはバルドーに「私のために世界で一番美しいラブソングを書いて」と言われて書いた「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」から始まる。国によっては放送禁止となったため、曲が差替えとなった。しばらく前の国内盤CDの収録曲も差替版に倣っていた。ジャケ違いのアメリカ盤のタイトルは「Beautiful love」と、なんだかウッドストック。レコードも人気があって、オリジナル盤は軒並み1万円を超える。

Historie de melody nelson 邦題「メロディ・ネルソンの物語」
画像下から5番目。1971年。現時点で最も旬。バーキンと出逢ってゲンズブールの創造力が一気に爆発。50人編成の交響楽団と70人の合唱団を用いた、プログレ的なトータルコンセプトアルバム。全7曲で30分ほどで、1曲目と7曲目が7分を超える。ロールスロイスに乗った中年男がメロディという少女と出会い、ホテルに行き、そして最後……。ホテルに入ってセルジュが「愛してる」と囁いて終わる5曲目の次がアップテンポのインストで、バーキンのはしゃぐ声しか入っていないところが意味も解らずお医者さんごっこをする女の子のようでおぞましい。二人称なのに自然と一人称に変わっている曲もあり、すさまじく分裂的。唯一の小説作品も、ずっと一人称だったのに最後の最後で自然と三人称になっている。こっちもこっちで理由のある人称変化。十代のころ最初の恋人とダリのフランスの住まいに忍び込んで逢瀬を重ね「シュルレアリスムに間に合いたかった」と絵画を志していたゲンズブールの真骨頂。ベックやエールをはじめとしてフェイバリットに挙げるミュージシャン多数。たった1曲のポルノソングでしか知らなかった英語圏がゲンズブールを21世紀になってようやく発見したのは、この作品によって。ジャケットのバーキンがぬいぐるみを持っていてかわいいと評判なのだが、お腹にシャルロットを身ごもっていて、それをごまかすための苦肉の策。胸を隠す意図などゲンズブールにあるわけがない。

Vu de l'exterieur 邦題「見かけ」「手ぎれ」「ゲンスブール版女性飼育論」
画像下から9番目。1973年。女性絡みではないアルバムとしては8年ぶりの10thだが、全く売れなかった。映画で評価を高めていったバーキンの「夫」という世間の認識に拍車をかけた。レイドバック感あるアーシーなロックに、当時の自身の立ち位置から生まれる屈折を通して綴られるエキセントリックな歌詞。ヴェルレーヌに捧げた1曲目など文芸作品からの援用がいくつも盛り込まれ、ひさしぶりに文芸及び言語学的視点で歌詞を堪能できる作品となった。そのかわりアレンジは相当手抜き。そのぶん曲の良さが際立っている。当時まったく売れなかったので枚数が少ないらしく、私が購入した全レコードの中で最も高価。タイトル文字が赤いものがあるが、それは再版および再発。

Rock around the bunker 邦題「第四帝国の白日夢」
画像下から10番目(オリジナル)11番目(再発)。1975年。ナチスを揶揄した楽曲揃い。しかも内容は同性愛、幼女性愛、スカトロジー。もちろん大非難。ラジオで流されることを拒否するかのような内容。サウンドは古めかしくチープなロック。とはいってもシャウトするわけでもなく相変わらず半分喋っているような唄いかた。ゲンズブールはユダヤ系で、第二次大戦直前の少年期、ユダヤの印であるイエロースターをつけることを強制されていた。叔父が収容所送りになっている。後に(スキャンダラスな人として)確固たる地位を築いたゲンズブールは、カルティエで純金のイエロースターを作った。ジャケットのイラストは自画像。

L'homme a tete de chou 邦題「キャベツ頭の男」「くたばれキャベツ野郎」
画像下から12番目。1976年。だんとつの前衛度。理髪店で働くニンフォマニアにとりつかれて捨てられたので殺し、頭がキャベツになる男の物語。ジャケットに写る彫刻に衝撃を受けて創造。ゲンズブールはこの彫刻を購入し、自宅に置いた。フランス帰りの間章は「シュウちゃんにはchouが似合う」と言って、寺山修司へのおみやげに。クラッシュよりも早いレゲエトラックも収録されているが、ほとんどがメロディらしきものがないバックトラックに、ゲンズブールの呟き。エロス、タナトス、死。

Aux armes et caetera 「祖国の子供達へ」「フライ・トゥ・ジャマイカ」
画像下から13番目(オリジナル)14番目(再発)。1979年。レゲエ。ジャマイカに向かう飛行機内で曲作り、残りは徹夜。キングストンスタジオでスライ&ロビーとレコーディング、翌日ミックスダウン。計5日で完成。白人初のレゲエアルバム。初のプラチナ獲得。現地のミュージシャンに丸投げしたため、サウンドはほんもののレゲエ。仏国歌をレゲエにして右翼や退役軍人から狙われ、ライブ会場にはパラシュート部隊が集結。

Le Palace 邦題「ラ・パレス・ライブ」
画像下から16番目。1980年。初のライブ盤。14年ぶりのライブを収録。最も売れたレゲエ期の、あぶらののったライブ。スタジオ盤より鋭角的な音。

Mauvaises nouvelles des etoiles 邦題「星からの悪い知らせ」
画像下から15番目。1981年。レゲエ第二弾、通算13枚目。今回はバハマのコンパスポイント。コンパスポイントがニューウエーブ御用達になる前。相変わらず耳が早い。今回は、ダブを用いてアーシーで低音強め。前作ほどではないが、そこそこ売れた。馬鹿馬鹿しくも分裂的な歌詞を無視して現在聴くと、こっちのほうが耳なじみが良い。

Love on the beat 邦題「ラブ・オン・ザ・ビート」
画像下から17番目。1984年。バーキンが去っていった後にゲンズブールが目をつけたのは、いちばん近くにいたロリータ、娘のシャルロット。12歳の愛娘とデュエットした「レモン・インセスト」で、また非難囂々。PVでは、大きなベッドで仲良く寝そべる。 デヴィッド・ボウイ「レッツ・ダンス」と音がそっくり。というのも「レッツ・ダンス」のバックメンバーを引っこ抜いてきたから。録音も、ボウイが使ったパワーステーション。めずらしくプリプロダクションから力を入れ、きちんと曲を完成してからスタジオに向かった。歌詞は相変わらずというか、安易な色物狙いが目立つようになる。女装ジャケットも当然非難の的に。名前とタイトルを続けて読むと「ゲンズブール・ラブ・オン・ザ・ビート」となる。

Live 邦題「セルジュ・ゲンスブール・ライブ」
唯一LP未所有。1986年。ライブ盤はこれがベスト。放送禁止用語連発。男性器を意味するスラングである「ミッキーマウス」では悪ふざけ。近親相姦の歌は「娘が(ここに)いないとその気にならない」と中断。しかし、最後の最後、キーボードだけの伴奏で唄われる、言葉に繊細で丁寧なゲンズブールの真髄を見る「ラ・ジャヴァネーズ」の説得力に、心が震える。リズムにこだわった「ビートの女たらし」は、ビートのないほうが良いことをはからずも証明した奇跡のような名トラック。

You're under arrest 邦題「囚われ者」
画像下から18番目。1987年。スタジオアルバムとしてはラスト。最後はヒップホップ。早いのか遅いのかよく判らないが、最後までリズムに節操がなかった。ジャンキーで13歳の黒人女性をめぐるコンセプトアルバム。かすれ声なのか息を吐いているのか判らないくらいぼろぼろになったセルジュの唄声が胸に迫る。この後ゲンズブールは少し激しくて重いサザンロックで1枚作るつもりでいた。リリースされていたなら、グランジの勃興と重なっていた。

Le Zenith 邦題「ゼニット・ライブ」
画像下から19番目。1989年。死ぬ間際のライブ。伸びない声、ふりしぼっても出ない声。だがセルジュは同情されることなどまっぴら御免とばかりに、歌詞を語る。しかし、会場一体が大合唱となる曲では調教師っぷりを発揮。


■全集
1989年に出た9枚組CDボックス。日本盤は没後の1993年、1枚ずつのリリース。最後の2枚を除く全スタジオレコーディングアルバムが順に収録され、空いた部分にシングルやサントラなどが詰め込まれた。本国盤9枚組は20000円程度、歌詞と邦訳がついた国内盤でも2500円×9枚だった。1995年くらいまではほとんどこれしか聴いていませんでした。アルバム未収録のシングルに良い曲がたくさんあるのでありがたいし、アルバム2枚を続けて聴くことができるので非常に便利。残念ながら現在廃盤。ヤフオクなどで地道にコンプリートを目指すしかありません。フランス盤のボックスは「ラブ・オン・ザ・ビート」と「囚われ者」を収める2枚分の隙間があった。それって……と思っていたら、1995年にその2枚を追加したコンプリート版が出た。今でもたまに見かけます。

●Vol.1 Le poinconneur des lilas 1959・1960(リラの門の切符切り)
 ……1stおよび2ndアルバム全曲、映画「唇によだれ」からも収録。1曲目はボリス・ヴィアンの推薦文の朗読から始まるリラの門のライブ。

●Vol.2 La javanaise 1961-1963(ジャヴァネーズ)
 ……3rdと4th全曲に名曲ジャヴァネーズなども収録。文学的な凝りに凝った歌詞はこの時期まで。

●Vol.3 Couleur cafe 1963・1964(コーヒー・カラー)
 ……人気の高い5thと6th全曲に、映画「姉を紹介します」のサントラを加えた、お得な1枚。

●Vol.4 Inicials B.B. 1966-1968(イニシャルBB)
 ……バルドーと熱愛に走り、テレビの仕事も増えてきたころの曲を収録。ジュテームのオリジナルも。

●Vol.5 Je t'aime... moi non plus 1969-1971(ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ)
 ……バーキン&ゲンスブールから半分、メロディネルソン全曲、ガラスの墓標などバーキン絡み。

●Vol.6 Je suis venu te dire que je m'en vais 1972-1975(見かけ)
 ……ゲンスブール流女性飼育論と第四帝国の白日夢を全曲、さらに名曲デカダンスなどを収録。

●Vol.7 L'homme a tete de chou 1975-1981(キャベツ頭の男)
 ……キャベツ頭の男全曲と、さよならエマニュエル夫人などシングル4枚を収録。

●Vol.8 Aux armes et caetera 1979-1981(祖国の子供たちへ)
 ……レゲエ期アルバム2枚全曲と、同時期のライブ音源を収録。

●Vol.9 anna(※未所有:映画音楽を集めたもの)


■全集2
2001年、スタジオレコーディングアルバム16枚すべての音源がリマスター。その16枚に、国立視聴覚研究所に保存されていたテレビ番組などの未発表音源を集めた1枚、1958年にフィリップスと契約するときに録られたデモトラック1枚、さらにブックレットつきという18枚組超豪華ボックスが登場。ファンのなけなしのお金を根こそぎ奪う商法に脱帽。フランスでのリリースは2月13日。シリアルナンバー入りの完全限定3200セット。フランス国内向けが2000セット。あっという間に売り切れ、一時は10万円を超える高値で取引。レコード会社はデモトラック集を省き17枚組で2003年に再発。レア音源だけをリリースすればいいじゃないかとも思うのだが、セルジュを愛する世界中の人たちは何のためらいもなく買ってしまう。おまけに各アルバムにはボーナストラックがついている。ただし、上記9枚組とはかなり収録曲が異なる。現在も入手可能。だいたい2万円。アルバムをバラで買うより相当の割安ですが、歌詞の翻訳はついていないのでおすすめしません。18枚組の中古は3万円ほどで見かけます。

■オリジナルアルバム国内盤について
日本でのCD化は9枚組全集から始まり、1990年代半ばにそれぞれのアルバムごとのCDがリリースされた。同時期からアナログの復刻も日本が先導して行われた。現在入手可能なのは、2001年に「I LOVE SERGE」(LOVEはハート)と題されて一挙にリリースされた1枚2200円のもの。これも、2006年に限定リリースされた紙ジャケも、2001年の18枚ボックスと同じリマスター音源。訳や解説などインナーは2001も2006も共通。フランス本国のライナーノーツの日本語訳がすばらしいが、日本の解説陣が(比較できるだけになおさら)お粗末。いつものおフレンチ人脈というのも食傷気味。間章を越える人が出てくることを願うばかり。紙ジャケは、事もあろうに日本人がアートワークをレタッチしている。オリジナルのアートワークを反射原稿として使うことを避けたのだろうが、整形手術の上に厚化粧。

■編集盤、サントラ、リイシューなど

○Musiques de films
 ……画像上から9番目。たくさん手がけた映画音楽から、代表曲を集めた編集盤。

1963 theatre des capcines
 ……CDのみ。限定18枚ボックスに収録されていた、ジャズ期のライブ盤。本来は3ビートのワルツである「ラ・ジャヴァネーズ」が4ビートのジャズアレンジとなり軽くて渋い。

Aux armes et caetera
 ……同名アルバムのダブリミックス盤を加えた、2003年リリースの2枚組。

...et caetera
 ……CDのみ。没後15年の2006年に登場した、79年ライブの完全版2枚組。

●Le chanson de Prevert
 ……画像上から4番目。代表曲を収録した廉価版の2枚組ベスト。

●Et caetera 1958-1964
 ……画像上から3番目。1stからパーカッションまでより選ばれた編集盤。

Comic strip
 ……画像いちばん上。女性絡みの楽曲を集めた、1996年にリリースされた編集盤。

●Master serie vol.2
 ……画像上から2番目。1998年リリースのベスト盤第二弾。

Je t'aime... moi non plus
 ……画像上から10番目。初監督で主演がバーキンの同名映画サウンドトラック。

●Le cinema de Gainsbourg
 ……映画音楽を集めたCD3枚組。これだけでほぼ全曲揃う。初回盤は1曲多い。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコのニコがまだアングラ女優だったときに唄ったトラックも収録。

その他にもフランスでは、LP4枚をタイルのように合わせるとひとつのビジュアルになるLP4枚組や、豪華写真集つきベスト盤など現在もリリースが続いている。CDはもういいから、オリジナルマスターを使ったLP16枚組ボックスを5万円で出してください。

■シングル

○ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ(7inch)
 ……バーキンとのデュエット。日本盤。タイトルの「ジュ・テーム」が赤く大きく配された、いかにもなアートワーク。B面は「Jane B.」を収録。プレス国を選ばなければ今でも容易に中古が入手可能。国によっては私の最も好きな曲でアルバム未収録の「ラ・デカダンス」がB面に収録されている。日本での再版もそう。

○ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ(12inch)
 ……画像上から8番目。バルドーとのデュエット。バルドーの夫により18年間封印。売上を全額環境保護団体に寄附するならというバルドーからの条件によって1985年リリース。CDとはアレンジ違いで、これでしか聴けないバージョン。よって高値。

●馬鹿者に捧ぐレクイエム
 ……マキシシングル。ダンスリミックス。リリース直前に亡くなり、これが遺作となる。


■他名義作品

Jane Birkin/Baby alone in babylon(ジェーン・バーキン/バビロンの妖精)
 ……画像上から5番目。別れた後に作られた、この世のものとは思えぬほど儚くて美しい名作。ジャケットのバーキンも、なんだか凄みがある。

Charotte Gainsbourg/Charotte for ever(シャルロット・フォー・エヴァー)
 ……画像上から7番目。バーキンとの間に生まれた娘のデビューアルバム。現在はタイトルが変わり、ジャケットのアートワークも異なる。レコードのアートワークはモノクロ写真でシャルロットの顔のアップ、さらに銀の箔捺し。

○Vanessa Paradis/Variation(ヴァネッサ・パラディ/ヴァリアシオン)
 ……画像上から6番目。カヴァー1曲以外全曲作詞。14歳で映画「白い婚礼」において全裸を披露し、16歳にして「あなたを愛するバリエーション」と唄う。その甲斐あってか19歳で(ココ・)シャネルと契約してすぐに鳥籠の中のブランコで戯れる素晴らしい広告を残す。後にレニー・クラヴィッツと組んで大化け。さらにその後は「エイリアンvsヴァネッサ・パラディ」なる謎の映画も公開。

●France Gall
 ……ベスト盤。「夢見るシャンソン人形」「アニーとボンボン」などゲンスブール楽曲を網羅。

●France Gall
 ……ベスト盤。ドイツ語バージョン。ドイツ人に聴かせると反応がおもしろい。

●Jane Birkin/best(ジェーン・バーキン/ベスト)
 ……「無造作紳士」がドラマ主題歌になり、一瞬ブレイクしたときに出た日本企画盤。


CDは全集によるオリジナルアルバムとシングル曲、その後にリリースされた音源が揃っているので、アルバム単体で揃えるつもりはありません。そもそもオリジナルのレコードがいちばん良いに決まっていますから。いつでも購入できるので、手持ちのCDが聴けなくなったら買い替えするような感じです。なので、CDはコンプリートコレクターではありません。


■映画

●Slogan(1969)
 ……主演女優のオーディションでバーキンが選ばれ、ふたりが出会った映画。セックス、ドラッグ、フレンチポップ。いま観るといちばんおしゃれかもしれないし、おしゃれじゃないかもしれない。

●ガラスの墓標(1970)
 ……北野武のフェイバリットのひとつ。頽廃感にあふれたフィルム・ノワールの色濃い映像。逃げなきゃいけないのに途中途中でバーキンと絡み合ってばかり。友人が借りていく確率が高く、常にない状態が続く。もう一枚購入しようか検討中。

●ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ(1976)
 ……初監督。大非難の大傑作。日本での配給は日活。フィガロ紙は「ショッキング」とこき下ろし、キャストやスタッフはその後まともな仕事にありつけなかった。一方、バーキンは後に「あんなに美しく撮られたのは他にない」と語り、ヌーヴェルヴァーグの巨匠フランソワ・トリュフォーは「私の映画など見に行かなくてもいい。そんな暇があればゲンズブールの映画を観ろ。あれこそ芸術だ」と評した。

●赤道(1983)
 ……監督第二作。DVDは未発売。

●シャルロット・フォーエヴァー(1987)
 ……監督第三作。

●スタン・ザ・フラッシャー(1990)
 ……監督第四作。DVDは未発売。



■その他映像作品

●ゲンスブール1959-1969
 ……ベスト的な内容。クロノジカルな編成。デビュー曲の異物感ある容貌からフランス・ギャル、バルドーを経てバーキンと出会うまで。知的で偏屈な語り口だった初期から、次第に大衆的な世界への自信をつけていく様は圧巻。

●ゲンスブール1970-1989
 ……後半。バーキンとのピークから別れ、晩年ようやく人気を獲得した最後のライブ映像まで。

●Mad french on TV
 ……バーキンと安定した生活を送っていたころのテレビ番組。煙草吸いっぱなし。

●Top'a Gainsbourg
 ……テレビのクリスマス特番。自身の演出でバーキンと出ずっぱり。視聴率より非難を稼ぐ。

●B.B. special(B.B.スペシャル 今宵バルドーとともに)
 ……脚本・演出・出演すべてをセルジュが手がけた特番を中心に編集された映像作品。

●アンナ
 ……ゲンズブールが手がけたテレビ用のミュージカルコメディ。アンナ・カリーナ主演。




■書籍 (画像上から;日本で刊行されたものはこれが全て)

『エフゲニー・ソコロフ』1991.10.14 福武書店
 ……唯一完成させた小説作品。凝った文体のせいで凝った訳文。ガリマールのNRFから。

『ゲンスブールまたは出口なしの愛』1993.7.22 マガジンハウス
 ……最も詳細で多くの人のインタビューもある、伝記の決定版。これ一冊でじゅうぶん。

『ゲンスブール、かく語りき』1998.3.5 愛育社
 ……ゲンズブールの名言に、著者の解説。手っ取り早くゲンズブールのエッセンスをつかめる。

『セルジュ・ゲンスブールとの一週間』1998.3.25 リトル・モア
 ……著者による思い出話。

『ゲンスブール×2 ノワール』1998.12.25 ペヨトル工房
 ……生前行われ死の翌日に新聞掲載された死後インタビューと「エフゲニー?」の改訳。

『ゲンスブール 性愛の仮面』2000.11.21 DHC
 ……色物扱いしている、紋切型のまま書かれた評伝。さすが大学翻訳センター。

『ゲンスブール ジタンのけむり』2003.6.11 シンコー・ミュージック
 ……イギリス人ジャーナリストによる、バーキン越しの評伝。

『le livre du souvenir』(1992)
 ……写真集。誕生する前の家族の肖像から、ミッテランが悼辞を述べる葬儀の風景まで時系列に。レアカット満載。200ページ超のボリューム。幅26センチ、天地34センチの大判。文章もたっぷり。

『et caetera』(1998)
 ……写真集。ディスコグラフィが軸になった時系列。未発表の名曲“La Noyee”(日本では「溺死女」「溺れるあなた」の名前で呼ばれている)の弾き語りを収録したCDつき。それだけのために購入。女性だらけ。これはCDケースサイズだが、同時にLPサイズの大判も出た。現在7000円程度。




■雑誌 (日本で特集されたものはこれが全て)

「STUDIO VOICE」1993年10月号「特集 セルジュ・ゲンスブール」
 ……真っ先に組まれた特集。基本データが充実しているので最初はこれ。バーキンのいない、デビューしたての耳が広がっていた頃の写真を表紙に使ったところも良。

「ユリイカ」1995年7月号「特集 セルジュ・ゲンスブール」p57?302
 ……セルジュの音楽性と文学性を掘り下げた、質量ともに最も優れた特集。シナリオ「ブラックアウト」の初訳も。川勝正幸とサエキけんぞうの対談や香山リカはどうでも良いが、窪田晴男の「ゲンスブールを聴く」とマリー-ドミニック・ルリエーヴルの論考は他にない質の高さ。さらにたくさんのゲンズブールへのインタビュー。他の雑誌の特集は、今ではインターネットで収集できる「情報」が主。だがこれだけは絶対に雑誌の中に閉じ込められた、何度も何度も読み返せる「内容」ばかり。

「Cut」1997年11月号「特集 カップルズ2」p40?45
 ……表紙がバーキン&ゲンズブール。誌面は写真がメイン。

「鳩よ!」2000年3月号「特集 セルジュ・ゲンスブール」p6?55
 ……サブカル寄り。特集というには余りにも中身がない。

「レコード・コレクターズ」2000年3月号「特集 セルジュ・ゲンスブールと女たち」p25?69
 ……ディスコグラフィも論考も中途半端。レコード・コレクターズ、という感じ。

「GQ Japan」2000年11月号「特集 パリ的生活」
 ……おすすめCDなど、割と丁寧な記事。表紙が某事務所の某グループの某氏なので掲載不可。「GQ Japan」は何か特集があるたびにゲンズブールをとりあげています。ゲンズブールで特集を組んでください。

生前は日本の雑誌でまともな特集が組まれたことはなかった。


1アイテム購入するなら「ゲンスブール・フォーエヴァー」という2枚組ベストがおすすめ。前期が少ないけれど収録曲のバランスは良いほう。18枚ボックスのための2001年のリマスター音源を使用し、タイトルも同じ。何より歌詞邦訳つきの国内盤が出ている。

ゲンズブールの曲はメロディがキャッチーなだけに、総て理解する気になかなかならない。しかし、皮肉と挑発がふんだんに盛り込まれていながらも異様に凝った歌詞を理解しないともったいない。最初期には、ボードレールやプレヴェール、ネルヴァルやユーゴーなど詩人の作品を解体再構築した歌がたくさんある。ジャズで有名なプレヴェールの「枯葉」も、見事なリメイクをしている。

2回結婚、実存主義の残り香が強い店で弾き語りやピアノ伴奏で生計を立てはじめ、ジュリエット・グレコなどに楽曲を提供。フランス・ギャルから始まりブリジット・バルドー、カトリーヌ・ドヌーヴ、イザベル・アジャーニ、アンナ・カリーナ、ジェーン・バーキン、バンブー、ヴァネッサ・パラディなど多くの女性との遍歴、そして500フランを燃やしたりナチスを揶揄したり国歌をレゲエにアレンジしたり生放送のテレビ出演中にホイットニー・ヒューストンに放送禁止用語を囁いたりといった挑発性のみが取り沙汰されるようになってしまったため、初期のゲンズブールの言語を操る手腕に光が当たりにくいことが残念。ちなみにバーキンとは籍を入れていません。

絵画に挫折し、シャンソンには間に合わず、イエイエ(ロック)には歳をとり過ぎていたゲンズブールは「フランス語はロックにのせにくい」から、アフリカのポリリズムを取り入れた。デビューアルバムではジャズのメンバーでマンボを演奏している。アフリカにキューバにロックにレゲエにヒップホップと毎回新鮮なリズム、しばしばクラシックから借用する陳腐なメロディ、下世話で馬鹿らしいと思いきや時折執拗に韻を踏んでいたり自在に引用する文学的な歌詞、の三位一体がゲンズブールの曲の魅力。

多くの女性と浮名を流したスキャンダラスで猥雑なキャラクターだったが、パリに愛された。街に飲みに行くと警察だろうが消防隊だろうが巻き込んで一緒に飲み、全員のお金を払いました。何度も放送禁止になりながらも、最後は身分や階層を問わず愛され、芸術文化勲章を授与され、亡くなったときにはミッテラン大統領と、現在の大統領で当時文化相だったジャック・ラングが公式にコメントしました。そのときのラングのコメント:「生理的感覚をもって、自由なる自由というアルチュール・ランボー的理想を具象化した」

没後10年の2001年は、メディアはゲンズブール一色となった。どれくらいすごかったかというと、2001年3月2日付リベラシオン紙の朝刊は、ニュースを報道するのが新聞の使命のはずなのに、ゲンズブールの死を報じた紙面を復刻。日本に、そんな人がいたでしょうか。

セルジュが眠る墓は、モンパルナス駅を降りて徒歩10分のモンパルナス墓地。今でも、写真と花、そして煙草とパスティスと切符(デビューアルバム1曲目「リラの門の切符切り」にちなんで)が、世界中のファンによって供えられています。私はそれまで使っていたウォークマンを置いてきました。トーキー・ウォーキー・メイド・イン・ジャパン(「ゲンスブール・コンフィデンシャル」収録)です。サルトルとボーヴォワールの墓もありますが、ゲンズブールの墓だけにお参りしてきました。生家も、世界中のファンからのメッセージが壁に書かれているので、すぐに見つけることができます。もちろん私もメッセージを書いてきました。

ゲンズブールの魅力については多くの人が語っています。それらを紹介するには『ゲンスブールまたは出口なしの愛』と「ユリイカ」を合わせて1.5倍したボリュームの文章量が必要になります。なのでまったく紹介していないかもしれませんがお許しください。聴くことが知ることだとも思いますし。いくらでもお貸しします。うざいくらいに語ります。

私のサイトの中で、エッセンスだけ紹介しています。


(写真集『le livre du souvenir』より)

こちらもどうぞ;
wikipedia:「セルジュ・ゲンスブール」
HMV:「セルジュ・ゲンスブール」
HMV:「100人の偉大なアーティスト No.62」
HMV:「ディスコグラフィ特集」
UNIVERSAL INTERNATIONAL:ディスコグラフィ

複数の記事を書くつもりもないので、この項目は適宜追加訂正していきます。
関連記事

コメント

>lilla様
再びコメントありがとうございます。alphaはその後まだ2枚しか購入しておらず、紹介できる量ではありません。でも片方の「ヴェルサイユ 魔法の島」(alpha016)はすばらしく良かったです。
デヴィッド・ボウイは曲も顔も好きです。『ハンキー・ドリー』のジャケットの美しさといったらもう。中学生の時「スペース・オディティ」の虚無感にやられました。「ボウイのように」は、ちゃんと韻を踏んでるんですよね。CDはLPのアートワークを採用した初期のものが1000円ほどでごろごろしていますよ。ゲンズブールにしては珍しく明るい雰囲気で、アジャーニの新しい魅力を引き出したのではないかと思います。ポテンシャルに気づくゲンズブールはさすがです。
ボウイは良い人ですね。絶対に知ってるはずなのに。
ヴァネッサ・パラディは見るからに小悪魔で売女な雰囲気です。大人の男が支配して育てるのではなく、魔性に男が身を滅ぼすものだというハンバート的なものがロリータであると思います。石を投げられるというのはヴァネッサを紹介するときの枕詞のようになっていますね。私もかつて「好きなタイプはヴァネッサ・パラディ」と言って女子から総すかんを食らったことがあります。ゲンズブールがテレビで「ヴァネッサ・パラディはいいね」と発言したのをヴァネッサが観ていて狂喜したそうです。というエピソード自体が既に魔性……。ゲンズブールもまんざらではなく「4人目のBだ、バルドー、バーキン、バンブー、そしてバネッサ・バラディ」とおどけてみせながらも特別な位置に置きました。でも本気を出すには老いてしまっていました。私事ですが、私はケイト・モスも好きですし、どうもジョニー・デップと好みがバッティングするようです。

>Mlle.C様
吉江喬松や西条八十から連なる由緒ある仏文出身であるMlle.Cさんのお墨付きをいただけるとうれしいです。フランス語を勉強したことがなく音楽先行なので耳から入ってしまうんです。かな/カナ表記は得意です。「ラ・ジャヴァネーズ」の唄い出しは「ジャヴジャネバヴェパヴー、モナムーゥ」で、セシールのCMは「いろっふるさこふぃあん、えそなむー」です。フランス語の基本だと「ス」だから日本の表記はゲンスブールなのでしょうが、なんでだろう。ガンズブールやギャンズブールが正確という意見もありますが、何を聴いても何を見ても、そう聞こえません。ロシア由来って言われても、って感じです。
あのLes sucettesは傑作ですね。優雅なアレンジ。すまし顔で唄う合唱団。しかも男。楽しそうに指揮棒を振るゲンズブール。今ではあの歌の裏の意味を誰もが知っているのにテレビで放送してしまうところもさすがというか何というか。意味を知らされる前のフランス・ギャルが唄うのも、同情まじりのおかしみがあります。
http://www.youtube.com/watch?v=ZV3Alg0a2rg
放校と聞くと、小説家が落ちこぼれだった時代を彷佛とさせます。退学よりも無頼派な感じです。退学は事務的な手続きを想像しますが、放校は「おまえみたいなやつは出ていけ!」と放り出される感じです。一般的な生活では獲得できない自由さがあります。自分にはとてもできないからこそ、浪漫を感じるのかもしれませんね。

>i様
もちろん覚えています。何度もバトルしましたから。「パーカッション」は90年代のフリーソウル系がもてはやされたクラブに最適だったのでしょう。オシャレなクラブカルチャーからの発信なわけです。聴く人はいずれ「メロディ・ネルソン」に行き着きます。このアルバムの奥深さは、解釈学的アプローチのできるiさんだからこそ発見できたのだと思います(註:薄々お気づきかとは思いますが私は構造主義的アプローチで物を見ます)。人称変化を教えてもらったときは衝撃でした。とてもとても感謝しています。

>あや様
セルジュを愛しているのか、自分でもよく解りません。「バーキン&ゲンスブール」などは、曲の出来は良くないし演奏も歌も同様、アレンジもされていなくてスカスカです。でも、そこには間違いなくまばゆい光が満ちあふれています。また、ライブ盤での「ラ・ジャヴァネーズ」などは、そんなことあるわけないのですが、史上最高の歌手ではないかと錯覚します。SNSでも書いたのですが、ほんとはもっと長く、どんどん長くなってきりがないのでセニングカットしました。そしたら持ち物開陳コーナーになってしまったような気もします。ユリイカもったいないですね。私、ユリイカだけは目にすると入手するようにしています。ヤフオクでも目にしないです。笹塚の古書店に3冊あったときは買い占めました。気前良く配っていたら手元に1冊しかありません。

濃いですね

以前、alphaレーベルについてのエントリーでコメントしたものです。
ゲンズブール氏については浅くしか知りませんでしたので、彼の人生初期でのロシア人たちとの恋愛、ダリとの関係(ダリの家との?)、興味深いです。

>ラブ・オン・ザ・ビート

アジャーニに提供した曲で「ボウイのように」というのがありますよね。CD廃盤なのが残念。
2003年にフランスで製作されたデヴィッド・ボウイ・スペシャル番組にて、フランソワーズ・アルディがボウイ本人に「ゲンズブールはあなたの大ファンだったわ」と言っていました。ボウイの反応はまあ、紳士的に「ほう、そうですか」という程度のものでしたが。

>ヴァネッサ・パラディ

しかしながら、街では女性に石を投げられるなど大変だったようです。知人の一般フランス人も「あのクソ女は世の中の男を全部奪うのよ!!」と本気で言っていました。
日本では女性ファンのほうが多いですけども…^^;。

ビデオは持っていないのですが、唯一Mad french on TVは友人の家で見たことがあります。
Les sucettesの男声合唱バージョンに二人で大爆笑しました。

名前の発音については、何年前だったか、FRANC-PARLERというフリーペーパーに、「日本ではゲンスブールの名で知られているが、ゲンズブールのほうが現地発音には近い」と書いてあったのを覚えています。
なので、多分kotaさんの耳が正しいですね。

関係ありませんが、放校処分という表現に浪漫を感じてしまうのは私だけでしょうか。

確かに長文でした。でもつよっさんのゲンズブールを愛する気持ちが伝わってきました。
実はこのユリイカ、持っていたのに失くしてしまい本当に残念・・・。
シャルロットならぬ、ゲンズブールフォーエバーですね。

うはっ、長っwww
メロディネルソンが来ると予言したの覚えてる?
非公開コメント