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『「グレン・グールドによるバッハ:ゴールドベルク変奏曲」の再創造』



【classic】

冒涜か、技術の勝利か。
1955年モノラル録音の名盤が生まれ変わった。
2006年、グールド“74歳の誕生日”に録音。
グールド“生誕75年・没後25年”の今年、3月21日にリリース。
ものすごくおそろしい音楽です。
1955年録音のゴールドベルク変奏曲(これ)は、グールドの初録音。若き日の記念碑として今も聴き継がれている。50年以上にわたって1日たりとも廃盤になったことはない。亡くなる1年前の1981年デジタル録音(これ)のほうが成熟度は高いし完成されているし決定版として定評がある(SACDを買うならこっちにしようと思っていた)。でも55年盤も甲乙つけがたい。ただ惜しいのは、録音がモノラルであり質が良くないということ。これまでに何度もリマスターされたし、疑似ステレオ盤も出た。

今回のこれはリマスターではない。簡単に説明すると、音源をコンピュータのアプリケーションで取り込み、グールドの演奏の音符をひとつひとつ、音量やタッチの強弱、打鍵や離鍵の速さはもちろん、ペダルの動きまで全てを0と1のデジタルデータに変換。できあがったMIDIファイルをヤマハのピアノに接続して自動演奏。それをDSD録音したのが、これだ。HMVでは絶賛されている。さすがソニー。演奏しているのはグールドではなくアプリケーションソフト“ZENPH”である。もちろん最終的な音の決定(この場合は1955年の演奏の忠実度)は人間の耳で行われる。

ZENPHについてはここを参照してください。ここでは比較試聴できます。上が、コルトーの弾くショパン。下の“AFTER”が、コンピュータによる演奏です。

場所は違うしホール感もやっぱり違う。でも演奏そのものは、あの1955年のグールド。演奏は同じだけれど音色というか質感は異なる。でも、1955年のものだって「記録」に過ぎない。何がほんとうの音色かなんて、そんなの1955年のその場所だけにしか存在しない。

このディスクには、グールドに特徴的な演奏中の声は入っていない。でも演奏しているのはグールド以外の何者でもない。同じだ。まったく同じだ。こわい。ものすごくこわい。クローン羊よりもこわい。なんとなく温度感があるのが尚更こわい(ピアニシモやピアニシシモが若干大きいのはオリジナルの質が良くなかったからなのかどうなのかは判らない)。よくある自動演奏とは全く違う。5分ほど聴いて吐きそうになった。前もってこれがコンピュータによる自動演奏と知らされていなくても、この異様な質感は察知できると思う。その差の原因や要素が何なのかは私には判らないけれど。

SACDの音質は圧倒的。それだけにこわさ倍増。5.0chサラウンドもあるし、グールドが聴いたであろう音をバイノーラル録音(ダミーヘッドの耳の部分にマイクを取り付けて録音し再生音を立体的にする。この場合はグールドが弾いたときの頭の位置にセッティングされた)したバージョンも収録されている。バイノーラルはCD層にもあるので、ふつうのCDプレーヤーとヘッドフォンで体験できる。できればAKGかゼンハイザーかSTAXがいいけれど、どんなヘッドフォンでも分かる。鍵盤が目の前に現れる。右手と左手の動きが見える。勘弁してほしい。

高校3年のとき、まだ書籍売場が上の方にあった池袋西武で、書籍売場の手前におかしなものを売るところがあった。私はホロフォニクス録音(リンク先で音源を聴くことができます。ヘッドフォンでどうぞ)のCD「アルデバラン」を試聴し、驚き、購入した。聴くと、ほんとうに新聞紙で耳を塞がれ、髪を切られた。日本盤の監修をして解説を書いているT氏は、こうしたさまざまな技術を日本に紹介している人物らしかった。私は迷うことなく、T氏がゼミを構える大学へ入った。クラブを営業停止にしたり楽しい人だったのだが、いつしか総務省や自治体から引っ張りだこの「メディア美学者」となり、現在は東京大学大学院新領域創成科学研究科助教授。石川県だと石川新情報書府が彼の手によるものだ。ゼミで湾岸戦争の映像を流しながらT氏が発した一言は今でも忘れません。

このゴールドベルク変奏曲を聴くと、ものすごく哲学的な思考を強いられる。人間の気配がしない、真っ白でクリーンな部屋、そこに置かれた一台のピアノ、それが勝手に演奏されている、という風景を想像してしまう。この方法論は音楽だけではなく、技術が進歩すれば絵画や彫刻、写真でも可能だろう。

人間が創造するものは、すべて人工的なものだ。手作業でも、機械でも。そしてCDというのはデジタルだ。そのときに空気を振動させていた「音」を0と1に変換したものだ。グレン・グールドの「演奏」がデータ化されても何らおかしくないところまで技術は進んでいる。何の迷いも確信もなく、ピアノは勝手に演奏されていく。ベンヤミンが提唱したアウラどころかロラン・バルトが写真論で用いたプンクトゥムすら存在しない音楽を聴きながら、私は呪縛にも近い異様な質感に抗い、撮影中に死亡した俳優がCGによって最後まで演じた映画を思い出していた。


5月末には輸入盤も出るので、興味のある人は聴いてみてください。ゴールドベルク変奏曲は安眠のために作られた曲です。人の気配のないほうが眠れるという人もいらっしゃると思います。ちなみに私は、ピノックのチェンバロ演奏のものが眠れます。
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コメント

おさむ様
お久しぶりです。ミーチャ様もあのSNSを退会しましたよ。
グールド、ちょうど紙ジャケで再発してるので手ごろですね。というよりおさむさんの嗜好は美術と哲学と文芸と真鍋かをりだと思っておりました。

久しぶり。
僕も最近よくグールド聞いてた。
すげーアウラってる!

Rski様
コメントありがとうございます。
ホロフォニクスは技術を公開していないので普及は難しいでしょうね。残念です。特許料をとればいいのではないかと思いますが、もしかしたらものすごくシンプルな方法なのかもしれませんね。

こんばんはー、お久しぶりです。
しばらく前からROMってました。
ホロフォニクスが懐かしくてコメントしてます。
ライブレコーディングにどんどん取り入れてほしいですねっ。

>dsk様
SONYに限らず、あやしい感じのブログやコミュニティは今でもたくさんありますね。嘘を貫き通してくれないと逆効果です。

>i様
これを聴く前に通常盤といいますかグールドが演奏した1955年録音盤を聴いておいたほうが良いかと思います。
スピーカー早く来るといいですね。感想お聞かせください。

これは買います!
まだスピーカー届いてませんw

SONYナツカシスw
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