木目の濃い部分が透ける盃

koematsu

知人の建築家、エイト.エフェクトを主宰する道田淳さん。
恥ずかしがりやなのか雑誌などのメディアにあまり登場しない。
道田さんが数年がかりで手がけた京都の旅館の新館が、ようやく完成した。
床柱などで使った柱の端材で何か作れないかということで、
昨年秋に四角い柱を3本送ってきていただいた。
そのうち1本が、松やにをたっぷりとたくわえた立派な肥松だった。
四方柾と呼ばれる、いちばん木目が美しいもの。
道田さんは自ら出向き、柱を仕入れた。
彼の仕事は、すべてそのように進行している。
浴室に漆を塗るなら、全国から漆器を買い集める。
壁に和紙を貼るなら、和紙を買い集め、いちばんと思った職人に、特注する。
トイレットペーパーのホルダーもデザインし、職人に依頼する。
すべてがそうしてできあがった宿は、
何十年と経っても、というより何十年と経ってこそ、
真似することのできないすばらしさを醸しているだろう。

数年前のある日、私のサイトに商品注文のメールが届いた。
旅館の設計を始めたころの道田さんだった。
浴室を漆塗りにしたい、漆のことが解らないから買い集めている、とのこと。
それからお互いの仕事場を行き来する仲となった。

残念ながら道田さんが振ってくれる、漆に関する仕事は、
ことごとく山中の技術では実現できないものばかりだった。

肥松は、松やにがあるためロクロで挽きにくい。
強い粘りが引っかかりとなり、美しく平滑にならない。
だが山中のロクロ技術なら、ここまでできる。
そして、手作業だから、たったひとつでも作ることができる。

挽いたばかりのものは画像の通り。
松やにの多い、木目の濃い部分が、光にかざすと透ける。
ウレタンや漆を施さなくても、耐水性がある。
これで十分美しいのだが、肥松のすごさはこれだけではない。

以前、数百年前に建てられたお寺を解体して出てきた木材を見る機会があった。
建物に使われる木は、雨に濡れて陽に照らされてを何十年も繰り返すと、
次第に小さくなっていく。
でも、肥松の、松やにが多い箇所だけ、腐りも磨り減りもしていなかった。
しかも、木目がなく、全体が均質に鼈甲のような透明感を伴う質感になっていた。
もはや木ではなかった。
以来、肥松のことが頭にあった。

この盃も、100年ほど経てば、全体が鼈甲のような質感と透明感になり、
誰も見たことのない美しさを放つだろう。

道田さんは当然肥松がそういうものだと知っていたのだが、
想像以上だったらしく、宿の御主人、社長に贈るのがふさわしいと言った。

漆は生き物だと、漆器に携わる人は口癖のように言う。
色を合わせても、塗って固まったときには色が変わっている。
固めているときの湿度と気温でも色は異なる。
溜塗りや木地呂塗りは、塗ってすぐは濃い。
時間が経つと木地の木目が透けてくる。
朱色や白色も、日光に当ると色が変わる。

だがこの肥松は、そうした目に見える変化のスピードを超え、
さざれ石が巌となるような、長い長い、ゆっくりとした時の流れを感じさせる。
私はこの盃を手にとり、22世紀の盃の姿に思いを馳せる。

来週道田さんが、チェックアウトからチェックインまでの間に宿を案内してくれる。
写真は撮るが、ここに載せるつもりはない。
宿に行って体験した人だけの悦びだし、
道田さんは自分が設計した建物を、自分の「作品」だとは思っていない。
それを私が勝手にネットにアップできるわけがない。

「新建築」に掲載されることを欲し、自分の名前を広めて上げることにご執心で、
実際に設計するのは白くて白木を多用したすっかすかの建物、
といった建築家が目立つ昨今。
彼こそ、もっと表に出てほしい。

本館も道田さんの手により直しが入っている。
でも、川端康成が滞在した部屋は川端康成らしいし、
三島由紀夫が滞在した部屋は三島由紀夫らしい。
そういうアトモスフィアを残しながら、
現代の快適さとさらなる美しさを付加できる人だ。
障子の光ひとつとっても、この宿以上に美しいところは思いつかない。

宿の名前は、柊家。

追記;

新館についての記事はこちら
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