The Art of Noise/And what have you done with my body, God?

【ダダ→未来派】

四半世紀近く前のこと。私は、とあるレコードを聴いて衝撃を受け、テレビの音楽番組で流れるヒットソングでは全く満足できなくなった。音楽の必要条件だと思っていたものが、十分条件に過ぎなかったことを思い知った。


Y.M.O.は日本的情緒が基本にありながらもユーモアを持っていたグループだった。だがジ・アート・オブ・ノイズには情緒などひとかけらもなかった。そこが潔かった。クローネンバーグによって映画化もされたJ.G.バラードの小説『クラッシュ』にインスパイアされた曲では、ひたすらクルマにハンマーが振りおろされる。「恐怖の時」はまさしく延々と続く悪夢だったし「愛の瞬間」はその瞬間を引き延ばして音楽へと変えた。

テクノロジーが進歩を続けていた1980年代に、サンプラーとシーケンサーが合体した合成音楽製造機と言うべきフェアライトを初めて楽器のようにではなく使いこなしたグループでもある。それまでは、シンセだろうがサンプラーだろうが、従来の音楽を成立させるために使われていた。実際に弾かなくても弾いたようなことができるから、機械は高価でも普及した。しかし彼らは、機械でしか生み出すことができない音を編集して時間の流れに配置して音楽にした。また、今でも普通に使われるオーケストラル・ヒットの考案者でもある。オーケストラの全楽器が「ジャン!」と鳴るようなもので、言われてみればそんな音はなかった。

「これは新しい」という音楽は、毎年毎月生産されている。だがそれらのほとんどは、既存の文法に則り、何かと何かを組み合わせたものでしかない。古びていくのも早い。The Art of Noiseのデビューアルバム『誰がアート・オブ・ノイズを……』と、その全曲が収録された編集盤『DAFT』が今でも(神話と伝説を増幅させながら)唯一無比の位置に居続けるのは、成り立ち方の違いによる。

プロデューサーの作戦がうまくいったグループだった。匿名性を持ち、ミュージシャンの写真は一切なかった。ジャケットには中世の絵画や彫刻、紋章をピクト化したものなどがあしらわれた。意味不明の抽象的な文章が書かれていた。楽曲は曲ではなく、サンプリングと打ち込みによる文字通り「騒音の芸術」だった。フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドで潤ったZTTレーベルのイメージを決定づけた。だが、プロデューサー(後にT.a.t.u.を手がけて相変わらず世間を騒がせた)のおもちゃであることを拒絶し、ミュージシャンであろうとしたメンバーはレーベルを移籍。英米でトップ10ヒットも生み、次第に騒音の芸術は、いわゆる音楽になっていった。

移籍後にオリジナルアルバムを3枚、ベスト盤を2種類、ライブと未発表曲の編集盤を1枚リリース。1980年代いっぱいをもって活動停止。だが、それでは終わらなかった。1990年代にはリミックスアルバムが3枚も出た。今でもアンビエントハウスの名盤とされる、The Orbの面々が手がけた『アンビエント・コレクション』と、LFOや808 Stateなど当時のレイブ/ハードコアテクノのビッグネームが手がけた『Fon Mixies』と、ドラムンベース全盛期に突如出た『ドラムンベース・コレクション』だ。あらゆる打ち込み系ミュージシャンが、アート・オブ・ノイズに影響を受け、リスペクトを公式に表明している。アンビエントハウスとハードコアテクノとドラムンベースという3つのジャンルで対応できるというだけでも、従来の括りでは定義できないグループであったことが窺い知れる。さらに、プロディジーの「ファイアースターター」をはじめとしてサンプリングネタにされたことは数知れず。ジェイムス・ブラウンとクラフトワークと合わせ、三大被サンプリングミュージシャンである。日本で最も知られている曲は、Mr.マリックの登場時に流れる2nd収録の「Legs」だ。ちなみにこのCDは現在非常に高値。全世界で廃盤状態が10年以上も続いている。もちろん私はLPもCDも持っています。

1999年に復活。何とZTTプロデューサーと、後期の中心人物であったアン・ダドリーが組んだ。アンは音楽大学を出てクラシックの素養があり、映画音楽でも評価が高い。ソロアルバムもリリースしている。そんな彼女なので、ドビュッシーをテーマにしたアルバムとなった。だが凡庸だった。

ZTT時代の音源は『DAFT』を買っておけば良いというのが20年間ずっと基本だった。しかし2006年秋にこの4枚組(タイトル邦訳:で、神様あなた私の体で何したの?)が出た。ZTT時代の音源がほとんど収録されている。ファンが血眼になって探していた「ビートボックス」のオリジナルバージョンも入っている。ZTTはバージョン違いを多発したことでも有名(変形ピクチャーレコードも多発して困らせてくれた)で、この4枚組には56曲が収録されているが実質20曲ほどである。だが、バージョン違いこそファンが求めていたものだ。これはとてもうれしい。

アン、J.J.、ランガン、そしてトレヴァーとポールのオリジナルメンバーによるライナーノーツ(平易な英語)がすばらしい。才女のアン、職人的なJ.J.とランガン、というキャラクターが如実に顕われている。アンの場合は、どこからかアイデアが降りてくる感じで、職人ふたりの場合はスタジオワークの実験による発明という感じ。disc 1と2の全曲について、それぞれが思い出を語っている。各自のアイデアをメモしておくといったレベルのdisc 1、それが徐々に形を整えつつも新たなアイデアを付加したdisc 2、そしてついに(姿形を隠しながら)表舞台に立ったdisc 3、公式リリースされた(つまりメンバーが最高のバージョンであると考えた)disc 4と、スリリングな体験ができる。また、何かまったく新しいものを自分たちが生み出している感動とともに、1983年9月23日のデビュー前にして既に終わりのないスタジオワークの繰り返しに疲弊しつつあることが解る。90125イエス(ポール以外の4人が関わっていた)のレコーディングで使わなかったアイデアを、もったいないから撮っておいたものもある。バッハのコラールを思わせる荘厳なオルガン曲がいくつも撮られていて驚いた。ZTTから離れていったときのごたごたからは意外なほど意見に食い違いや不満がないのは、時間が経ったからなのだろう。誰もが若き日の良き思い出として語っている。

ジョン・コルトレーン「マイ・フェイバリット・シングス」の様々なライブバージョンを聴き比べる楽しさとは異なる。例えるならこれは、セロニアス・モンク「ラウンド・ミッドナイト」のイン・プログレスのように、創造の秘密を垣間見るものだ。デモバージョンといえど、ふつうのミュージシャンとは創作方法が異なる。公式リリースバージョンよりも過激で好もしいものが(私の好みは特にdisc 2に集中している)いくつかある。F1パイロットがフリー走行でマシンの限界を確かめているようなものだ。さらに、すべての音源のマスターテープの所在というかZTT内での整理番号らしきものがつけられていて、どれがどれより先なのか判るようになっている。というわけで、私はいまだにZTTのやり口にわくわくしてしまっているのであった。

disc 1:The very start of Noise
*1 Beat box(One made earlier)02.18
*2 Once upon a lime 03.20
*3 War(demo 2) 01.27
*4 Close to the edge 02.18
*5 Confession 01.02
*6 Moments in love 07.51
*7 Sign of relief 01.27
*8 Who's afraid of scale? 04.36
*9 So what happens now?(take 2) 04.22
10 The subject has moved left 01.43
11 It's not fair 04.27
12 Close to the edge(ruff mix) 05.54
13 A time for fear(Who's afraid?) 04.32
14 Moments in bed 06.11

disc 2:Found sounds & field trips
*1 Moments in love(12" B side idea) 03.09
*2 Tears out of a stone 02.55
*3 Samba #2 00.38
*4 The chain of chance 04.35
*5 Fairlight-in-the-being 04.36
*6 Diversions 3 03.52
*7 Close(to being compiled) 03.46
*8 Diversions 5 03.45
*9 Damn it all! 01.41
10 Structure01.12
11 The angel reel:Hymn 1(take 2) 00.35
12 The angel reel:Hymn 3 01.20
13 The angel reel:Fairground 00.42
14 And what have you done with my body, God? 04.40
15 Klimax 01.48
16 Who knew? 02.36

disc 3:Who's afraid of...goodbye
*1 War(demo 4) 04.39
*2 The focus of satisfaction 11.00
*3 Moments in love(7" master rejected) 03.44
*4 It stopped 04.26
*5 The uncertainty od syrup 01.21
*6 The lon hello 04.34
*7 The vacuum divine 00.46
*8 The Ambassadors reel:Beat box 03.53
*9 The Ambassadors reel:Medley 10.54
10 The Ambassadors reel:Oobly 01.19
11 Goodbye Art of Noise 00.37

disc 4:Extended play
Into battle with The Art of Noise
*1 Battle 00.27
*2 Beat box 04.48
*3 The army now 02.02
*4 Donna 01.44
*5 Moments in love 05.10
*6 Blight noise 00.06
*7 Flesh in armour 01.23
*8 Comes and goes 01.18
*9 Moments in love 01.27
That was close
10 Diversion eight,Diversion two,Closet,Close-up,Close(to the edit),Closed 20.43
The tortoise & the hare
11 Moments in love(from battle to beaten) 14.27
12 Love beat 05.15
13 In case we sneezed 00.30
Besides Close
14 A time to fear(who's listening) 03.31
15 (Do)Donna(Do) 03.11

実際のCDには、disc3にトラック12がある。“Moments in love”の何かだ。1分6秒。1983年に彼らがどんな音を繰り出していたのかを知るのは「DAFT」1枚で充分。私が特に好きなのは“Close(to the edit)”で、テープの逆回転音などが頭の中に入ってくるような錯覚に陥る立体的な音。youtubeではそれは体験できないが、どんな音なのか興味ある人は試聴してみてください。この曲は、かなり音楽です。

画像で下に敷いているのは、左奥から時計まわりに、衝撃のデビュー12インチ「Into battle」と、いちばん好きな曲“Close(to the edit)”収録の「Close-up」と、デビューアルバムと、代表曲「Moments in love」です。ZTT時代の日本盤12インチは、わずかこれだけ。

いまだに、彼らのように文法を破壊して音楽を生み出すミュージシャンはいない。
関連記事

コメント

i様
これはあくまでも私がThe Art of Noiseを聴いたときに思ったことです。人によっては音楽を成立させる要素は必要十分条件であるべきと考えることもありうるでしょう。また、背理法によって「The Art of Noiseは音楽ではない」と決めつけるのは簡単です。しかしながら、否定するためには肯定を整備しておかなければなりません。「The Art of Noiseは音楽ではない」と言うだけでは、根拠のないものなのです。モダンジャズしかジャズと認めないようなものですね。「どうジャズではないのか」を言おうとしたら「何がジャズなのか」を明確にしておく必要があります。でも世の中は、割とそれがおろそかになっていて、いきなり否定ばかりのような気がします。

先生、必要条件と十分条件が解りません!

セブン様

AoNは赤と青を混ぜ合わせたら紫、
ヴァンゲリスは最初から紫、そんな感じです。
ヴァンゲリスは美術学校出身で楽譜が読めません。
でもグラモフォンからアルバムをリリースしているわけのわからない人です。
私の中ではAoNよりもジャン・ミッシェル・ジャールに近いです。

ピーターガンは名曲ですね。バージョン違いが多い曲です。
B面の“Something always happen”も好きです。
お父さまはヘンリー・マンシーニ好きだったのでしょうか。

アンとコールマンのアルバムは
いま聴いても十分高性能で驚きますね。

おお、ジャズ・コールマンとの共作、僕も持っています。
あれは素晴らしいです。

アートオブノイズとヴァンゲリスは、僕の印象ではすごくソリッドな感じがしますが、どちらも理論がしっかりしたオーケストレーションがバックにあるのも共通なんですよね。(ですよね?)

アートオブノイズの唯一の所有盤が「ピ-ター・ガン(アナログ)」(笑)でした。
その昔、親父のコレクションからかっぱらってきました。
これも絶品です。

「In visible silence」は高校生のときに初めて購入したCDで、思い出深いです。冒頭、トマス・フッドの詩「November」を朗読したサンプリングからノックアウトでした。まだLPが2800円でCDが3200円の頃のものです。amazon.co.ukで153ポンド、amazon.comで88ドル。高いですね。
http://www.amazon.co.uk/Visible-Silence-Art-Noise/dp/B000001NWQ
http://www.amazon.com/Visible-Silence-Art-Noise/dp/B000001NWQ
amazon.deだと27ユーロ、4500円前後でしょうか。
http://www.amazon.de/Visible-Silence-Art-Noise/dp/B000001NWQ
日本のオークションでは輸入盤で5500円から、日本盤で7000円前後のようです。セドリ商法のようなオークション乞食はいなくなってほしいので、早く再発してほしいものです。

shosenさんに差し上げた3rdLPはCDだと曲順が変わっています。派手な曲とアンビエントな作風が同居して、小品もあり、好きなアルバムです。(もう1枚持っています。DJ練習用に同じ曲をつないでいました)

「ラジオスターの悲劇」は、今でもよく耳にしますね。アン・ダドリーが再結成でトレヴァーと組んだので、お互いにわだかまりは解消したのでしょうね。「カジャな気分は今グーグー」というひどいキャッチだったカジャグーグーは相変わらずリマールが傲慢のようで、再結成に呼ばれなかったみたいです。

私はアン・ダドリーがAoNのキーパーソンだと思っています。キリングジョークのコールマンと組んだアラビア音楽は絶品ですし、ニューオーダーとスミスとABCとペットショップボーイズが合体したエレクトロニックでも彼女がいる曲といない曲とでは大違いです。

25周年DVD、いいですね。映像さがしてみます。

アート・オヴ・ノイズ

おっしゃるように、2ndは高価なままですね・・。私、たまたま安めの値段でヤフオクで買いましたが、ラッキーだったのだと思っています。
いただいたLPも気に入って聴かせていただいています。

トレヴァー氏に関しては、「ラジオスター」25周年のライヴDVDをよく見てます。
昔を知らないくせに(笑)、トレヴァーも丸くなったもんだ・・と、勝手な感慨を抱いてます。
非公開コメント