てつがくのこうちゃんを探しに

お題をたらいまわしにする企画。
今回は高さん。「おすすめ! 子どもの本」とのことです。
詳細はこちら

子ども、というのは私の感覚だと小学生までです。
そのころ私が読んだといえば、偉人伝と百科事典と図鑑。
絵本やおもちゃのような本は読んだ記憶がありません。
というよりほとんど本を読まなかった典型的な男子です。

誰かに読んできかせたことは何度かあります。
村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』を読んで聞かせたときは、
自分で自分をほめました。1000ページくらいあったはずです。
しかしながら昨今の「読み聞かせ」には非常に懐疑的です。

そんなわけで、挙げる本は大人になってから読んだものばかり。
■工藤直子『てつがくのライオン』
漫画家の松本大洋(先日「鉄コン筋クリート」のDVDを購入しました。ひさしぶりに映画で涙が出ました。私が涙を流すのは、全米が泣くよりレアです)のお母さん。日本児童文学者協会新人賞受賞作なので、児童書のはずです。いろんな動物が出てきます。詩集ですが、ルビをふってあって読みやすくなっています。鉄コン筋クリートにも工藤直子の詩が登場します。ちなみに松本大洋のお父さんも詩人です。

■シルヴァスタイン『ぼくを探しに』倉橋由美子訳
絵本。倉橋由美子コレクターなので購入したのですが、相当有名な一冊のようですね。人間の身勝手さを見事に描いています。ものすごく単純な絵。誰でも描けそうで、たぶん描けないのでしょう。この絵を見て「パックマンみたいだ」と思う人は三十代後半です。倉橋由美子のあとがきは見事。続編『ビッグ・オーとの出会い』は、えっ、嘘っ!? となります。

■須賀敦子・酒井駒子『こうちゃん』
絵本、なのかなあ。小説を書いてほしかった人というアンケートをとったら1位になるのではないかと思われる須賀敦子の、数少ない創作文。この本が出た2004年の春は、ちょっとした酒井駒子ブームだった記憶があります。絵は、こわいです。でも、おはなしのほうが、もっと深淵です。おはなしは、随分前に書かれていたようです。不思議な男の子、こうちゃんのおはなし、で済ませることもできます。しかしこれは大人でもなかなか理解しづらいものがあるような気がします。聖心を出てフランスに行ったりイタリアに暮らしたりした須賀敦子独特の宗教観というかつまりキリスト教が垣間見えます。むしろキリスト教を基に、さらなる普遍さに広げたような観もあります。また、修辞学の中でも日本が断然発達しているオノマトペ(「サクッと」がオノマトペか否か、私は大学時代から悩んでいる)の使い方が絶妙で、やはり須賀敦子はすばらしい日本語の使い手だったことが窺い知れます。平易で美しいというのは、いわゆる小説の美文(三島のような感じですね)とは異なります。なので須賀敦子に児童書というのは誰の発案かは分かりませんがすてきなアイデアです。



あと、少々話は逸れますが、人間は幼児期に目にしたものによって色に対する感受性が決まります。あるひとつの対象物を見ても、どう見えているのかは人によって異なるわけです。味覚と同じですね。というわけで小さい頃にはなるべく原色を見せたほうが良いそうです。なのでおもちゃは原色が多いんですね。で、色についての本を挙げたいのですが、子ども向けの本は持っていません。ふつうに仕事用の本です。

『日本の伝統色』『ヨーロッパの伝統色』
各色がCMYKのパーセンテージ表示されていて、分りやすいです。ヨーロッパのほうで「ロイヤルブルー」となっている色はその名の通り高貴な人にだけ許された色で、なぜそうなったかというと色素が貴重だったからです。青の前は紫でした。日本ではさらに貴重だったため、青色のバリエーションが少ないです。そして紫が高貴な色というのは共通。ヨーロッパのほうはピンクが20種類以上載っていますが、日本は独立した章がありません。といったことが分かる、おもしろい本です。各色の解説もあり、使うと身分不相応だったりおかしかったりするのを予防できます。ちなみに私のサイトは一部を除き白と黒と灰色と山鳩色しか使っていません。ヨーロッパのほうを見てみると同じ色はなく、薄くなったらモスグリーン、濃くなったらオリーブグリーンという感じです。

過去、多くの画家が地中海沿岸を訪れてショックを受けました。ゴーギャンに至ってはタヒチに住みました。光が全然違うからです。ゴッホは影の色が補色であることを無意識のうちに発見し、橙色のひまわりの花の影を青色で描きました。ヨーロッパの人たちは「変」と烙印を捺しました。現在の科学では、ゴッホが見た青い影が正しいと解明されています。影はモノクロではなく、補色です。試しに蛍光灯と白熱電球で白い紙にできる影を見比べてみてください。差異の判らない方は、残念ながら色彩感覚が鈍いということになってしまいます。話が逸れましたが、光の強烈な土地で生まれ育った人にとっては、自分の暮らすところの光は別にショックでも何でもないです。日本はくすんだ色合い(外国人が見たニッポン人は皆ネズミ色のスーツ、というのは、実は気候と光による印象のバイアスなのではないかと私は考えています)なので、小さいころに海外旅行、それもビーチリゾートへ行くのが良いのではという気がしないでもないです。そこで赤や黄色のフリスビーでもすれば完璧です。
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コメント

高様
こんにちは、主催おつかれさまです。
ねじまき鳥は、女性からおねだりされたのでやり遂げました。
男のあの情熱というかエネルギーを他に向けたらGDPが上がる気もするし、
下がる気もします。一体どっちなのだろうと考えても何も分析できず、
シンクタンクやテクノクラートってすごいなあと思います。

共感覚の人は、いろいろ大変そうですね。
クルマの音だけを聞いていると緑なのに、
実際のクルマの色は赤だったら脳がハレーションを起こしそうです。
カラオケも辛いのではとお気持ち察します。
ご友人のお話だと経験と記憶によるもののようですね。

かつて私は絶対音感を持っていました。
と気づいたのは大人になって随分経ってからなのですが。
私は音楽教育を大学で少し受けただけです。
なので、ドレミは分かりません。
そのため、音をまさに絶対的な周波数に置き換えることができました。

一般的に絶対音感と呼ばれているのはそうではなく、
平均律(この訳語は変だと思います)を完全に身につけたため、
ズレていると気持ち悪くなるというものです。
(絶対音感という言葉は不適切で、絶対平均律感が精確なのではと思っています)
で、風邪をひいたときにある薬を服用していたら、なくなりました。
なくなってほんとうに良かったです。
絶対音感を持つ人はバロックやサイケデリックや民族音楽を聴けませんし、
プリンタやクルマの動く音、ドアの開く音までも音階化してしまいます。
マイルス・デイヴィスの名盤も気持ち悪くて聴けません。
純正律の和音も楽しめません。
ちなみに絶対音感を持つ人の間で評判の高い鉄道路線は、都営浅草線です。

絶対音感を持つ人で共感覚のある人が、
ほんとうの絶対音感を持っている人だと思います。
幼少時に音楽教室で音階を覚えるのは、ただの知識です。

文芸分野で共感覚といえば、ナボーコフが有名ですね。
まさに、という感じです。

四季様
こんにちは。いつもコメントありがとうございます。
そうですね、確かに須賀敦子を引き立てるためのアンケートかもしれません。
でもそう思うと世の中のアンケートは殆どこの手の類のような気もしてきます。
須賀敦子のように書けたら何でもない日常が美しくまばゆいものになりますね。
というか、何でもないと思っている日常には、
たくさんのものごとがあることに気づかせてくれます。

日本古来の色の名前は、とても分りやすくて好きです。
どんな単語にでも後ろに「色」さえつければ色の名前になりますから。
南というか赤道に近づくほど光が強くなるのは太陽との位置関係上当然なのに、
赤道直下よりも少し離れた地域のほうが最も強いというのがおもしろいです。
気候も関係あるのでしょうね。ピカソが愛したスペインの光はすばらしいです。
ヨーロッパのモスグリーンよりも日本の苔色のほうが濃いのは、
やっぱり光が強くないからなのかなあと思ったりします。

茶べす様
こんにちは。コメントありがとうございます。
茶べすさんが現在進行形で思い入れのある一冊を軽く紹介してしまいましたね。

コメントをまとめるのに2日ほど手こずり、結局まとまりませんでした。

かつての職業のためだと思いますが、
RGBではなくCMY(K)で思考する頭になってしまっています。
なぜ「シアン200%」がないのか疑問なのですが、
それを言い出したら話が長くなるのでやめておきます。
というわけで、光(色なのであたりまえなのですが)については疎く、
CMYKで色を考えがちな私であることをご了承ください。

CMYKで色を作るというのも、人間が考えだしたものに過ぎない気もします。

ホワイトバランスが主観的というのは、そうだと思います。
私の目は左右でホワイトバランスが異なります。
右が蛍光灯、左が白熱電球的です。
これは、青っぽいのと赤っぽいのと言い換えることができます。
特に、夜に白熱電球の明かりで読書するとき、
あるタイプの文庫本の紙の黄色具合というか濃さが左右の目で異なって、
かなり疲れます。今でもそうです。
CMYKで言うと、片方がMを3%とYを5%足した感じです。
(ちなみに私はオッドアイではないです)
どっちが真実かと以前は相当悩んだのですが、色の構造を知って楽になりました。
ネットが発達して、同じような人が多いことを知ったことも安心材料ですね。

蛇足ですが、近視の人は世界が赤っぽく見えています。
遠視の人は青っぽく見えています。
これは波長と屈折、目の構造によるものです。
私は左右の視力に差があるため、色が違うわけです。
なので、客観的な色はこの世界に存在するかもしれないけれど、
それをそのまま見ている人はいない、つまり人間が定めた色は主観的、
というのが私の考えです。

視力1.5が良いとされるのは、
人間が生活する上で最もバランスがとれているからに過ぎません。
もし仮に視力500の人がいたら、世界は寒々しく映ることでしょう。

これまでに紫色を見たことがない人間がふたりいたとします。
で、紫色の花を見せます。
一方にとって非常に美しい色でも、
もう一方にとってはどぎつい色になる可能性はあります。

リンク先は音とオーディオに関して知っていました。
(デジカメよりもオーディオのほうがオカルト要素があります)
この方が「美人の基準が変わった」と崇拝する浜崎あゆみ氏は、
非常に厳密なサイズ決めがなされていることで広告業界泣かせです。
ポスターや雑誌広告だけではなくTVCMにまで適用されます。
(何のことかさっぱり分からないとは思いますが、書けません)
浜崎あゆみ氏についてと、音についての概念に、私と少々ズレたところがあります。
この方が浜崎あゆみ氏を崇拝するのとデジタルオーディオにのめりこむのは、
裏を返せば非常に自然な組み合わせだと思います。
なので、ホワイトバランスについても、
すぐに「そうだったのか!」とはならず、保留しています。
これはこの件に限らず、私の性格によるものです。
とはいえ、非常に興味深い考察です。ありがとうございます。

こんばんは

はじめまして、今回主催者の高です。ご参加ありがとうございます。
>『ねじまき鳥クロニクル』の読み聞かせ
想像しただけで根をあげそうです。よく読み遂げられましたね~。すごいことですよ、それは。

「ぼくを探しに」と「ビッグオーとの出会い」は続いているけれど、自分の中では別物のような気がしています。できれば「ぼくを探しに」だけで読んで、自分の心の中で堪能したい作品です。

色のお話を読んでいて思い出したのですが、友人に共感覚の人がいます。色々なものが色と一緒に認識されちゃうらしいのです。4という数字はピンクと一緒に頭の中に浮かぶとか、この人は透明っぽい水色、とか本当に一緒に見えるらしいのです。面白くていろいろ聞いていたら、どうも小さい頃にペアで認識したものがベースにあるらしいと言っていました。奥が深いですね。

kotaさん、こんにちは~。
確かに須賀敦子さんには小説を書いてほしかったですね。
そんなアンケートがあったら、絶対入れます。
というか、それは須賀さんのためにあるようなアンケートかも。(笑)
どんな文章が書けるようになりたいか叶えてもらえるとしたら
希望はやっぱり須賀さんですねえ。
そうなると、もちろん文章力だけの問題じゃないのだけど…
「こうちゃん」、ぜひ読みたいです。

色は面白いですね。あまり詳しくないのですが
日本古来の色の名前を見てるだけでも楽しいです。
同じ色でも、光によってほんと違って見えますね。
外国の街にはしっくりきてた色が、日本では妙に派手に見えたり…
例えば日本では派手に感じていたタイの寺院が
現地では周囲の風景にもよく合っててとても綺麗に見えたり。
その国によって似合う色って全然違いますね。

きいてくれよなあ縞馬!

はじめまして。「なんでもない日、万歳!」の茶べすです。
トラックバックありがとうございましたm(_ _)m

『てつがくのライオン』の文字に胸がぎゅっと熱くなりました。
私にとっては現在進行形で「子供の頃の本」に入れられないほど
大切な一冊です。
最近カメラにはまっているのですが、色と光のくだりでは
"私たちの見る色は主観的なものであり、色の概念は間主観的で
ある"という説明を思い出しました。ホワイトバランスについての
解説ですが、小谷口さんでしたらご興味を持たれるかも知れません。
以下にご紹介して、ご挨拶に代えさせて頂きます。
http://www.calvadoshof.com/Digicame/Special01.html
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