A girl or ...

主催者をたらいまわしにして本を紹介するトラックバック企画の第36回。今回はBOOKS AND DAYSのnineさんで、お題は「少女の物語」です。詳しくはリンク先をどうぞ。
少女とは何かという定義は置いといて、私が読む小説の中では、少女は無垢の象徴であったり、悪い奴や凡庸な常識人が道徳や社会の仕組みを知るシャーマンのような役割が多い気がします。もしくは、男を破滅させる存在として。でもそれらは大人の男の勝手な都合、まさに夢物語。大人の女性を書けないから、操りやすい紋切型の少女、まだ世間を知らない存在にしちゃったというような安易さも感じたり感じなかったり。「この子のおかげで何が大切なのかを知った」なんて言い方も、構造としては上から目線です。著者の理解の範疇を超えているから神格化しちゃうのは昭和の文豪に多い気がしないでもないです。そういうのを読んで文学だなんて思ってるのは大人の男だけで、実際の少女が読んだら鼻白むと思います。前向きにがんばって夢をつかむ女の子を描いた話も「わかってねえな」とか「ありえねー」となるでしょう。そんなこんなで、いつもよりも女性の書き手が多くなりました。



■ナボコフ『ロリータ』大久保康雄訳:新潮文庫
ロリコンの語源。でも実はすごい小説。言語の可能性を追求したナボーコフの特質が注ぎ込まれた信じ難い傑作。原典は英語を主体にフランス語やラテン語を織りまぜた晦渋なもの。おまけに書き出しは執拗なくらい韻を踏んでいて朗読すると舌に快感が走り、これから始まる小説の緻密さを予感させる。ストーリーとしては語り手のおじさんハンバートの駄目っぷりを笑えばいい。というわけで何段階もの読み方ができる。また、この小説で描かれているようにロリータというのは大の男が翻弄されて破滅する、無垢と老獪が同居した「力」を持ったニンフェットなのですが、どうも日本では弱い男でも支配できるから走ってしまう、単にかわいくて幼い無力な女の子になってしまっているような気がしないでもないです。現行の新訳はどう考えても駄目なので、もはや古本しかない大久保訳を探してください。もしくはウェブ上にもある原典を。

■マッカラーズ『心は孤独な狩人』新潮文庫
拝啓 新潮社様 一刻も早くこれを復刊してください。余りにも知られてなさすぎます。フーガ形式による5人の登場人物のゆるやかな連鎖。最初の主人公は、音楽を志す少女。少女はおぼろげながらもある男性に想いを抱く。でも少女に好意を抱くのは他の男。基本中の基本。コミュニケーションが深くなればなるほど孤独も増していく、どっちにしても孤独、という人間関係の一種類を文字で現出。自分のことを知ってほしいから自分語りばかりになってしまってコミュニケーションが不成立、また逆に相手を尊重して深く立ち入らないから不成立、なんていう安い読み物小説の書き手ならそれだけで一冊書いてしまうようなものがたくさん詰まっています。知ってしまった人は一生大切にする、すばらしい一冊。評価や売上なんてどうでもいいけれど、ニューヨーク・ヘラルドトリビューンは「22歳の作家が、よくもこれだけ男や女や子どもの孤独な心について知り得たものだと驚かざるを得ない」と絶賛、黒人をありのままに自然に描いた小説としてフォークナーよりも当時の評価は高かった。根が真面目な人だったのか、その後は社会的弱者を扱うようになり、文芸的技巧は形をひそめた。デビュー作にしてピーク、読了後に振り返ってその構造を知ると驚きます。そしてこれもまた、分析的に読まずにプロットとキャラクター重視でも読みごたえのあるものになっています。敬具。

■ヴァージニア・ウルフ「外から見たある女子学寮」『ヴァージニア・ウルフ短編集』ちくま文庫
主人公は年齢でみれば少女とは言えない高齢者の19歳。でも、あることに目覚める話なので大人の階段五合目かと思い挙げました。ちなみに乙女は若い成人女性を指します。少女と乙女の間を何と呼ぶのかは判りません。少年法では20歳未満が少女となっていますが、変わるかもしれません。さらに蛇足ですが「おんな」の「お」が既に「小さい」という意味を含んでいます。話を戻します。なんでもない女子寮にいる、なんでもない女の子たち。夜中に眠る女子、ひとつの部屋に集まってカードで遊ぶ女子。でも突然、その中のひとりがレズビアニズムに目覚める。ただその瞬間だけを切り取った7ページの掌編。文字の連なりなのに、すさまじい加速度と多幸感。見事なまでに上手い。読むと脳に鳥肌が立ちます。また、世界を描写するまなざしがとにかく独創的で美しい。この短編集には200ページで17の短編が収録されているのですぐ読めるかというとそんなことはないけれど、ウルフにおける意識の流れという手法(ジョイスやジェイムズやフォークナーのそれとはまるで違う)を味わえる重要なものはもれなく収められていて安価。で、ゆくゆくは小説という形式の到達点のひとつ『波』を手にしてくれたらそれに勝る喜びはウルフに関してはありません。

■アンドレ・ブルトン『ナジャ』巖谷國士訳:岩波文庫
シュルレアリスムの代表作。「私は誰か?」で始まり「美とは痙攣」で終わる。オートマティスムでこんなかっこいい文を書けるブルトンは中身が違うなあとしか言い様がない。私が脳をコントロールするという意識をなくしたら「梅しそチップ」とか「味噌汁」とか「おかわり」とか、食べ物関連の単語の羅列になるに違いありません。読み返してみたら現実のナジャは執筆当時20歳を超えていたのでちょっとどうしようかなと思ったけれど紹介しておきます。

■山田詠美「風葬の教室」『蝶々の纏足・風葬の教室』新潮文庫
30分ほどで読める中編なのに以前原稿用紙22枚の解釈文を書いたのだけれど残っていないので思い出せない。いじめられっ子の小学校生活。ラスト、ほんとうのラストで一気に世界が一変してしまう様は壮絶。最後に少女が自分で選択した生き方(自殺するような安易な話は選びません)は暗黒の闇。女の子たちは皆Fly me to the moonな年頃なのに、独りでDark side of the moonである。この結末は必然だったのか、どこでこうなったか、読み返したくなること間違いなし。いじめを扱った小説では村上春樹「沈黙」が学校で読む本になっているみたいですが、あれは村上春樹らしい解決手法で事なかれ主義の公務員教員にはありがたい話です。「風葬の教室」の子は教師も加担していて結局は教師の手にも負えないという点で、あざといくらいに現実の何かを抉った小説。著者は幼少時に石川県加賀市にある南郷小学校に転校していたことがあって、やけに描写がそれっぽいのが気になります。

■倉橋由美子『聖少女』新潮文庫
倉橋由美子は頭でっかちの女の子とバッサリ斬ることも不可能ではない。初期は自らカフカとカミュとサルトルの三角形と言っていた通り観念的。二人称小説も模倣。しかし、彼女がたったひとりで切り開いた小説の可能性は未だに誰も同じ轍にさえ進むことができていないのでやっぱりすごい。私小説まがいの恋愛話や家庭環境や暮らしのことしか書かれてこなかった日本の「女流」文壇で、大学生の倉橋由美子は党を意味するドイツ語「パルタイ」と題された小説でデビューした。芥川賞選考会で論争となり、あほらしくなった倉橋由美子はデビューと同時に文壇と距離を置いた。で、まだ新幹線もなかった1965年に『聖少女』で近親相姦を書いた。純真無垢という言葉は手垢のついた感じになっているけれど、それらははむしろ「ピュア」といったカタカナがお似合いだ。『聖少女』の未紀は真に純真無垢であり、それゆえあらゆる不可能性を背負わなければならないし、世間の一般常識でみれば「狂って」いる。倉橋由美子おそるべし。余りに才能がありすぎて芥川賞の選考委員が理解したのかしないのか徹底的に貶した。日本の悪しき潮流とは無縁の「小説」を書くことができた人。近親相姦は西洋では古くから安易なタブー破りで話題をかっさらう題材だったが『聖少女』ほど高貴なまでに昇華されたものはないだろう。そしてこれを読むには知的運動を要する。なので自信を持ってとりあげる。

とまあ挙げたわけですが、私が「少女」という言葉で真っ先に思い浮かべたのは夢野久作。なぜか本が見つかりませんでした。しかもふたつ。「瓶詰地獄」の妹と、連作『少女地獄』のひとつ「何でも無い」の姫草ユリ子。どちらも超短編で青空文庫にあるので読んでみてください。共に書簡体で、通常書簡体は小説内の現実と読んでしまうようにできています。その形式を悪用した夢野久作らしい錯綜を楽しめる。いくらでも解釈の種類が出てきます。「何でも無い」は結局最後どうなったか私なりに思うところがあるのですが、それは伏せておきます。

amazonユーズド 大久保康雄訳『ロリータ』
amazon ヴァージニア・ウルフ短編集
bk1 ブルトン『ナジャ』
Wikipedia 倉橋由美子
amazon 倉橋由美子『聖少女』

青空文庫「瓶詰地獄」
青空文庫「少女地獄」
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コメント

nine様
主催おつかれさまです。
挙げておいて何ですが「心は孤独な狩人」は、ずっと絶版です。神保町でも高価です。でもたまに100円で売られていたりもします。どこかで新訳が出てほしいものです。興味を持つけれど絶版なので読まずじまい、という人が過去に何人もいて、なかなかはがゆい思いをしております。
「外から見たある女子学寮」は7ページと短いので立ち読みできそうですが、たぶん立ち読みだと何がなんだか分からないと思います。でも自分に合うかどうかは最初の一文を読めば判ると思いますので、ぜひ手にとってみてください。

overQ様
こんにちは、コメントありがとうございます。
妹背島の話は初めて知りました。確かに夢野の小説には(会話調の文体とかそういう意味ではなく)口承の怖さと似た怖さがありますね。独白体も多いですし。「いなか、の、じけん」もそれという感じですね。「犬神博士」には夢野の父親の影響もあって、また別の意味でリアルです。題材を伝承から得たとしても夢野の場合は伝承を精査するわけでもなく、聞きかじった部分だけを勝手に膨らます(時には妄想と言われそうなものまで)ような感じを想像してしまいました。

kotaさん、こんばんは。
夢野の瓶詰地獄は、今昔や宇治拾遺物語に出てくる「妹背島」の伝承が元になってるようです。
ただ、夢野は、今昔などの書物から知ったのではなく、口頭で伝承されてる話を知ってたんじゃないか…と思ったりしています。(まだ調べてませんが)

謡いの修行もしてる人だし、「口伝」ということがよくわかってたのではないか。
「はなし」が文字よりもまず、口で語られるものだということを、ごく身近に理解してたんじゃないか、と。
「犬神博士」の旅芸人もモデルがいそうに思えますし、口承をリクツじゃなく、実際の形で知っていた
…そして、そのことが、夢野の特異性の源ではないだろうか、みたいなことを考えています。

すると、「書簡」という書き方の形式をえらぶのは、なおいっそうすごみある戦略に思えてきました!

あーー!!
探してみますって書きましたが、リンクを貼ってくださってたんですね!
気がつかなくてすみません・・・。

たら本に参加していただいてありがとうございます。
主催のnineです。
全然知らない作品もあげられていたり興味深かったです。
「心は孤独な狩人」と「外からみたある女子寮」が気になります。
どちらも初めて名前をきいた作品です。
「心は~」はこの紹介文に惹かれます。「外からみた~」はタイトルの“外からみた”っていうのがツボ。しかも短編大好きですし、ぜひ読んでみます!
夢野久作の「少女地獄」はいつか読もう読もうと思っていたのですが、収録作が青空文庫でも読めるんですね~。
探してみます!
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