■プロデューサー

素材、表面仕上げ、色。仕様を考え、デザインする。木地師、下地師、下塗師、研ぎ師、上塗師。ときには亀甲師、蒔絵師。そして箱屋。完全に分業化されている山中では、私は通常これだけの職人を、作る商品によってそれぞれ数人の候補から選び、仕様と意図を伝え、各工程をチェックしています。また、私は私の手がける商品構成上、弓道具職人、ガラス屋、金属屋、金網職人、竹細工職人、和紙職人たちにも仕事をお願いしています。
その仕事の仕方から私のことをプロデューサーと呼ぶ方がいらっしゃいます。

そのような横文字が輸入される遥か昔から行われてきた「しごと」をしているだけなので、そう呼ばれるのは何か軽薄な気がして嬉しいものではありません。ほめているつもりなのでしょうが、自分の既知の「ことば」に当てはめてしまうのは安易です。

同じく「クリエイター」と呼ばれるのも苦手です。クリエイターとはクライアントが存在して初めて成り立つ職業であって、業種の分類だと製造業である私は畑違い。ただ、クリエイションという言葉は好きです。それは肩書きではなく営みの姿勢だからです。

「アーティスト」になるともう否定する気も起きません。いったい、いまの日本のどこにアートがあるでしょうか。音楽や演劇は言わずもがな、純粋芸術であったはずの絵画にも彫刻にもありません。能書きばかり達者な、自分が生み出しているものを「アート」としたい人だけしか存在していません。私にとって芸術か否かの境界線は一般的なラインよりも遙かに高いハードルであることは自覚しつつ、そう感じます。

私は、プロデューサーでもクリエイティヴコーディネーターでもクリエイターでもアーティストでもデザイナーでもアカウントディレクターでもCEOでもCOOでも作家でも職人でも工芸家でも先生でもありません。漆器屋です。名刺の裏面の英文表記に「General manager」とあるのは、そういう既存の肩書きに当てはめられても困るよ、っていうか自営業だし、という意味も含まれています。

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