■本物

最も容赦ないのは、時の流れ。
私は、現在の評価を気にしません。私にとって本物であるということは、伝統技術の継承や史実の正確さではありません。50年後、100年後、私が死んだ後も何気なく使ってくれているもの、それが私にとっての本物です。漆器ではお決まりの素材である銀朱やカドミウムを使わないのも、そのためです。MR3や純漆という便利な分子破壊漆があるけれど積極的に使わないのは、それらが出てまだ高々10年ほどだからです。

しばしば作家や職人は「木を大切にしろ」とか「良いものをずっと使え」と言いますが、単に潜在的な自己正当化が言葉に出てきて威張っているだけで、えてして彼らはスポーツカーに乗ったり化繊の服を着たり添加物だらけのお菓子や中国産の野菜を食べたり何年かごとに掃除機を買い換えています。

なるべく私は、自分の生活と、自分が作っているものに乖離がないようにしたいと思っています。どちらが先なのかというと、生活姿勢が先にあります。それを漆器づくりという「仕事」にあてはめているわけです。他人に嘘をつくことと、自分に嘘をつくことは、同じことです。
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