京都 有次の包丁(ペティナイフ)



包丁といえば昔から「西の有次、東の正本」と言われています。間の名古屋では祐成を使う料理人が多いようです。最近では木屋團十郎も有名ですね。あとは関と堺と土佐が包丁の産地としては名前があるほうでしょうか。グローバルをはじめとして洋包丁もいろいろありますね。海外のものではツヴィリングJ.A.ヘンケルスが昔から知られています。ただし、ヘンケルスの最高級ラインは日本の関で作られています。つまり、日本の中でどれがいいかを選べばいいわけです。私の料理を召し上がったチャレンジ精神豊富でタフな胃をお持ちの人ならばご存じの通り、私は調理するときのほとんどをペティナイフで済ませています。

(尖端恐怖症の方は続きをご覧にならないほうが良いかと存じます)
ある若き日のこと。カウンターだけの小料理屋。先附八寸から始まる一連の料理。最後にご主人が「柿食べますか」と尋ねてきたので私はいただくことにしました。板前は左手に柿を持ち、右手に持ったペティナイフでヘタを取ってから掌の中で完全な60度ずつの六等分に切り分け、それから皮を剥き、私の前に置きました。1分かかっていません。切るための道具を手にしていて、無駄なものや無駄な動きが一切ありませんでした。おまけに種をよけて切っています。そのあと話をうかがうと、魚をさばくのもしんじょを作るのもペティナイフとのこと。そんなわけで以来私もペティナイフ。


(切っ先から反り、刃先を峰側から。鋼というのがよく判る)

マグロを解体したり豚骨スープを作るわけではないので日常の食事にはペティナイフ1本で充分、むしろ三徳や牛刃では小回りが利かないので、包丁を1本しか持てないとしたら迷わずペティナイフ。包丁に関しては、大は小を兼ねず、逆。青紫蘇だってものすごく細く刻めます。魚介類や野菜に隠し包丁なんてお手のもの。片刃の和包丁でなければ無理と言われる大根のかつらむきも、何とかできます。

有次は1560年創業。初代は藤原有次。もともと刀鍛冶でした。今でも同じように鍛冶仕事。ここが、霞はおろか他の本焼きと決定的に異なるところです。現在では包丁を中心に調理器具を製造。私が使っているのは「有次 上 厚打ペティナイフ大」というモデルで、刃が15cmあります(一般的な三徳包丁は17cmくらいからなので、実は大して変わりありません)。厚打ちという名の通り、厚め。薄刃のほうが料理は綺麗になりますし、片刃は切った材料が包丁にくっつくこともないのですが、大柄な私には厚打ちを持ったときと使うときに安心感がありました。柄の部分にもすべて鋼が通されているのでバランスも良いです。10年や20年くらいなら、刃と柄がガタつくこともありません。


(重心はこのあたり。重いけれど軽く感じる包丁が良い包丁)

刃身は本通し。小さめのペティナイフなので鋲はふたつ。
刃の厚さは刃先のあたりの峰(安心せい、峰打ちじゃ、の峰)で2mmくらい。
このページにあるいちばん上の画像、刃元のあたりで2.4mmくらい。

湯むきしたトマトをこのペティナイフで賽の目切りすると感動します(カプレーゼ──トマトとモッツァレラチーズのサラダ──は輪切りよりもトマトとモッツァレラを賽の目切りしたほうが美味しいと確信している)。トマトを1cm角に切ってトマトの冷製カッペリーニなどを作ると宝石箱をひっくり返したような美しさ。これこそ刃物。ただの輪切りなら、トマトを手でおさえる必要がないくらい切れます。1989年にひとり暮らしを始めてから東西のペティナイフを何本か使ったペティナイフフェチの私ですが、評価が高いのは伊達ではないことを実感した。なんてことを言うと素人が偉そうにと思われることしばしばなのですが、私は素人も良い道具を使ったほうが良いと考えています。お造りなどは素材の良し悪しを除いた調理となると包丁さばきが勝負と言っても良いくらい、そのあたりの割烹や料亭と比肩するものを自宅で食せるなら安いものです。しかも一生使えますし。

女性が料理上手というか料理をすることをアピールするとき、得意なのは「ハンバーグ」「カレー」「肉じゃが」といった類が多く、次いで「ポテトサラダ」「だし巻き卵」「パスタ」といったところが多いように思われます(でも最近は「肉じゃが」と言うと料理できないことを露呈していることになるという風潮もあるようですね)。ことごとく包丁さばきの差が目立たないものばかりです。私は「刺身」や「サラダ」と答える人を尊敬します。でもまあ、味噌汁のあさつきが繋がっていても、鴨ロースを切る方向が違っていて噛めなくても、それはそれで愛おしいです。


(きちんと研げば、断面が円くなることなく直線を保つ)

切れ味を求めるのであれば、ある程度の包丁を月に一度プロの人に研いでもらっていれば、使うときにストレスを感じないでしょう。「よく切れる」という言葉で表現されるものの中には、機能的とか効率性とか操作性とか、いろいろな意味が含まれています。それで各社しのぎを削っているわけですね。では有次の包丁が「よく切れる」というのはどういうことか。

私は快感だと思います。

他の包丁と根本的に異なる官能性。なにやら怪しい話になりますが、これは実際そうなのだからしょうがないです。もっと切りたい、もっと美しく切りたい、と、なんだか包丁に乗せられるというかそそのかされて、より高みを目指すというか別世界があることを教えてくれます。ついつい人を斬ってしまう呪われた日本刀があったことを妙に納得してしまいます。

大切な人が立ち止まっているとき、ほんの少し背中を押すように、そっと有次のペティナイフに力を入れます。ナイフ自体の重みと相まって、すーっと切れていきます。私の心だか頭だかも、すーっとします。グラン・パ・ド・ドゥのアダジオを踊っているかのようです。ダンスをリードしているのは私か、ナイフか。切れ味が鋭いということは反応がビビッドなので、ためらいや迷いといったものまでもすべて切り口に反映されます。でも、リズムに乗ったときの調和といったらたとえようがありません(箱に入っている紙には、月に一度研ぐだけで「料理のリズムもよみがえります」と書いてある。有次を使う人の多くが語るリズム。そこまで考えて包丁づくりをしているからこそ官能性が生まれるのだろう)。というわけで無駄に腕も上がります。

包丁は男性が集めたくなるもののひとつです。まずは牛刀、出刃、柳刃あたりを揃え、並べて眺めて悦に入るのが基本コース。使ってないのに研いだりします。そして菜切りとペティナイフと中華包丁を揃えれば立派なコレクター、そこからは有次と正本と西洋のものを各種揃えるか、蕎麦切りや冷凍包丁など専門性の高いものに行くかは、人それぞれ。妻がほしがっているブレッドナイフやフルーツナイフには目もくれません。


(桂、口金。有次では鍔と呼んでいる。刀のなごり)

たぶん私は死ぬまで有次のペティナイフ1本でいきます。これで私の食事は作ることができるからです。かぼちゃ、白菜、すいか、ぶり、なんだってこれ。使わないのに道具を揃えるという趣味は私にはありません。できるだけ身軽に、そのためには長く使えるほんものを、というのがもの選びの大前提。しかし男性というのは収集癖があるようで、ライター、万年筆、根付、カメラ、鉱石、化石、蝶、妻の文句をものともせず集めることが目的と化した人が世にたくさんいます。漆のお椀がそういう対象になれば私の暮らしぶりも世間様並みになるかも……そんな他力本願は根本的に駄目ですね。

私は肉や魚をあまり自分で調理しません。でも、たまにぶりだかふくらぎだかを切ったときには、切り口は舌に吸いつくような感触です。サラミやプロシュートも揺れや凹凸なくスライスできます。ぐりぐりと力を入れて前後運動していては、切るのではなく潰すようなものです。いつかこれで、とれたての海胆を剥いて食べたいと思っています(築地や銀座の鮨屋から特売スーパーまで、市場に流通する海胆はミョウバンにつけられている)。


(あご。面取りしていないけれど角が立っているわけでもない)

私が使っているペティナイフの素材は鋼です。鋼は錆びます。研ぐのが面倒な人はステンレス(有次にも「和ペティ」の名前で手頃な価格のものがあります)やセラミックのほうが良いでしょう。その手のものは夜更かししていればテレビのインフォマーシャルで売っています。今はもう毎朝鰹節を削り、豆腐を買いに行く人など殆どいません。包丁を研ぐことは最早家事の範疇に存在しないも同然。でも、研ぐのは手間がかかるというイメージがありますが実は手間ではないのです。錆びを防ぐことのほうが毎日の中で気をつけなければならないことですし、錆びないように世話をすると研ぎの回数が減ります。

研ぐにはそれなりのノウハウが必要なため、それが手間というイメージに繋がっているようにも思います。砥石との角度は包丁を購入したときに入っている紙に書かれているのでその通りにすれば良いだけ。あとは自分の切り方に合わせて刃先を調節すればいい。部屋がきたなくなったから掃除するのではなく、きれいなのをキープしたいから掃除するようなものです。研ぐときの感触でも、包丁の良し悪しが判ります。有次は、吸い付くような感触。砥石は、包丁を購入するとき一緒に購入するのがいちばんだと思います。私は粗めの800番と細かな仕上げの1200番と二種類を使っていました。現在では思うところがあって非常に細かい2000番の砥石だけしか使っていません。あとは年に一度、有次へ持っていきプロに研いでもらおうと思っていますが、なかなかできません。

ちなみに鋼にも当然ランクがあり、有次の「上」には安来鋼の青紙が使われています。つまり、いちばんいいやつです。ただし私が使うペティナイフは両刃の洋包丁。それ用に青紙を基に若干の成分変更をしているとのことです。なので私は有次の青紙を名乗れません。名乗る場所もないので、それでいいです。


(柄。柳と白樺をスライスして圧着、さらに樹脂で固めてある)

砥石は30分ほど水に浸しておけばだいじょうぶです。流水で研ぐのは御法度。研ぐのは、調理の前ではありません。夜中にやるものです。使う直前に研いだら、金属の匂いが食材に移ってしまいます。あとは水気を拭き取り、オリーブオイルでもごま油でも何でも良いので油を塗り、拭きます。使う前に水洗いして油を落とします。これで、錆びの速度が遅くなります。

使い始めは、慣らしをするのがこつです。土鍋や中華鍋と同じことですね。
手入れをすれば一生物、手入れを怠ると錆びる、というところがすばらしいです。
道具を見ればその人が判る、というのは職人だけではありません。
これは包丁だけではなく、砥石の減り方を見ても判ります。

F1マシンのハンドルのような遊びのなさ。運転したことないのですが。このすばらしいリズムを覚えたら、もったりした包丁は使いづらくなります。購入すると、たわしをつけてくれます。軽い錆びなら簡単に落ちる、何でもないルックスとは裏腹に底知れぬポテンシャルを秘めたたわしです。

持ち運ぶときは手ぬぐいでくるみます。鞘も売っていますが、ちょっと大げさです。

有次の包丁を購入するには400本以上が並ぶ圧巻の京都錦へ訪ねるのがおすすめです。それは無理という方は日本橋の高島屋へ行けば主だった包丁はあるので選べると思います。また、楽天でも出刃と三徳は取り扱っているようです。でもできれば敷居の高そうな店舗を訪れ、握ってみて、手の大きさと力に合うか試したほうがいいと思います。鑑賞する物ではなく道具なのですから。小柄な人には12cmのペティのほうが向いていますし。有次にはペティナイフだけで何種類とあります。どこが違うのか、自分にはどれが向いているのか、手入れの方法は、といった話をするだけでも、何しろ刀鍛冶から始まった有次、知識と経験に裏打ちされた非常に有意義な話をうかがえます。

このような包丁を作っている有次には、ありがとうと言いたくなります。


(切っ先から反り、刃先、刃元、あごまで滑らかなライン)

これと最後まで悩んだのは、有次と同じく鍛冶で造る奈良の三條小鍛冶宗近
“ペティナイフ1本 キャラコに巻いて”なんて唄いたくなります。
最後の判断は、握る部分の形状でした。
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コメント

イチ同業者様
コメントありがとうございます。
この場は素直に「うれしいです」とだけ書いておきます。
漆器全体について、新領域について、そして山中について。
私の意図と考えについては、改めて書くかもしれませんし、
書かないかもしれません。
どのような意図がおありにしろ、何かありましたら
匿名で構いませんのでメールをくださいませ。
ここには「有次 ペティナイフ」で検索していらっしゃる方が多いですから。

今日のセミナーにいた者です。感動しました!
あなたの発言がきっかけに場が引き締まり、
いつもの質疑応答とはレベルが一変しました。
あなたは悪役を買って出ている。違いますか?
古い体質の世界、誤解されること多々でしょうが頑張ってください。

加賀の武田信玄様
ブログ開設おめでとうございます。
話しましたっけ? 最近どなたに何を話したか忘れっぽくて。
私はいいのですが聞くほうはいい迷惑ですねこりゃ。
包丁屋と箒屋と唐紙屋と金網屋と端布屋と書店をはしごするので
私と京へ行くと大変だと思いますよ。
食べるのはラーメンとかハンバーグとか持ち帰りのお鮓ですし、
比叡山や鞍馬あたりの東海自然歩道をランニングしたりもしますし、
楽しみかたが観光とかグルメとかではないんです。

これが噂の・・・

以前おっしゃっていた包丁ですね!
すごいな~なんでこんなに詳しいことまで知ってるんや?
すばらしい!
4月に大阪一緒に来れば京都に寄ってあげたのに・・・。
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