■同調行動のJ曲線仮説

あらゆる括りの集団において、構成される人間の多くは規則や規範に従って行動する。
しかし、一部の人間は逸脱行為をとる。
逸脱の距離と逸脱者の数の関係は、図に表すとJ字型の曲線となる。

というフロイド・オルポートの仮説。

まあ、そりゃそうである。
漆器の世界も、そんな感じになっている。
関連記事

コメント

kyokyom様
おはようございます。

若い人だと「バトル・ロワイアル」を読んでスプリングスティーンを聴いてみたくなったというパターンもあるみたいですね。ジャニスは私も好きです。聴くたびに、横浜の丘陵地帯にある小さな平屋に住む夫婦と観たライブビデオを思い出します。「チープスリル」のLPをほしいと思いながら早何年か経ってしまっておりますが……。ザッパは私の好みのようなのですがなぜかこれまで一枚も購入したことがありません。

産業となったものを受け入れがたい、売れるものが嫌い、というより、それって何か違うんじゃないかと感じるんです。アメリカでは何か新しいことをしてもアンダーグラウンドで終わってしまいます。パンクもサイケもアンディ・ウォホールの内輪受けもそうでした。それだけ産業構造が確立されていて、全米に行き渡るショウビズは巨大なのかもしれません。全米を泣かせるのは大変です。むしろ簡単なのかな、まあいいや。イギリスに渡ったパンクはメディアや良識派に毛嫌いされ、レコード屋は売るのを拒否しました。それだけ影響力があることをお偉いさんは知っていたわけですね。同様のことはシカゴ生まれのハウスでも起きました。ロンドンとマンチェスターではレイブが盛んになり、複数の人間が集まって屋外で音楽を鳴らして踊るのは有罪という法律が制定されました。イギリスでは産業や大人の思惑とは無縁の現場から生まれているわけです。だから単純に楽しい。大人が仕組んだお役所仕事的なムーブメントになんてのりたくないし、現場から生まれるあのうねりと「わくわく感」に比べたら「これが売れる!」とか「これがすごい!」とか言われて「そうか、これが売れてるのか」なんつってお勉強するようなプロセスは鼻白んでしまいます。そして、シナリオが秀逸ならまだいいですし高性能な商業音楽は好きですが、えてして見え見えの陳腐なシナリオです。

アートは芸術ということですか。となりますと、芸術とは何かという話になって、超長文になってしまいました。一晩悩んで、載せるのやめます。いつかお会いしたときにでも。産業と芸術は相反するするものではないような気がします。産業の反対は「非産業」といったようなものです。芸術とお金は遙か昔から切り離せません。お金の発生しない古代の壁画は芸術でしょうか。動機が不純ということで違うということになっています。現在私たちが享受しているものは大衆的で広く平等に機会を与えられた商品や役務、つまり俗物なわけです(普遍性と大衆性は違います)。芸術であるか否かは、別の判断基準が要求されます。また、単体では成立しません。で、上述したように私は非産業が好きで、結果としてお金を生み出すことになっても自然なことなので、そこが嫌になるポイントではないんです。なんだかうまく説明できていないし齟齬ありまくりな気もしますが、そんな感じです。

いまの音楽には、どこを探しても“art”はありませんよ。

ある音楽が芸術であるとします(仮定の話、論理学、算数です)。そうなると条件を満たすものが他にも出てきて、私にとってはTシャツや冷蔵庫にも芸術はあるということになります。

膨大な幾三を観ると、世間のクリエイターがもったいつけて時間をかける割には自家撞着もしくはワンパターンの代物で制作費は一人前なのって何なんだろうと思っちゃいます。彼らは無償の「職人」で、作りたいから作っているだけで、えらいです。非産業です。

わ、僕なんかの質問にじっくりと丁寧に答えて下さりありがとうございます!
ボーン・イン・ザ・USAって、どん底で行き詰まった人間の暗い歌詞だったのですね。うーん、でもあの歌い方は、なんかものすごく高揚させられてしまって、てっきりかなりノー天気な内容かと思っていました。もとはフィラデルフィアという映画でスプリングスティーンを知ってちょっと聞いてみたというのがきっかけでした。
最近はジャニス・ジョプリンを少し聴いています。あとは、以前東京タワーの蝋人形館に展示されていたロックスターたちの中にいたフランク・ザッパ、そしてその背後で爆音で流れていたフランク・ザッパの曲が気になりますが、あれは音量の大きさにやられただけかもしれないので・・・と思ってみたけど気になってユーチューブで見たら、けっこうイケるかも、と感じました^^


それにしても、産業として成立した、というか取り込まれてしまった音楽というのはやはりkotaさんにとっては受け入れがたいものとなってしまったのでしょうか。僕はそのことが実はよくわかっていなくて、、、アートと金の関係というものがどういう構造になっているのか理解できないです。売るために作られた音楽もあれば、巨大な才能というもののまわりには人や金が集まってくることもあるのだろうか?という疑問です。

あ、紹介して下さった幾三見てきました^^
いや、あれ、カッコいいですね!音楽も映像もシビレました^^
幾三・・・なんで、だれが火付け役になったのか謎なのですが、こういう流行はネットならではで、誰も先導者のいないムーブメントがこれから作られるのか?などと楽天的なことを考えたりします。アホです^^
では、色々ご教示下さりありがとうございました!
失礼します。

kyokyom様
おはようございます。
水洗いは木工用ボンドでパックするよりは簡単ではありますが、
どうでもいいレコードで練習するのが良いと思います。

洋楽と言われるものは1983年に聴きはじめました。中学に入りたてで、文芸にはまった(つけで買いはじめた)のと同時期です。まだレコードが全盛でした(駅前にレンタルレコード店もありました)。デュラン・デュラン、カルチャー・クラブ、カジャグーグー、マイケル・ジャクソン、スプリングスティーン、マドンナ、プリンス、最初はふつうに全米ヒットチャートの売れ筋です。産業廃棄物以外の何物でもないものも当時は嬉々として聴いていました。テレビ番組がベストヒットUSAとかMTVとかなので詮ない話です。で、U2とかスミスのロックへ走り、ロックの過去をさかのぼり、アメリカよりも陰影があって彫りの深いイギリスが好みだと知り、アート・オブ・ノイズなど変なものに走り、ヒットチャートは歌謡曲であるというあたりまえのことを知り、プログレを通過してサイケデリックにはまり、東欧やバルカン半島の変拍子ロックにはまり、高校へ入ったころにはかなりの変態となりました。今ではクラシックだジャズだダンスだ民族音楽だなんて言っていますが、血肉となっているのは間違いなくロックです。ジャズを初めて聴いたのは高校1年、ハウスは2年、ゲンズブールは3年、クラシックは大学1年です。

私は日本語のロックにうまくのることができません。いま吉幾三が局所的にブームでYouTubeにも流れてきてPerfumeや宇多田や坂本龍一キングクリムゾンやジェイムズブラウンなどがありますが(Mlle.CさんのところにはTMNが貼ってあります)、あれに関してはなぜかビースティ・ボーイズやダフト・パンクとミックスしたやつが好きです。ちなみにこれです。
http://jp.youtube.com/watch?v=v9sTsMZS1bg

ボーン・イン・ザ・U.S.A.は、レーガノミックスで落ち込むレーガンの信頼を回復させるべく、大統領選で使われました。専門家に言わせても気持ちを昂揚させる効果があるみたいですね。アメリカの選挙は広告会社やコンサルタントが周到な戦術を用いますし。紅白ストライプをバックにリーバイス501を履くアルバムジャケット。1位を獲得してから2位に落ち、2位を半年続けたあとに再び1位となった、圧倒的に売れているアルバム。保守派が食いつくのは仕方ありません。でも歌詞はむしろベトナム戦争批判のアメリカ否定で「アメリカなんていう最悪の国に生まれてしまった、しかも俺はそんなアメリカの最底辺」という感じです。輝きがくすみはじめたアメリカ、アメリカという国家の病理を表していたはずなのに、なぜかレーガンに使われてしまうのです。それでも盛り上がるアメリカという国に畏怖を覚えました。しまいには対立候補までスプリングスティーン支持を持ち出す始末。

大統領選の当初はスプリングスティーン自身が保守派とのつながりを否定していました。ロックとは反抗ですから。でも国民の反応は、これまでロックを聴かなかった層も取り込み、愛国の歌としてイメージが定着してしまいます。間違った受容をされて、保守派からアメリカを代表するスターにまつりあげられ、彼はパワフルなロックを演ることがうまくできなくなってしまいました。私は歌詞の「彼らは俺の手にライフルを握らせ、外国へ送り込んだ、黄色人種を殺すために」というところで彼の立ち位置を理解したつもりではいたので、あまりのれませんでした。これは苦悩が爆発した叫びだと思っています。とはいうものの、彼の「まっすぐさ」が汗くささとつながり、ちょっと敬遠したい歌ではあります。こういうのが何か別の大きなシステムに組み込まれてしまうこととか産業となっていることが厭になり、私はブリティッシュ嗜好を強めていきました。

日本語に訳した方がいるのでURL貼っておきますね。
http://www37.tok2.com/home/mccoy/BitUSA.htm

kotaさん、こんばんは。
その後、おかげさまで楽しい音楽生活を送ることができています。
それにしてもレコードを水洗いするというのにはちょっと驚きました。大変ためになる情報を教えてくださりありがとうございました。
ところでkotaさんは、洋楽をお聴きになりはじめたのはいつごろからでしょうか。僕は欧米のポップスやロックがとんと理解できなくて、ああいったものはなんとなくその方面に関しての感覚が開かれていないと分からないのかなあって感じはじめています。それは、多分リズム感と関係あるのではないかと睨んでいるのですが。
あ、でもブルーススプリング・スティーンのborn in the USAを聴いたときにははじけちゃいました。楽しかったです。あれはなんだったのかなあ。。

kyokyom様
おはようございます。
J字といっても、日本だと「右肩下がり」のほうがイメージしやすいのではと思います。縦軸が人数、横軸が距離です。孫子は処女は弱いものだと考えていたようですね。しかし、そう考えること自体が男尊女卑なので、今だと孫子はフェミニズム団体から叩かれそうな気がします。

DENONにされたんですね。shosenさんと同じ機種、ワルツさんや誰かさんもDENONのプレーヤーなので、トラブルがあったときの情報交換ができてうらやましい限りでございます。金管楽器と声は明らかに違いますね。きんきん耳をつんざくようなことはありません。どこかの指揮者が書いていた文章に「私たち指揮者はオーケストラをひとつに調和させようとしているのに、オーディオマニアはCDに詰まった楽器をバラバラにしようとする」というのがあって、まあそうだなと思いました。

ジャズのレコードは有名どころの日本盤でかまわないのなら、ディスクユニオンに105円とか315円でごろごろしていますよ。ヤフオクで1枚1枚落札するより、安価で手間も省けます。1万円握って電車に乗れば、帰りは重くて持つのも厭になるくらいです。5千円にしておきましょう。オリジナル盤は日本だと1枚数万円と高価なので、まとめ買いするなら1枚数千円のニューヨークへ行ったほうが安いみたいです。まあそんなこと言われても、高価なのがそもそも間違っているわけですが。

レコードはかさばるイメージがありますね。でもCD(よくあるジュエルケース)との体積比は1:0.6と、イメージよりも差がありませんよ。指で触れるのは避けた方が良いと思います。保管時に風通しの確保と防埃は相反することが多く、だいたいみんな防埃を選択します。ということは密閉するわけです。ということは指の脂がついたら黴びてきます。

レコードは1回聴いたらそれでその日のリスニングは終わりです。何度も繰り返して聴くと、溝が磨り減ります。1回聴くだけならビニールはへこむだけです。なので一晩寝かせれば、またビニールが元に戻ります。CDよりも遙かに寿命が長いんです。

手入れの方法は「レコード 水洗い」で検索してください。
ブラシやスプレーは絶対に使わないでください。

CDはデータを焼きつけているだけなので、そんなフォーマットなんてとっととやめて、USBメモリだか外付けハードディスクだかのようなものにしたほうがその後も使い回しできて便利なのになあと思ったりすることがあります。

kotaさん、こんにちは。
J字型ということは、あるところまでは減ってある点から上向きに転じるということでしょうか。
なんだか「はじめは処女のごとく終わりは脱兎の如し」みたいだなあって思いました。と思い浮かんだのですが、よく考えるとなんの関係もないようです・・・???。

あ、レコードおすすめ下さりありがとうございました。おかげさまでたいへん楽しく音楽を聴くことができています。クラシックはおおむね心地よく聴けます。でもストーンズはなんだかCDでもいいかなあって感じました。あとはジャズのレコードを聴きたいのですが、手元にないのでこれからリサイクルショップなどに行ったら注意してみるかヤフオクでも覗いてみようかと思います。
レコードって大きくてかさばりますが、ジャケットをじっくり見るのもなかなか楽しいです。レコードをたてておくとそれだけでちょっとおしゃれな感じもします。
あ、あとひとつお聞きしたかったのですが、レコードの盤面ってやはり直接手で触らない方がいいのでしょうか。むかしはみんな端と中央に指をあててレコードを扱っていたような記憶がありまして、なんとなく気になっています。
それでは失礼いたします。
非公開コメント