松本大洋・永福一成/竹光侍



ここは確か文芸のカテゴリで、しかも新刊本で、さらにその中で「良かった」ものを取り上げるのですが“comic”カテゴリがないのでここに入れます。カテゴリを設けてもAKIRA童夢Papa told meヘルタースケルターと松本大洋しか取り上げるものがないからです。私はどんなに優れた漫画でも「芸術」とは思いません。芸術であるか否かは、程度の高低ではないからです。と思ったら以前松本大洋の「ZERO」を取り上げたことがあったことを思い出しました。
初めて松本大洋の漫画を読んだのは、大学の学食。誰かが購買で買った(そりゃそうだ、誰も購買で売らない)スピリッツをテーブルに置いて映画の話(ファビュラスなんとか)を始めた。私は、ふとスピリッツを手にした(そこにあったから)。かばんの中にはリルケの詩集があったけれど、学食でリルケなんて無理(今では信じられないが、詩を読むことを恥ずかしいとも思っていたのだ)。「ZERO」の第一話が載っていた(それは偶然である)。ボクサーである主人公はすでに頂上に達し、26回目の統一世界王者を防衛していた(最終回かよ)。そんなところから始まる漫画はpoorな私の漫画体験では覚えがないのでどうなるのだろうと思った。私はコミック誌の、これが苦手だ。来週まで待たなくてはならない(後に「ナンバー吾」で2か月スパンになるとは、鼻水垂らした大学生だった私には知る由もなかった)。

私は、私より先にスピリッツを読んだ友人(キー局の制作ではなく編成を希望し、CXに入り、最近では薔薇のない部屋とかスマスマとかの編成をしている。企画ではワンピースなど。要はプロデューサー集団フジテレビのひとりである)に「これっておもしろい?」と、自分も読んだのに、しかも第一話なのに聞いた。彼の答えは、記憶に残っていない。ふつうの感想だったのだろう。私は漫画を読み慣れていなかった。なので、自分の抱いた感想がどうなのか自信がなかったのだ。私にもそんな時期がありました。

コンビニでスピリッツを立ち読みするようになった。渋谷にある煙草屋で、月曜発売のスピリッツが土曜に売られているのも知った。そう、まんまと私は「続きが気になる」ようになっていたのだ。これは大学4年生の春、テニス部の最後の公式試合の日(桜のきれいな山奥の多摩美だった)に「花男」が最終回を迎えるまで続く。

松本大洋は連載が合わない漫画家で、描き下ろしも刊行している。連載は、16ページだか20ページだか毎にクライマックスを用意する必要がある。そうすることは簡単だけれど、本来思い描いていたものとは異なるもののはずだ。描き下ろしの「GoGoモンスター」は、450ページの長編となった。この大傑作をばら売りするのはどう考えてもおかしい。なので小学館の編集なのかどなたなのか存じませんがすばらしい判断だと思うし、そんなことを実行できる会社がすばらしい。凄さを友人知人にふれ回り、中には漫画に2500円払うのはどうかと思いながらも購入した人までいた。だが描き下ろしになったのは、前々作「鉄コン筋クリート」が不評で内容を大幅に変更して打ち切りになったことも影響がある。と思う(「鉄コン筋クリート」は単行本化された際に小泉今日子氏と吉本ばなな氏の推薦文が帯に載り、ここでついに松本大洋はブレイクする)。とは言うものの、それで「数字のとれる漫画」を描かせるのではなく、描き下ろしにしたのだから、やっぱり編集は偉い。

登場人物の顔を綺麗に描くことは、割と簡単だ。顔のパーツは算数で「美」が決まっているから、それに基づいて描けばいいだけだ。しかし、松本大洋のように描くことのできる漫画家は、あまりいない。上手いからだ。はしゃいで何かを言っている者を暖かくも冷めた眼差しで眺める、台詞はない。はしゃいでいる者が言っていることは、誰もがそう思うけれど、そうなることはない、ということを知っている。でもそれを「違う」とは言わない、あの感じ。それを目だけで描く。といった松本大洋が描く漫画の魅力はあちこちで語られているので省く。竹光侍では、漫画の根幹である「コマ割り」が変わっている。ふつうは1コマ1コマ四角く独立している。しかし竹光侍は、黒くて太かったり細かったりする線で境目が引かれているだけのものだ。「田」という字の空間4つがコマになっている感じ。回想シーンでは、白抜きの雲のような手描きの仕切り。漫画では珍しくないのかもしれないけれど、竹光侍の雰囲気づくりに一役買っている。濃い。話は飄々としているのだけれど。

漫画はデジタルで描かれることが多くなった。トーンを貼る必要もないし、修正は簡単、入稿もスムース。その反動として、時折脚光をあびる優れた手描きの緩い絵。竹光侍は、アナログ回帰とかいった文脈で語られるような括りに属する漫画ではない。舞台が江戸時代だから墨だし、単に思いつきを実行するのではなく、墨で描くなら浮世絵を勉強する。部外者からすれば墨で描くなら浮世絵や刺青や日本画を知ることなどあたりまえのことに思えるが、漫画では「いちいちそんな手続きをするなんてすごい」となる。題字を書いている保垣孝幸という人は知らなかったので検索したら、江戸の風俗や古文書を研究している人のようだ。

まだ完結していないので取り上げるのを躊躇ったけれど、なぜか取り上げました。

小説を出したら、装幀・装画は自腹切ってでも松本大洋に描いてもらおう。
そう思っていたこともありました。



Wikipedia:松本大洋 
(他に「COMIC CUE」Vol.2に掲載された「ドラえもん」があります)
小学館:松本大洋の本
文芸ジャンキー・パラダイス:熱血解説!松本大洋の世界
YouTube:映画「ピンポン」トレイラー
(台詞が漫画と全く同じという奇跡的な映画で、窪塚はその後ほんとに飛んだ



文芸といえば、雑誌「考える人」で海外の長編小説ベスト100とかいう企画をやっていて、そんなの今さら購入するわけもない(お勉強のためのリストであるならば、京大の「西洋文学この百冊」だけでじゅうぶんだし、武器にしたいなら「必読書150」をおさえておけばじゅうぶんである)ので立ち読みしてどんなランキングなのかを眺めてみたら、私にとって特別な位置にあるルイ・フェルディナン・セリーヌは24位だった。とても珍しいことで、だんだん順位が上がってきているように思える。100タイトル全部読んだわけではないけれど(70から80タイトルくらい、本読みならふつうな感じです)。トップ3は凡庸な結果だけれど何事もアンケートをとれば凡庸な結果になるのは当然のことなので確かに読んどいたほうがいい。まだ読んだことのない人がうらやましくさえ感じる。それより何より、同じ新潮社なので載っているのだろうが、トマス・ピンチョン全集が来春から刊行開始ということで狂喜乱舞した。すると書店の店員が無言で避けるように背後を通っていった。来年は河出からナボーコフ「賜物」の新訳も出るし、楽しみだ。小学館は立派だし、新潮社も立派、河出も立派。国書刊行会は今春刊行予定のクノー短編集を早く出してください。
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コメント

kyokyom様
そういえばそんなことも書きましたっけ。
先月出た「~街を歩けば~」はお読みになりましたか?
掲載誌が休刊になって変わってコミックも変わりました。
背表紙はいいとしてもサイズが違って困りものです。
http://www.s-manga.net/author/haruno_nanae.html
http://www.amazon.co.jp/dp/4088654730
ちょっと軽い感じですが、飢餓状態からは逃れられます。
もしかして28巻は出ずに、
サブタイトルをつけて何年かごとに出るのか、
なんて不安がよぎってしまいます。

15巻くらいまではすばらしい傷みの表出ですね。
私が読み始めたのは12年前からですが、
なぜかちょうどそのあたりから変わってきた気がします。
それでも、わたしにとってとてもとても大切な本です。

わわ、Papa told me。
僕も大好きです。以前のブログでkotaさんが取り上げていらしたのを拝見してなぜかとても嬉しかったです。と、松本大洋と関係ないとことで反応してすみません。今は不定期連載になってしまっているのですね。27巻以降を見かけないのでこの先どうなるのかと心配しています。
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