漆の匂い

「匂いを消すにはどうすればいいですか」とお尋ねになる方がいらっしゃいます。

まず、匂いとは何かを確認してみましょう。匂いは、鼻腔の嗅細胞に分子が付着して知覚する感覚です。くさいにおいをかいだら、くさいにおいの元から放出された分子が自分の鼻についたということです。分子が飛ばないものは、匂いがありません。逆に言うと、くさいにおいの物体から遠く離れていても、分子が飛べば匂いを知覚できます。警察犬が匂いで動くのは、この特質を利用しているわけですね。味は空気中に飛びません。そんなことできたら飲食店はつぶれます。

では、漆器からは何の分子が放出されているのか、ということになります。

漆の匂いは、ほんとうは甘くて少し渋い香りです。樹脂ですから。そこに、黒色にするには酸化鉄を、朱色にするには水銀や顔料や紅殻(私は染料)を混ぜます。できる限り、きっちりと固まってから、お客さまにお渡ししています(時には1年かかります)。そんなわけで、一般的に思われている「漆の匂い」はありません。逆にそれでウレタンだと思われてしまったこともあるくらいです。

一般的に思われている「漆の匂い」は、シンナーと似た匂いとしてイメージが定着しています。なぜそうなのかというと、石油由来の有機溶剤を漆に混ぜているからです。石油由来の液体は、揮発性があります。わかりやすいのはシンナーでしょう。現在でも、出荷前に石油くささを飛ばすために、一晩か二晩か放置しておく漆器製造業者もいます。揮発性があるので、それくらいでいいのではないかと思います。

箱を開けて、鼻をつくというか「むっ」とするというか、あの匂いがするものは揮発物質を使っています。ペンキやウレタンと同様、自然界に存在しなかったものなので人体に悪影響なのは当然。シンナーを吸っているようなものですからね。その匂いを飛ばしてから出荷しているのです。「漆独特の匂い」を知っている人はとても少ない。でも漆器には何か匂いがある。というわけで、漆の匂いはシンナーの匂いと似ていると思っている方が多い。

漆が匂うのは固まっていない場合だけです。分子が飛ぶわけですから。塗師の仕事場や、はっきり固まっていない状態のものならともかく、完成品でそんなものは存在しません。では、匂いを飛ばすという「工程」は、何の匂いを飛ばしているのでしょうか。というわけです。

ちゃんと漆だけを使って、きちんと固めれば、匂いを飛ばすなんてのは不要。
(固まっていなくても完成品として流通できるところがややこしい)
私が手がけた漆器をお使いの方は、匂いをかいでみてください。無臭です。
そこまできっちりと固めれば、傷や熱に強い「最強の塗料」となります。

完全に固まるには、だいたい半年かかります。
うちの倉庫は年中加湿器が動いています。壁はぼろぼろです。
漆100%でも、きちんと固まっていないものは半永久的に匂います。
(傷がつきやすく、熱にも弱いものになります)
一晩や二晩匂いを飛ばしたところで変わらない状態になってしまうんです。
これは漆の「乾燥」の話になるので、またいずれ。

漆は、かぶれることがあっても化学物質過敏症の方には無害のものです。
頭が痛くなるとか気分が悪くなるとか、そんなことありえません。
もしそうなったら、それが漆100%かどうかを疑ってください。

「漆の匂いをかいだだけでかぶれる」という方がいます。
分子が付着するので、申し訳ないですが当然のことです。
ちゃんと固めた漆器は、触れてもかぶれません。

ということだけでは不親切なので、よく言われる匂いの消し方を挙げておきます。

早く消したい場合
・お米のとぎ汁をあたためて酢を少し足したもので拭いて洗う
・お酢で拭いて洗う
・お酒で拭いて洗う
・お米の中に入れておく

すぐに使わない場合
・風通しが良くて日の当たらない場所に放置

だいたいそんなところです。

これは完全にウレタン塗装だと思われます。ただし、同じことは、程度の高低はあるにせよ、有機溶剤を混ぜていれば起きえます。


かつて広告の仕事をしていたとき、デオドラントスプレーのメーカーがクライアントだったことがあります。あの業界の表記は「匂い」でも「臭い」でもなく「ニオイ」です。「匂い」だとプラス表現だし「臭い」だとマイナス表現。顧客は臭いを気にしている人。でも顧客をくさいとは言えないので、どっちでもないカナ表記が(ちゃんと広告展開を広告会社に依頼している企業に)広まったわけです。

Wikipedia:嗅覚

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