クリストファー・プリースト/限りなき夏



おもしろいおもしろいおもしろい。

国書刊行会「未来の文学」シリーズの、私にとっての目玉。四季のうち、夏だけ「ほんとうのことを知りたいだけなのに、夏休みはもう終わり」とフリッパーズ・ギターが卓越したフレーズを生んだだけで、あとは「終わらない夏」とか「限りなき夏」とか「永遠の夏」とか言われる。実際には永遠なわけでなく3か月で終わるからこそそう言われるのだけれど、なぜ夏だけが。でも年中雨で晴れの日が年に1日しかない永遠の梅雨だったら、雨の日が「ふつう」になって、道路とか服装とか住まいとか世の中どうなっていたんだろう。と妄想しがちなので永遠の季節の話を進めると、しかしそこはプリースト、時間が伸び縮みすれば永遠になりうることくらい百も承知である。彼にかかれば「この一瞬は永遠なんだ」といった意味での永遠ではない。というわけで時間を扱った表題作はじめSFと語りの技巧を駆使した短編集。技がSFだけではないのでSF嫌いでも読み応えあり。ちょっぴりホラー風味もあるけれど、テレビから長髪の女性が出てきたりそれが実はバーチャルリアリティだったとかクラス全員で殺し合いするとか男は動物に変えられるとかってことでもなく「奇術師」程度のホラー具合なのでだいじょうぶ。
日本独自編集の短編集。プリーストによる日本版への序文もある。
八編で400ページ。一週間楽しむのにちょうど良い。

「限りなき夏」
原題は“An infinite summer”なのでエンドレスというわけではなく数量や空間が無限。時間が伸び縮みといえば怪作「逆転世界」を連想してしまうけれど、これはかなりの甘口。生クリームというよりメープルシロップ。シャツに例えるとパフスリーブにレース。夕暮れ時に吸ったつつじの花弁。連想したのは大友克洋「彼女の思いで」の表紙。これもまた見事。こういうのを女性が読んだらどういう感想になるのか興味深い。でも押しつけるとセクハラになりかねないので実際にはできない。

「奇跡の石塚」
まったくSFではない。しかし、プリーストのSFを読み進めていくうちに訪れる、あの「圧倒的な(崩壊感を伴う)気づき」を体験できる。SFでないだけに尚更際立っているとさえ断言してしまいます。アハだか何だか知らないが、脳科学者が言っているあれよりも余程すばらしい。「魔法」や「双生児」を既読の方なら、あれをまた体験できるのかと期待して間違いなしです。解りやすいし。これ一編だけでも立ち読みしてみてください。100ページ近くあるので椅子のある書店で。で、購入したくなるはずです。序文によると、長編ではなく短編を意図して書いたもので最も長いとのこと。日本の原稿用紙だと邦訳文は200枚を超える分量。いわゆる西洋的な分類方法の「長い短編小説」に属するものだろう(長編小説と短編小説の違いは分量の違いだけではありません)。プリーストにおける長編と短編の違いは、序文になんとなく書かれている。

1966年発表の処女作「ラン」は、まあ処女作という感じ。でも読めて良かった。書くたびに深度を増していることを確認できたから。「デビュー作に全てが詰まっている」というのは、自家撞着やワンパターンや拡大再生産やキャラ萌えなどによって新しいものほどつまらなくなっていくことの逆説的な言い回しでもあり、であればデビュー作だけ読めばいいということになる。プリーストのように新しいものが最高傑作という書き手は現在(現役なのに古くさい。でも、そこがいい)珍しいので、そういう観点からも今後が楽しみになってくる。近年は日本でも好評のようで、新作が出たら大して間をおかずに邦訳が出るようになるだろう(希望的観測)。それにはまず、これが捌けないといけない。そんなわけで売れてほしいと田舎の片隅で切に願っている。

価値観を揺るがす小説も良いけれど、プリーストのように技巧がすべてというのも大好きです。人物造形に力を入れていなくても全然かまわない。プリーストにとって小説の登場人物は「魔法」で扱った態度のように駒なのだろう。でもそれは小説ならあたりまえのことだとも言えるわけで、物語ではないのだ。訳者が多用する「語り/騙り」というのは的を射ていて、ナボーコフやジョイスの技巧とは異なり、プリーストの技巧は翻訳可能である。語りによって織りなしているから。なので原典を読まなきゃいけないなんてことはないし、読むことも簡単だ。失恋とか恋人の死とか自己憐憫とか外国人賛美とか渦巻く情念とか、日本の小説が(古井など極一部を除いて)かまってちゃんのマスターベーション大博覧会に陥っている今、私が海外小説へ食指を動かしてしまうのは致し方ない。

ナボーコフの短編集は宝石箱のようだ。
この短編集は林立した伽藍のようだ。

装幀は、私の好きな背が平らなもの。
ここがまっすぐだと、小口もまっすぐになる。
よって、本全体が真四角になる。
文芸書では意外と少ない。

表まわりのデザインは、表4に原題が天地逆でレイアウトされている。カバーも同様。私としては鏡面のように反転させてくれたほうが合っていると思ったけれど、それは別に短編集の評価に関わることのない些末事。

クリストファー・プリースト公式サイト
Wikipedia:クリストファー・プリースト
bk1「限りなき夏」
大阪府立図書館:「本」の部分の名称

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