バーナード・レイトナー「ウィトゲンシュタインの建築」



むかしの話。終電も深夜バス(渋谷から二子玉川まで出ていた。今もあるのかな)も出た後の夜中。タクシーに乗ったら渋滞した。私は急いでなかった。運転手と会話すると、渋滞で料金が増すのは全然うれしくないとのこと。世間知らずな私はてっきりタクシーの運転手というのは道が詰まって料金が増すと内心にやにやしているものだとばかり思っていた。でも「百円二百円くらい上がってもむしろ損で、やっぱり渋滞はいらいらしますよあはは、運転手はだいたいそうじゃないかなあ」ということだった。おもしろい運転手だったので、そのままロイホへ行って食事をごちそうしてしまった。こういうことはよくある。一期一会。それはともかく、言われてみれば、とっとと運んで降ろして次の客をつかまえたほうが得である。つまり、渋滞しちゃったぶんを客が払っているわけだ。また今日もあたりまえのことをくどくど書いてしまった。
哲学を無効化した哲学者ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインは、姉の住まいを設計監理したことがある。彼の生き方と建物には一切のぶれがなく、完成してから天井を3センチ上に作り直した。そんなの彼だけしか気にしない。作り直すなんてエコでもない。でも、ミリ単位の変更などあたりまえ。0.5ミリの違いも駄目。彼の「設計」と完全に一致するまであらゆるところが何度も何度も「試作」された。

その厳密さを「論理哲学論考」の文体と結びつけるのは簡単だ。論理の世界は、寸分の狂いも許されない。論理に比べれば--通常私たちが接する--建築は少々の狂いなど許容範囲。ドアの幅が1ミリ狭くても、施主も建築家も別に何とも思わない。隙間が1ミリ多くても「かちっ」と閉まれば、ドアはドアとしての機能を満たしていると考えられている。「なんとなくそんな感じ」になっていればいいからだ。というか、0.5ミリ違うことを工務店に言ってやり直しさせるのは立派なクレーマーである。そんな世の中というか建築の一般常識なので、ヴィトゲンシュタインの徹底したこだわりは特異なものとされ、常識的な建築家の興味を惹き、こうして書物が遠く離れた日本でも出る。

話は逸れるが、手がけた建物が完成すると、建築家は「施主のご厚意」でオープンハウス(内覧会)を開くことがよくある。でも私は興味ない。化粧された表面だけ見たところで、それがどんな建物なのかなど、どう思うこともできない。床と壁と天井の素材だか色だかのチョイスと間取りくらいでは「きれいですね?」とか「すてきですね?」とか「考えられていますね?」とかいった無思考な感想しか出しようがない。逆に、そういった些末なところに駄目出ししたところで誰も幸せにならない。内覧会と言うなら建物の中まで見せてほしい。室内も表面である。世界トップレベルのモデルは、骨格が完璧だ。大事なのは骨格。骨のプロポーションに美があれば、何をやっても美しい。反対に骨格が完璧でないと、表層だけ整形してメイクをしても、やっぱりだめだ。自然でもなく調和もない。完璧なモデルはその調和の完璧さゆえにいびつなところや突出して目を惹くところがなく、実際よりも身長が低く見える。ということは、建物は完璧でない方がいい、ということになる。あれ? 何の話だったっけ。

ヴィトゲンシュタインは完璧を求めた。これは私の想像なのだけれど、彼は混乱や混沌を排除することに生涯を捧げたように思う。ヴィトゲンシュタインは、ある「限界」の場所を見定めるため、ある「ものごと」が有効な範囲がどこまでなのかを見定めるために生涯をかけた。どこが限界なのか、っていうか限界って何? というのを見つけるには、混沌としたままでは曖昧過ぎて手をつけられない。彼にとって混沌の対極にあるものが「完璧」という言葉が意味するものだったような気がする。整理整頓するのではなく、整理整頓するための方法と枠組みを見つけることに尽力した。

という私の想像は置いといて話を戻すと、ヴィトゲンシュタインは窓の桟を作るために8つの製鉄所と話し合った。何と言っても鉄鋼王ヴィトゲンシュタイン家のお坊ちゃまの依頼である。断るなんてできない。幸か不幸か選ばれてしまった製鉄所の技術者は、ヴィトゲンシュタインの要求を具現化できるとは到底思えないまま、何度も何度も作った(私の依頼を引き受けてくれる職人の表情を見ていると、このときの様子がどんなものだったか手に取るように思い浮かぶ)。すべてに目が行き届き、彼の理想とするプロポーションによって成り立ち、全体が息苦しいまでに調和のとれた建物を建てた。施主が皆ヴィトゲンシュタインだったら建築家というか監理者は施主と大工の間で破産してしまう。

ヴィトゲンシュタインが何度も「試作」できたのは、頭の中に確固とした理想があるということが最大の理由なのだけれど、それだけではない。彼は工学を学んでいる。そこから数学に行き着いたというか遡った人間だ。父親は鉄鋼王だし、ヴィト自身は鉄鋼の覇権を強化すべくジェットエンジンとプロペラの研究もしている。ライト兄弟が空を飛んで数年後の話だ(ヘリコプターにはヴィトゲンシュタインの発明が役立っている)。なので知識がある。口うるさいクライアントでもあるわけだ。そして、ヴィトゲンシュタイン家はウィーンを代表する大富豪。何度作り直そうがかまわない、金の問題ではないのだ、みくびるな、というわけである。あなおそろしや。

鉄鋼王ヴィトゲンシュタイン家はユダヤなので、ナチスのオーストリア併合のときには収容所送りになる運命だった。末っ子ルートヴィヒは論理を学んだイギリスの国籍を取得して逃れ、兄はアメリカへ渡った。優雅な姉ふたりは「わたしたちはだいじょうぶ」と高を括ってウィーンにとどまり、ナチスに狙われた。そのときルートヴィッヒは、迷わず家の資産をナチスに寄附し、姉の収容所送りを防いだ。記録によると、一介のユダヤ富豪が会うこともできないナチスの高官と直接交渉するテーブルを設けている。それくらい、ウィーンにとってヴィトゲンシュタイン家は特別だった。

ルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインが絵画や音楽に理解が深いのは、そんな家に生まれ育ったからだ。鉄鋼王の父はたくさんの芸術家のパトロンだった。彼なくしてウィーンの世紀末はなかった。ウィーン分離派の拠点だった分離派会館は父が建てて運営した。小さな頃から家のサロンにはカザルスやブラームスなどの音楽家が集っていた。ラヴェルとプロコフィエフは、ルートヴィッヒの兄パウルのために「左手のためのピアノ協奏曲」を書いた。クリムトは姉ふたりの肖像画を描いた。そんな家。

そうした家庭に育ちながらも、彼は「論理哲学論考」を書き終えて哲学でやることは終わったと思い小学校の教師になってから、北欧の海沿いにある寂寥とした土地にある掘っ立て小屋で暮らした。というような簡単には説明できないさまざまなことを経て、姉の住まいを設計した。それは彼が「優れた建築」と考えているものではないし「芸術的側面からすばらしい」ものでもなかった。彼は実用品である建築を芸術であると考えるような短絡的で視野狭窄な人間ではない。そこには必ず数字と論理があったし、何といっても目が肥えていた。

彼が設計したのは、無機質さを極限まで追求したような固くて直線的な住まいだった。優雅で豪奢な富豪の住まいとは何もかもが違った。それはなぜか。単純に、姉のことを思ってである。彼は姉思いだ。建築を自分の作品にしようとしたり、後世まで語り継がれるものにしようなどとは微塵も思わなかった(そういう建築家が多いからこそヴィトゲンシュタインの姿勢が珍しく、こうして今でも語り継がれるというのは皮肉なものである)。姉が快適に暮らせる家は、どんな家だろうか。それを彼が考えるとき、思考の道具は数字と論理だ。なのであんな家になった。これもまたシンプルな話である。雰囲気を醸し出す、電気代を遣う余計な間接照明などひとつもない。素材のことは門外漢で詳しくないから選び抜かれていない。彼にとって素材の良し悪しを判断するのは美的価値でもデザイン性でもなく、かといって建築的でも工学的でもなかった。そんなこんなで、自らが自らの叡智を振り絞って導き出した「最善の解」が設計図として描かれた。それを具現化するためには一切の妥協をしなかった。これも彼の性格からいって当然のことだ。

今回私が言いたかったのは、このことだ。

この(ヴィトゲンシュタイン好きならあたりまえの了解事項となっている)解釈が巻末の錚々たる面々による解説で一切されずに、単に表層が似ているだけの理由でロースの名前が出てきたりして少々驚いた(“ロースに似ているが、違うものだ”というのは論理展開でも何でもなく、何か考察している風に見せる初歩的なテクニックのひとつに過ぎない。それにロースもヴィトゲンシュタイン家がパトロンだったからこそ建築家として活動できたという事実もあるので話はもっとややこしい)のだけれど、建築家は建築家なので、できあがった建築そのものを見るのだからそれでじゅうぶんなのかもしれない。でも物足りない。「どういうものを作ったか」を分析したり批評することは、パターン化された類型に当てはめるだけなので簡単。「どうしてそういうものになったのか」というのは、できあがった建物をミクロだかマクロだかで見ても見つからない。

そして、表層だけにしか触れないのなら表層で判る異質さに簡潔でもいいから紹介してほしかった。プロポーションひとつとっても、どこを読んでも取り上げられていない。

この書籍の「本文」といえるのは、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの姉のひとりヘルミーネの手記「家族の回想」だ。その「家族の手記」から、建築に関わる部分だけを抜粋したものが本書「ウィトゲンシュタインの建築」だ。翻訳者は建築家で、以前ここで少し触れた人だ。つまりこれは、そんな中身と解説でもあり、その構成からいっても、建築業界をターゲットにした商品なのだろう。哲学も論理もないし、思想も批評もない。当時のウィーンの芳香もない。

ヴィトゲンシュタインが姉の家を設計してから完成するまでに残された逸話の数々は、巷間語られている通りだ。それ以上のことは出てこない。となると、この書籍の見所は本文よりも多くページが割かれた図版ということになる。そのために紙も白くて厚くて光沢のあるものが使われている。私は自分で認めているけれど他人から認められたことのないヴィトゲンシュタインマニアなので関連書籍は全て購入するが、哲学好きのほとんどは手にしないだろう。建築の世界でも、こんな特異な「建築家」の事例など読むに値しないことは余りにも明らかなので手にしないだろう。

せめて翻訳者がかつて「栖十二」に書いたことくらいは盛り込んでも良かったのではないかという気がしないでもない。ここでは磯崎新氏が言語のことを勘違いしていて勘違いしたままヴィトゲンシュタインの言語と結びつけてしまうという、結びつけることが先にあるような流れになっていて軽率さが露わになり、そんなことは露知らぬ「理系」に悪影響を及ぼしているけれど、ヴィトゲンシュタインにおける建築を考えるときには参考になる。

建築と哲学/思想は親和性があると思われがちだけれど、ポストモダンとかデコンストラクションとかいった言葉が共通なだけだ。ちなみに私が接した建築家たちの中ではドゥルース=ガタリを引き合いに出して何やら結びつける人が多い。哲学と何かが、たとえば文芸のように一致するならば「現象学建築」や「実存建築」や「マルクス建築」や「構造主義建築」があってもおかしくないし、そろそろ「クイア建築」が出てきてもおかしくない。というか、ないといけない。でも、建築が思想だと思っている建築家に伺ってみたところでは、それがどんな建物だか、建築が思想だと思っている当の本人が思い浮かばないのである。一方で、芸術にも目配せしている。建築は思想でも芸術でもなく実用品、というのが私の結論。実用品にだって思いはあるし知恵はあるしクリエイションもある。実用品であることを恥ずかしいとか下位だとか思って思想や芸術に擦り寄るというか範囲を広げることこそ、建築を見下しているし、本質がおろそかになってしまう。

建築が芸術でないのは西洋において学問領域を中世にそう分類したからだ。手仕事はいやしいものと見なされた。でも天井画や装飾は芸術の要素も含んでいた。時代は流れ、何かを生み出すということでクリエイションとなった。クリエイションではあるけれどアートではない。日本の建築家ならば、そんな西洋の判断基準を疑ってかかって、西洋は西洋でそれでいいと思いますよ、でも日本は日本です、日本の営みのかたちとか建築のありかたを確立しますよ、という道もあったはずだ。建築に携わる日本の職人は芸術家でもないし哲学なんて全く知らない。しかし、とてつもない知恵と技を持っている。そこを無視して西洋にかぶれて芸術や思想をまじえてああだこうだ言ってても何の魅力も感じないし、思想がない。ただの輸入貿易業者兼輸入加工業者である。

一方、哲学の人とこの件について話すと、思想を踏まえて物を作っている人もいるという程度で、必要条件ですらない、という至ってまっとうな答えが返ってくる。彼らは建築業界の勘違いを指摘しない。むしろウェルカムなムードだ。なぜなら、建築業界が自らを哲学や思想に重なると思っていれば、本が売れるからである。建築学科の学生の1%が購入したとしても書籍の売上が何倍にもなるくらい、哲学の本は売れない。

「建築批評」はありうる。でも、それと哲学は別の話。

そんなわけで、姉の手記を翻訳した「書籍」であり、考察や分析などのない「資料」に徹するなら、価格が上がってもかまわない(姉の手記なのだし専門的なところに突っ込んだ話になるわけなどないのだから、高名な建築家ではなくいつもの人が翻訳して書籍そのものにお金をかけたほうが望ましいとか思ってしまう私は勘繰り過ぎである)から判型を大きくしてほしかった。白と黒でできている住まいだからモノクロでいいというのは乱暴だし、カラーの写真だからこそ白と黒でできた家の異質さが際立つと思う。でも青土社としてはこれが着地点なのかもしれない。これ以上のことはTOTO出版や鹿島出版会になってしまう。

誰に翻訳を依頼するかは、とてもデリケートなことだ。話は変わるが、先日、光文社新訳古典文庫の翻訳の杜撰さが露わになった。どうやら数十箇所におよぶ誤訳があって、まるで別のものになっているそうだ。ジュブナイルならジュブナイルと断って売らなければならない。でも「読みやすい新訳」を謳っている。なので大衆に広がって爆発的に売れた。私は読んでいて変だなと思ったので、前回の書籍大処分市で一度読んだだけのカラマーゾフを放出した。しかし、その指摘に対する光文社の返答は「文句があるなら自分で訳せばいかがですか」というものだった。いやいやいや、原典を読解できないから日本語訳を購入して読んでいるわけであって。

何かを生み出してそれをお金にかえて生活している人が言ってはいけないことのひとつに「文句があるならお前がやれ」がある。と私は考えている。そんなこと言ったら世の中が成り立たない。逆に、その道のプロに対して講釈を垂れる人間もいる。飲食店、特にバーで多い。そんな人には「じゃあ来るな」でかまわないけれど。依頼されたドアノブ職人が言ったか言わぬか判らぬが、こうして建物はできあがったので依頼に応えたことになる。それのプロなら、応えなければ存在価値はない。自分ひとりが「良い」と思っているものは、芸術ですらない。

その後、この家はいろんな持ち主を経て、いまはブルガリア大使館となっている。ヴィトゲンシュタイン家は財産を失った。なのでルートヴィヒがひとつだけ不満を持っていたところは作り直されることがなかった。



※カナ表記だと「ウィトゲンシュタイン」がお決まりなのですが、思うところあって「ヴィトゲンシュタイン」を使っています。


Wikipedia:ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン
青土社:「ウィトゲンシュタインの建築」
Wikipedia:「論理哲学論考」
「論理哲学論考」英文:“Tractatus Logico-Philosophicus ”
写真家が気づいたプロポーションの異質さ
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コメント

osamu様
こちらこそ、説明しづらく、立ち入ったことを気軽に尋ねてしまい、そしてお答えいただき恐縮です。私は意図的に「文学」という言葉をふだん使っておりません。「文芸」です。これには、詩や小説が芸であってほしいという私の願望も含まれています。

作家論と作品論は分ける「べき」というのが文学のマナーのようです。文芸としてはそれもありだとは思います。でも私は、書き手の生い立ちなどが全く反映されていない、技巧を駆使した小説を読んでも、やっぱり書き手に興味を持ってしまいます。

日本特有の私小説や、結局トラウマに還元されてしまうような小説は、あまり読みません。また、被爆体験を綴って芥川賞を受賞した林京子氏などは、選考時に「被爆のことしか書けないのではないか」という意見が挙がりながらも受賞しました。書き手自身が被爆者であることが事前情報で入っていなかったらどうなったのか。分けて考えるべきと言っている文壇が、分けて考えていないのです。そして、自分の都合に合わせて、分ける分けないを使い分けている感じがします。

ただ、順番を間違えてはいけないとは思います。あくまでも作品が先にあって、それを生み出したのはこんな人、というのがスマートな流れではないかと。こういう人が生み出したからこの作品はこうだ、というのはナンセンスです。そして私はプロセス重視ではなく結果がすべてだと考えています。

私の疑問は、自ら死を選ぶのが到達と逃げのどっちなのか、ということでした。もちろん、あらゆる自殺がどちらか一方になるということはないにせよ。私の「イメージ」では、自殺は逃げなんです。到達していないように見える人が自殺したら、それは絶望したように映ります。文学に絶望したのではなく、自分自身の才能や生き方に対してです。意見が変わることはないでしょう。でも、その最終的な意見が、言い方が失礼になるかもしれませんが取るに足らないものだとしたら、続けていればもっと先へ行けただろうに、と思ったりもしちゃうんです。

なんだかうまく説明できません。

まず初めに、興味に任せて強引にkota様の内部を聞かせて欲しいと、やってしまって申し訳ありませんでした。


本はいつでも良いです。
ながく待つ方がおもしろいし、積読も多いですし・・・。

>「文学を突き詰めていくと死に至る」ならば「生きている人たちは文学を獲得していない」ということになります。

「文学」なんていうと結局そこの定義が重要になってしまうのかもしれませんが、そこをスルーして・・・話を進めると、
生きて文学を獲得した人間はいるのでしょうか?
「学」の字の通り、教え学びえるもの、範囲の決められたものであれば、極めることもあるかもしれませんが、
文学には日本語のニュアンス的に芸術や創造といった、学問以外の要素も混じっている気がします。
もちろん、論理的に文学を突き詰めれば死に至る、なんて論証は不可能だと思いますが。。。


>文芸作品を書き上げたのは生きている人なのに、なぜ行き着くところが死なのか。

僕が思う一番の問題は、作者に対する、或いは作者自身の作品へのそういったもろもろの評価は、
その作品一点に於いて評価されるべきなのか、生涯を通じた作品や生き方なども込みで考えるべきなのか、
そこがよく判りません。
作品一点に於いてならば、その作品のみの問題ですし、
生涯の生き方を問うならば、色々な解釈はあるにせよ、死、或いは人生を持ってそれは完結されるべきだと思います。


また、他の芸術分野に於いても、作品の評価に問われるのはその作品一点なのか、それを含む人生なのかは問題だと思っています。
そして、僕としてはやはりその作者の生き方という要因を抜きにして、それらの創作活動は語れないものだとも思います。
もし、それを恋愛に適応するなら、クサイですが・・・ある時点である女性に対しての「一生愛している」と、生涯を通して一人の女性への「一生愛している」では、
やはり意味合いが違うように感じます。
しかし、人間は気紛れなので意見が変わることはザラにあります。
だから、死は短絡的ではあるにせよ、手っ取り早い永遠の意思表示の方法ではあると思います。
もしかしたら残された人生で、意見を変えたかもしれない人物でも、取り合えず死んだ時点で、意見の変わる可能性はありませんから・・・


駄文失礼しました

osamu様

ごぶさたしております。反射的に「あっ、本!」と思い出しました。申し訳ないです、近々にお送りします。

「文学を突き詰めていくと死に至る」ならば「生きている人たちは文学を獲得していない」ということになります。かつて私も「そうかもしれない」とか「それもあるかもしれない」と考えた時期がありました。で、常にひとつの疑問がつきまといました。これはosamuさんに教えていただきたいことでもあります。文芸作品を書き上げたのは生きている人なのに、なぜ行き着くところが死なのか。そしてoasamuさんだからこそお尋ねできることとして、絵画を突き詰めると死に至るのか、他の芸術分野はどうなのか、至らないのであればなぜ文芸だけがそうなのか、といったことが判りません(私は「文学」の行き着く場所が死だとは思いたくないものでして、そこらあたりを考えたことがないのです)。

私がそう感じた原因については、メールをお送りいたします。それを目にしたくない人もブログを読んでいただいている方々の中にいます。そして「誰も望んでいない」と書いたのは、私自身が望んでいないからでもありました。

ひさしぶりです。
かなり脱線ですが、

>私は二階堂氏の日記を読み、強烈な不快感を覚えました(この不快感の原因を説明すると長くなってしまうし、そんなの誰も望んでいない)。

僕は望んでます。
よろしければ、聞かせてもらえるでしょうか。
その原因は死に至ったから?
それともその手前でもうすでにでしょうか。

僕はやっぱり文学は突き詰めれば死に至るものだと思っています。それば文学の一部分だけなのかもしれないけど。

今じゃ僕には文学ののしかかるような存在や実感はすっかり体から抜け落ちて、もう思いだせ無くて、。

kyokyom様
おはようございます。
漫画は一巻から順番に読んでいくほうが楽だと思います。日本史や世界史も、先史時代から順に進むほうが解りやすいはずです。動物の種類も、シンプルな動物から枝分かれしていった順に覚えていくのが楽です。美学哲学史はその名の通り順番に学びます。その家庭教師さん、勉強のやり方を知っていると言えるのはすごいですね。私も知りたいです。

二階堂氏については冷たい印象の私なので、気に障ったところがあるかもしれません。実は、前回のコメントはもっと長かったのを削りました。今回もたくさん書いてしまい、やっぱり載せるのやめました。私は二階堂氏の日記を読み、強烈な不快感を覚えました(この不快感の原因を説明すると長くなってしまうし、そんなの誰も望んでいない)。なので頭の中の「その他無関心」の引き出しにしまいました。

ずぶとくても鈍感でも生きていけます。だからこそ生きていけるとも言えます。でも、生きている人すべてがそうではないと思いますよ。自殺者は甘えんぼうで無責任で身勝手で罪深いというだけではないですし、苦悩したとか狂気の狭間にいたとかいうのだけでもないです。政治家にも心から日本のことを考えている人もいるかもしれませんし、警察にだって心の底から市民を守ろうと思っている人がいるかもしれませんし、公務員にも企業財務的な考え方を持っている人がまったくいないとは言い切れません。繊細だったり感受性が敏感だったりするからこそ生きる喜びを毎日感じている人もいるでしょうし「敏感な感受性」と「論理」を兼ね備えた人だっています。

そういう人がいた、と知ることは無駄ではないです。
でも、共鳴するのは良いことばかりとは限らないと思います。
不安定な場所に置かれたメトロノームはシンクロします。
http://jp.youtube.com/watch?v=W1TMZASCR-I

コミュニケーションは個々の能力ではなく、インフラのようなものだと考えています。「能力」としてしまうと、後から身につけることができるテクニックのようなものと錯覚しがちというか実際そういうものとしてビジネスの世界や自己啓発ビジネスは成り立っているのですが。

またお邪魔します

kotaさん、こんばんは。
いつも丁寧に色々と教えて下さりありがとうございます。
なんというかギリシアから順々に本を読んでいくというのもいかにも効率の悪い方法で我ながらうんざりしていたのですが、問題ないと教えて頂きましてホッとしました。
今日行った喫茶店で、隣の席に家庭教師と受験生を抱えた親らしい人が何やら話しこんでいたのですが、家庭教師が「勉強のできる子と出来ない子の差って何だと思いますか?」と尋ねていたのに思わず聞耳を立ててしまいました。家庭教師君の言うことにはその差というのは、「勉強のやり方を知っているかどうか」だと言っていたのになるほどと納得しました。それは何を読んだらいいのかわからない(方法を知らない)のでとりあえず歴史順に古い方から読んでみようという今の自分のやり方がまさに「勉強のやり方を知らない」ことなんだと思い当たり思わず自虐的に笑いたくなりました。
というのはどうでもいいことなのですが、コメントを拝見してまたこれからも懲りずに哲学の入門書を読んでいこうという意欲が高まったようです。
ところで二階堂奥歯についてのkotaさんの意見をとても興味深く拝見しました。とても面白かったです。「八本脚の蝶」というのはある意味解りやすい「傷つき易く繊細な感受性」の持ち主の文章なんだろうと思いました。そういう意味ではある種のタイプの人間にはとても強い吸引力が働く。
僕にとって二階堂奥歯は、文学とまたそれに付随する諸々を含む世界における水先案内人であり同時にその世界を体現してしまった憧れのアイドルです。死んでしまったことでさらに輝きを増してしまうというタイプに思えます。と書いてみたのですが、それはやはり違うように思えてきました。多分二階堂奥歯が、というよりも僕の方に問題があるのかと。それは無気力な人間特有の劣ったコミュニケーション能力に因って距離が測れず他者を過大評価するか過小評価するかしかできないという物事を正視できないことから始まる評価なのかもしれないと思いました。
多分、彼女は多くの普通の人よりは繊細で鋭敏な心を抱えてはいたけど、特別に何かを越えた存在ではなかったのだと思います。しかし僕にはやはりまだまだ眩しい存在です。
死んだ奴はクズだし、生きている奴らは浮かれているクズだ。
「トレイン・スポッティング」の中の台詞をいじってみました。
二階堂奥歯に心酔していると、生きている人間が皆ずぶとく鈍感に思えてくる僕はなんだか自分の頭がおかしいようい思えてきました!ヽ(´ー`)ノ

kyokyom様
コメントありがとうございます。論考はおもしろいですよ。あらすじはWikipediaに載ってます。後にヴィト自身が間違いだったと言っていますが、それでもあの魔力は変わりません。どんなミステリの謎解きよりもスリリングですし、どんなノンフィクションよりもショッキングですし、どんな演説よりもエキサイティングです。それにしても最近、○○○ングっていう単語を目にすると「マイ・シャローナ」が頭の中で流れて来て困っています。エドはるみのせいです。また逆に、これまではマイ・シャローナといえばアンドレ・アガシだったのにエドはるみです。こうして人はテレビによってアホになっていくんだなあと痛感しているというか、人はもっとアホになれる可能性を秘めているんだなあと不思議な気持ちです。それはともかく私が論考を好きなのは

「○○は□□である」という命題を提示したら、次は
 →「なぜなら□□は■■だからである」と検証作業に入り
  →「■■とは△△の●●である」と、さらに掘り下げる

その徹底した作業のプロセスを体験できるところがすばらしいです。これには大きな影響を受けました。人に「それはなぜですか?」を何度も繰り返すようになってしまったのは悪影響です。学問を文系と理系のふたつに大別したのは日本の致命的なミスだなと思い始めたのも論考を読んでからです。論考を日本の教育制度に無理矢理あてはめるなら理系の本です。

最後の「7.」の一文は非常に有名です。今回取り上げた書籍の訳者あとがきのように、説明することができないときの言い訳として使われることが多く、そういう使い方をすると「論理哲学論考」を解ってないと自分で言ってるようなものなので、気をつけたほうがいいと思います。使いたくなる魔力があるから気持ちは解るんですよね。でもやっぱり、語りうることがあるなら語らなきゃいけないと思います。あとがきなら、語りうることの中からあとがきというものに合う取捨選択をすればいいだけの話です。「言いたいことがたくさんあって長くなるからやめときます」というのはアリです。「自分の知っていることは完全ではないから何か言っても中途半端だしやめときます」というのも正直です。しかしそれを「語り得ぬことには沈黙」と結びつけるのは乱暴すぎです。そしてそれがそのまま本になったという翻訳者の主張は、全く理解できません。説明してください磯崎さん、って気分です。

おすすめは野矢茂樹訳の岩波文庫です。よく解らなかったら「「論理哲学論考」を読む」(いまはちくま学芸文庫から出ています)を併読すれば一挙解決です。ちょっと野矢茂樹オリジナルにバイアスがかかっていて、野矢までもがスタイリッシュに傾いてる気がしないでもないですが、そのことに気をつけていればいちばん解りやすくておもしろいです。論考を読まずにこれだけでもかなりオッケーなくらいです。野矢氏は算数出身の人なので、他の哲学出身の翻訳や解説書よりも明快です(これはヴィトゲンシュタインの著作だから当てはまることであって、たとえばナボーコフの翻訳は若島氏にさせてはいけないと考えています)。世界を見る目、見方が一変します。読むのがいつになるのか判らずとも、「「論考」を読む」は新刊で出ているうちに購入しといたほうがいいです。ギリシアから順に読まれているのは理想的だと思います(私はつぎはぎだらけで、何か読むと常に再構築しています)。順に獲得していけば、論考に書いてあることをスムースに読めるのは私が保証します。裏を返せば、それまでの哲学を知らずにいきなり読んでも何のことやらさっぱり解らない代物です。

論考はヴィトゲンシュタイン生前唯一の出版物と言われています。でも彼は他に小学校教師時代に子ども向けの「辞書」を執筆し、さらに「フレーザーの金枝編について」も出版されています。ヴィトゲンシュタインのエッセンスを手軽に読むなら「反哲学的断章」がおすすめです。ヴィトゲンシュタインがどういう人で何を見つけようとしていたのか、どういう姿勢で生活や哲学と向き合っていたのかは「ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い一〇分間の大激論の謎」というノンフィクションがすばらしく良くできています。

二階堂氏といえば日記で「恋愛ものベスト15」を挙げていたことがありました。そのラインナップがいかにも毎日新聞×幻想文学×西洋哲学科×女性×性器にピアスであることは大学時代にそういう女性が私の周囲に何人かいたので別にどうでもよくて(もっと頭が切れて、もっと「変態」な女性だっていました)、何といいますか、狭い世界で成り立っているというか、あまり世界が広がらない小説ばかりだなあと感じたことが印象に残っています。それが彼女の狙いなのかもしれませんが。佐々木絢子氏が抱いた狂気や倒錯への憧れ、変態性を周囲に見せるという行為、その結果抱えた種々のジレンマ、そこから来る苦悩、そんなこんなについては、ミシェル・フーコーを読めば良かったのにと思います。でも解釈の回路がおかしくなっていたら何を読んでも一緒、という気もします。

kotaさん、こんにちは。
大変楽しく読ませて頂きました。kotaさんと二階堂奥歯の影響でウィトゲンシュタインに興味を持っていました。
いつか『論理哲学論考』を読めたらと思っているのですが・・・自信はまったくないです。
まだギリシア哲学で足踏みしているので、いつたどり着けるのかは不明なのです。
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