bike, road and touring

自転車の話。長いです。

■イントロ
私にとってバイクに乗るという行為は、ポタリングでも旅行でもレースでもトレーニングでもありません。好きな(好きだった)自転車選手はチポリーニやパンターニやヴィランクなどたくさんいます。でも、尊敬する自転車乗りは、日本の会社員、戸田真人氏です。

■ロードバイクで
私の住まいは標高40メートル。
馬鹿と猫は高いところが好きと言われています。
であるならば、日本の自転車乗りはほとんどが馬鹿です。
市民レースはロードスプリントよりヒルクライムが盛ん。


うちから16キロ。レアール
自転車でわざわざ来たということでソルベをごちそうに。


うちから55キロ。金沢、犀川。
川沿いには自転車専用の細い道がある。


ふーとんがふっとんだ、ふーとんは石田屋。
CMは公式サイトで観ることができる。
自転車が絵になる建物と、そうでない建物がある。


白山麓、石川県と福井県の県境、谷峠。
標高914メートル。夏でも涼しい。


刈安山頂上。標高547メートル。
頂上まで舗装路、展望台まである山。
頂上に片足おいて記念撮影。


どっちへ下りても石川県加賀市の峠、立杉峠。
周囲に人家が全くなく、星を観るには最適。
登ってきた道が見える。


石川県小松市、牛ヶ首峠。417メートル。
右に下りていく(私はそっちから来た)のは石川県道43号。
その先に、日本で最も狭い「幅員0.8m」の戸谷隧道がある。
(いまは林道だか市道だかが接続して整備されています)


国道416号の石川県側の行き止まり。小松市新保の先、弁天橋。
R416は舗装もきれいで急カーブや急坂がなく、しかも行き止まり。
ただ狭いだけでは酷道マニアも物足りないだろう。


自殺の名所、福井県東尋坊
同業者から嫌われていた荒くれ坊主の東尋坊。
ここで酒をたらふくふるまわれ、酔いつぶれたところを突き落とされた。


福井県の北端にある北潟。サイクリングロード。
排水溝のフタや舗装の繋ぎ目は自転車のことを考えてある。
でもこの景観はどうにかならなかったのだろうか。
画像右端に見える建物の隣が、超美味しい蕎麦屋の一滴庵。


那谷寺修業の最終地、独立峰の円行山に建つ生雲。470メートル。
最後の700メートルは地獄のように楽しい。
すごい立地なので電気はソーラー、水は雨水。
とても良い眺めなんだけれど携帯カメラでは無理。


京都、三條。
京都までは片道200キロでロングライドに程良い距離。


棕櫚箒を購入した内藤商店。
店主と棕櫚やうづくりの話題で立ち話。
ひとりだけとなった京都の職人が作る箒を見せてもらった。


うちから200km走って奥飛騨の平湯温泉で一泊。
次の日は、標高1684メートルの平湯峠へ。
ここから自家用車通行禁止の乗鞍スカイラインで2700mへ。
のはずが、あいにくの暴風雨で泣く泣く断念。
8月なのに寒かった。


ひるがの高原、蛭ヶ野峠。892メートル。
分水嶺公園。近くに湿原もあって疲れがとれる。

他にも静岡とか新潟とか、いろいろ行っています。
来年の春は、ちょっと遠出を計画しています。


■バイクの原風景
20日くらいで3500kmくらいを走破する“最大のバイクレース”ツール・ド・フランスWikipedia)。観るようになって15年以上経つ。話は逸れるが、私はスポーツの中でも割と単純なものを観戦するのが好きだ。陸上競技、サッカー、テニス、F1、水泳、スキー、そしてロードバイク。テニスもバイクも、第一回近代オリンピックの正式種目。ビリヤードやチェスのように体よりも頭を使うのは世界的にみればスポーツなのだけれど私の中ではスポーツに入らない。日本の「」とつくものも良い意味でスポーツではない。ボクシングや野球のような娯楽興行に興味はないし、ゴルファーをアスリートと呼ぶのも抵抗がある。それはともかく、好きなスポーツがひとつでないため、にわかと言われることもある。ふだんそんなこと話さないし自分でやってるわけでもないのに、大きな大会だけ騒ぐ。典型的なにわかファンである。サッカーはワールドカップとユーロしか観ない。テニスはグランドスラムしか観ない。自転車はツールとジロしか観ない(クラシックレースも観たいのだけれど日本では難しい)。

なぜにかわなのか。
単純な話だ。
レベルの高いものを観たいからである。

話を戻す。自転車レースをしているのはプロチーム。チームのエース選手は、アシスト選手たちの後ろについて風を除けて200kmくらい走り(前に誰かいれば同じ速度を出すのにエネルギーが2割少なくて済むらしい)、最後のスプリントで抜け出せる力を蓄え、スタッフが食べものを手渡ししてくれ(運転しながら食べる)、バイクはメカニックが毎日整備し、トラブルがあればすぐに伴走車からメンテや医師が出てきて、その日のレースが終わればマッサーによるマッサージを受け、調理担当者による栄養バランスとカロリー計算(毎日5000?7500kcalも食べなくてはならない)がされた夕食を摂り、マネージャーと作戦会議をする。インタビュー攻撃でコンセントレーションが乱されないように、メディア向けに広報がいる。これがプロチームだ。ひとりのエースを勝たせるために、他の選手とスタッフがいる。トップチームになるとスタッフは60人以上。F1と同じだ。ちなみにF1史上最少スタッフはAGSの9人。

では、たったひとりで走り、宿泊や食事も自分でやるためにテントや食料や調理器具も積み、バイクのメンテナンスもマッサージも何もかも自分ひとりでやるとしたら、誰がツールを制するか。私は確信している。戸田真人氏だと。彼の手記を読んでおののいた。ツールに出場しているプロ選手も肉体の限界まで挑戦しているし限界を伸ばそうとして薬に手を出す人もいるし自転車レースはあらゆるスポーツの中で最も過酷(3週間に亘って毎日5時間ペダルを回し続けてタイム差は1分以内だったりするロードのステージレースと同じくらい過酷な競技スポーツはない)なのに年々さらに過酷になるので致し方ないのだけれど、戸田氏の挑戦は、それとは全く異なる位相で凄まじい。「速く走りたい」という子どものように単純な動機を、システムや組織やビジネスや職業といった大人の都合に組み込まれることで実現していくプロの世界とは違い、たったひとりで挑戦している戸田氏に、私は深く深く感銘を受けた。

で、まともな自転車を買えるくらいになったらまともな自転車を買おう、と思うようになった。おまけに、田舎へ引っ込んだら自転車にうってつけの道ばかり。信号は少ないし、土木利権と政治によって山奥まできれいな道路があり、クルマは少ない。


■名称
ポイントはふたつ。「バイク」と「チャリンコ」です。

自転車は、バイシクルが短縮化されたバイク。日本におけるバイクはモーターバイクまたはオートバイ。自動二輪なので、そりゃそうです。もしもモーターバイクがバイクなら、対応する日本語は「自動二輪」ではなく「二輪」です。で、自転車は「足動二輪」になります。そんなわけで、私は主にスポーツとして乗るときの話の流れでは「バイク」を、実用的な意味合いをも含む広い文脈の場合は「自転車」を使っています。私が乗っているのは、バイクの中で舗装路を速く走るのに特化した「ロードバイク」です。おっさんは「ロードレーサー」と言いますが、それは違います。山を走るのは「マウンテンバイク」です。

私が絶対に使わないのは「チャリンコ」という言葉です。ママチャリ、原チャリ、チャリツウ、チャリ旅、チャリダー、エトセトラ。普及しまくりです。しかし、チャリンコという言葉は「スリ」とか「かっぱらう」とかいう意味です。辞書にもそう載っています。自転車を「チャリンコしてきた」とかいったふうに使っていたのが、そのうち自転車そのものを指すようになってしまったのです。言葉がそのように変化するということは、他の言葉の移り変わりを横目で見ながら想像すると、戦後のドタバタにおいて、かっぱらわれ度ナンバーワンだったのかもしれません。どうやら発祥は大阪のようです。私も「チャリッてきた」というのを小さいときに聞いた覚えがあります。日本で自転車が軽視されているのと、何か関係がありそうな気がしないでもありません。呼称についてはこのページと、その下にあるコンテンツをご覧になってみてください。

でもまあ100年後はチャリンコになってる気がします。いまはまだ、行為としての呼称は「ツーリング」であり「サイクリング」であり「ポタリング」です。ところが、すでに「チャリる」という言い方が出てきています。


■エコとかそういうの
自転車は、徒歩からロケットまで全ての輸送手段で最も効率が良い。
エネルギー換算すると、時速24kmで走る自転車の燃費は、リッター382kmになる。
コストの面から見れば、382km走る間にポカリを何本飲むんだよって話ですが。

私は決して、エコだとか自分探しだとかで自転車に乗るわけではない。山を走り回るMTBは、どう考えても自然破壊だ。ヒルクライムやロングライドなどのロードレースも、やるよりやらないほうがエコだ。集合場所までの往復も自転車なら、まだ少しはエコかもしれないが。自転車を作るには莫大なエネルギーを要するし、国境を越えて資源が行き交う。塗装だって、何かまずいものを使っているかもしれない。それより何より、捨てるときはゴミだ。カーボンを吸ったら肺に入って死ぬ。そもそも、自転車に限らずエコのために何かを買い足すとか買い替えるとかいう行為は矛盾している。自転車でエコというのも、売り手側の宣伝文句に過ぎない。なので使う人がそういうことを言っているのに出くわすと複雑な気持ちになる。通勤通学も公共交通機関を利用するのが最もエコである。自分探しについては正直よく解らない。探さなければならない人は、どこまで探しても見つからないだろう。そうではないのだ。

「健康のために自転車通勤!」とか「自転車ツーキニスト」とかいった文言を目にすることがある。しかし現実的に自転車通勤は難しい。着替えることができればまだいい。でも、汗はどうする。夜だって「ねえ、今日空いてる?」なんて絶世の美女からまたとないお誘いがあるかもしれない。お酒を飲んで運転すれば、立派な飲酒運転で罰金刑。


■私のバイク
ドイツのFELTは「感じた」ではなく、フレーム職人の名前がジム・フェルト。2007年に出していたフルカーボンのF5が私のバイク。名前はカカオ。なぜカカオなのかというと、FeltでFで5で、ABCと123をあいうえおに当てはめてみたらそうなっただけである。変な暗号めいたことにならず既存の単語になったので、それ以上のネーミング作業はしなかった。

F5には完成車の状態でシマノの105以上がつき、手を抜いたパーツがまったくない(2006年はパーツアッセンブルがアンバランスで、2008年モデルは見えないパーツに手を抜いて値下げし、2009年モデルは微妙に手を抜いて値上がりした)。売られている状態でサイズ56の重量が8kgを切る。私の骨格と筋肉とポジションに合わせてハンドルを替えただけ。消耗品であるチューブとタイヤとブレーキパッドは、替えなきゃいけなくなったら替える。FELTはドイツということもあり(バイクはイタリアのものだ)、地味。でもトライアスロンとシクロクロスではフェルトに乗って世界チャンピオンになった人もいる。有名なイーストンは、ジム・フェルトなくして現在の商品ラインナップにならなかった。そんなわけで信頼性が高いけれど、地味なブランドイメージなので安い。

職人としてのキャリアは長い。メーカーとして会社が設立されたのは2001年。そして2008年、ツールにも使われた(トッププロチームではなく、その下のコンチネンタルプロチームがワイルドカードで出たようなものなのだけれど、エースのクリスティアン・ヴァンデヴェルデが総合5位に食い込んだ)。案の定、2009年モデルから強気の価格というか他の有名どころ並みの価格になった。とはいってもやっぱりバイクといえばイタリアの歴史と伝統、派手なカラーリング。フェルトはどれだけ知名度が上がろうとも、いかにもドイツである。地味であることが知られるようになった、というのが正確なところかもしれない。

自転車の製造は、100万円するものでも現在では台湾で製造して塗装だけ本国という流れになっている。なので、メーカーがどこの国なのかなんて意味を為さなくなってきた。カーボン樹脂を成型できる機械を自社で持っているバイクメーカーなんてほとんどない。あとは設計次第。でも、設計すら自社で行わず、台湾の工場にある「吊し」のフレームを仕入れ、ロゴをつけて売っているところもたくさんある。有名なメーカーのうち、全車種自国生産なのはスペインというかバスクのモンドラゴン加盟企業、オルベアだけ。ここの15万円くらいのロードは(体に合えば)おすすめです。

カーボン(+樹脂)は軽くて錆びないし金属疲労とも無縁なのだけれど、紫外線で劣化する。打ちどころが悪ければ、転倒したら折れる。長持ちするクロモリにしようかと思ったこともあった。錆びないチタンでサイズオーダーしようかとも思った。どれもだいたい同じような価格なので迷った。でも、クロモリにしろチタンにしろ、そして最初から眼中になかったアルミにしろ、適当なロードバイクを購入して乗っていたら「もっと速く走りたい」と間違いなくカーボンバイクがほしくなることくらい自分のことは自分がいちばん知っているので明らかだった。

というわけで、私のバイク選びは、
・カーボン
・身長180cmを超える私に合うサイズがあるか
・パーツを替える必要がない、シマノの105以上がついている
・いずれは漆を塗ることを前提としたカラーリング、溜塗りにできる赤系の単色
・予算
・できればヨーロッパのメーカー
という条件で絞り込んだらFELTのF5になった、というのが正直なところ。

ジム・フェルト氏は自営の工房だったころからプロのバイクフレームを手がけ、品質と信頼性の高いフレームづくりで定評があり「フレームの魔術師」だか「チュービングの魔術師」だか言われている。しかし私にとってその言葉は「こんなものがどうしてこんなに安いの!?」という意味で魔術。トップチューブ(サドルとハンドルの根元を結ぶ部分)は砂時計のように両端が太くなっている。

レースで1メートルでも前にゴールすることが私の使命ではないので、このスペック(7.5kgで105ミックス)で十分。重量のことを言えば、2007年のツールだと最も重いバイクはクイックステップのスペシャライズド+カンパレコードの7.8kgだ。UCIではバイクの重量を6.8kg以上と定めている。安全性確保のためだ。そんなもんである。それより軽いバイクを作って組む技術はある(実際、市販のパーツだけで組んでも4kg台前半になるし、市販の完成車にも5kg台がある)けれど、私は自転車そのもののマニアではない。それに、重要なのはエンジンだ。都内でフェラーリを運転していてもしょうがないというのに似た感じのものもある。

ちょこちょこパーツを替えていて、だんだん原形をとどめてない感じになってきて、フレームを購入すればもう一台バイクができるという状態に、もう少しでなっちゃいます。これが自転車の泥沼です。でも私は軽量化に興味ないので、自分に合ったパーツでできあがったら、それで駄目になるまで乗るつもりです。って最初はみんなそう言うけれど結局泥沼が続く、ということも知っています。

来年の春に計画している高速ツーリングでは、シートポストに取り付けるバッグに着替えなどを詰め、ホイールは手組みを使おうと考えています。舗装路を走るなら、ロードバイクが最も速い。速いということは、たとえば速度を20km/h出すならば、ロードバイクが最も疲れないということだ(あたりまえだ)。マウンテンバイクやツーリングバイクに荷物を積んで自炊してテントで眠って旅行、というのが自転車旅行の王道。でも私は、甘えや言い訳などがきかない状況(逆のように思えるかもしれませんが実際はそうなんです)にして、とにかく速く走り続ける、というのをやりたい。戸田真人氏の超劣化版である。


■自転車とフィットネス、ダイエット
自転車は適切な負荷で1時間以上乗れば効果的な有酸素運動になります。ジョギングとは違って体重の何倍もの衝撃を受けるわけでもないため、100kmくらいのサイクリングなら膝を痛める心配もない。そういう意味ではフィットネスのどまんなか。のんびり走って1時間で300kcalといったところ。さらに、ストレス解消になり、鬱病が治るそうです。

バイクは10万円ほどで立派なものがたくさんあります。5万円でもじゅうぶん。ネットや雑誌に騙されてはいけません。サイクリングのときは籠が不要で、移動手段として使うときは籠が必要、という場合はこのページの下の方にある藤のバスケットをつけたり外したりすればいいでしょう。ドイツのRIXEN & KAULはワンタッチで取り外しができて簡単なので、私もサドルバッグを使っている。

重いシフトでゆっくり回すのと、軽いシフトでしゃかしゃか回すのは、同じ速度であれば、軽いのをたくさん回すほうが体に負荷がありません。膝を痛めることもありません。重いのを無理して回しても乳酸地獄です。軽いのを回していれば脚が細くなります。競輪選手みたいな太ももになると勘違いされている自転車ですが、ダッシュとマラソンの違いのようなもので、マラソン選手の脚のようになることも可能です。実際、ヒルクライムを得意とするプロのレーサーは軒並み細い脚をしています。なので、その手前な感じで(軽くしゃかしゃかを30分以上120分未満、週1回でもやらないよりまし)やるのが、最もシェイプされた脚になるような気がします。

また、バイクは全身運動です。二の腕も締まります。腹筋と背筋を使うので、くびれができてきます。お尻も張りが出てきます。そして何より、適切な負荷で走れば有酸素運動。心肺機能も向上します。汗をかいても風を受けているので(着るものにもよるけれど)乾きやすいし、汗をかくのが気持ちよくなってきます。というか、単純に気持ち良いです。

私がランとバイクのどっちもやっている(水泳も月に一度くらいのペースでやっています)のは、筋肉が変なつきかたになるのがいやだからというのと、体のことを考えてです。自転車は速いけれどランニングはまるっきり駄目、というのは生物としてどうかと思いますし、とはいってもこれは私の考えなのでツールの選手や自転車マニアをどうこう言うつもりはありません。痩せるためではなく健康を維持するためなので、動いたぶんだけカロリー摂取します。ほんとうに体を動かしたら、体と脳がすっかすかになっているのを実感します。そして、何にしても体を酷使するのは早死にするので、私は有酸素運動域でおさまる程度で走っています。

私の住まいから12km離れたところにあるカフェ、8km離れたところにある牧場、16km離れたデリカテッセン、20km離れた蕎麦屋。そういうところへ行くのもバイクだったら楽しい。これはポタリングの範疇になるのかな、よくわかりません。


■移動手段として
田舎で移動の足を自転車にするというのは相当難しいことです。道路がそんな道路ではありません。大人で自転車に乗っている人(ジャージを着てヘルメットをかぶって本気で走っている人はいるけれど、あれは移動手段ではなく自転車に乗ること自体が目的と化している人たち)なんてほとんどいません。ママチャリに乗ったおばさま方も激減。子どもは学校までクルマで送り迎え。田舎はスーパーへ買い物するのに往復15kmなんてあたりまえで、15kmとなるとマウンテンバイクやシティバイクで走っていたら1時間。まどろっこしくてロードがいい、となります。しかしロードには荷物を積めません。じゃあキャリアを取り付けることのできるシクロクロスがいちばんじゃないかと思いますが、田舎では売っていない。そして、田舎には駐輪場がありません。駐輪場に関しては、六本木ヒルズの地下にある広大な無料駐輪場をはじめとして実は東京のほうが恵まれているというのが私の実感です。田舎は道路も商業施設も公共施設も、すべてクルマのことしか考えられていません。

クルマの運転は田舎のほうが荒くてぐうたらです。これはスピードの問題ではありません。私は道路交通法だか何だか知りませんが制限速度30kmとなっていたら自転車でも本気出さずに30km以下へ抑えます。クルマは私を抜いていきます。私を抜いた直後、クルマはウィンカーを出さずに左折してコンビニの駐車場へ入る。私は急ブレーキをかける。自転車の急ブレーキはテクニックが必要。その脇を、別のクルマがふつうの時速30kmですり抜ける。クルマは、歩道をまたぐときには一時停止しなければなりません。でも田舎はだいたいみんな時速10kmから20kmの間です。ウィンカーは出さないし曲がるときは大回り。警察がうろうろしていることなど皆無なので路駐し放題で自転車のルートは塞がれている。自分は何も悪いことなどしていないと思っているというか、スピードだけを論っているドライバーのほうが質が悪い印象です。さらに、自転車を見つけると幅寄せしてくるどうしようもない人も田舎のほうが多い。夜間などはライトをハイビームにして車線を越えてこっちに向かってくる対向車までいます。しょうがないのでナンバープレートを暗記して、どこのどなたなのか確認しています。

加賀市に話を絞ると、加賀市は観光地でもあります。もう少し歩行者と自転車のことを考えて地元の人はクルマを運転したほうが、長い目で見ると観光地として良いのではないかなという気がします。箱根の温泉街は歩きたくなりますが、加賀の温泉は山代も片山津も山中も粟津も歩きたいなんて思えません。路駐だらけでマナーが悪くて危ないからです。木曽奈良井宿のようにクルマは入れないようにしてしまったほうが客が増えるのは間違いありません。地元の人たちが街なかにクルマを乗り入れることができない「不便さ」を実行できるか否か、だけです。観光地の道路は自分たちのためなのか、観光客のためなのか、もういちど考えてみてはいかがでしょうか。話が逸れました。でも加賀市は自転車通行レーンを取り入れたりしているので、際立って酷い自治体ということもなさそうです。と思ったけれど、あの自転車レーンは元々道幅が広い道路につけただけだし、海岸沿いのサイクリングロードはマウンテンバイクでも走行が困難なほどに荒れ果てていて県外からの旅行者を困らせているので、やっぱり褒められたものではないような気がします。

自転車は徒歩とクルマの間で虐げられています。そしてロードバイクは実用車ではなく競技車です。ほんとうのことをいえば、一般道を走ってはいけないものなのかもしれません。なのでなおさらルールは守ります。道路を利用するのは、自分を律しないと大怪我しますし、自分だけならまだしも他人を巻き添えにしてしまいます。

自転車がやってしまいがちなことに、一時停止しない、信号無視、二段階右折しない、歩道を走る、道路の右側を走る、携帯を操作している、iPodで耳を塞ぐ、並列走行、無灯火、などがあります。警察は、子どもだろうが中高生だろうが、もっとばんばん取り締まってほしいものです。「駄目だよ、気をつけてね」なんて言っていてはいけません。まわりが気をつけなければならない事態を引き起こしているというのに。また、ノーブレーキピストが大人気ですが、やっぱりあれは法律違反なので良くないでしょう。

道路が自転車のことを考えていない設計であるならば、徒歩とバイクとクルマが共存できるようなマナーを養っていかないといけないなと思います。クルマのドライバーや歩行者が、自転車を「うざい」とか「邪魔」だとか思う、そうした意識の根底をを抜本的に変えないと、何も変わることない。

外国人と自転車について話すとき、彼らが例外なく驚いているのは、日本では歩道を走っている自転車が多いことです。私に「なぜ?」と訊かれても困ってしまって答えに窮します。欧米では、自転車は車両なので車道を走るのがあたりまえなのです。車道を走れば、自ずと他の規則も守るようになります。日本は逆行しているとも言えるわけです。

自転車専用通行帯や自転車専用レーンを設ける動きがあります。東京から京都まで自転車で行っちゃう谷垣氏が国土交通大臣になったので拍車がかかりそうです。一見、自転車乗りには嬉しい気がします。でもそれって、自転車をそこに追いやるというか監禁するというか、なんだか社会の嫌われ者で見捨てられた感もあるのです。おまけに路駐していたら、結局は車道を走らなくてはなりません。危険度倍増です。そして、結局は誰もが、自分の家の前に自転車専用レーンができるのに反対しています。そんなものがあってはクルマを駐められないからです。

ヨーロッパは、自転車で各国を旅することができるくらい自転車道が整備されている。都市間交通のひとつとして自転車も選択肢にある。健康な人だったら、ロードバイクでなくてシティバイクでもすぐに100kmくらい走れるようになる。でも日本は、自動車産業が日本として最も重要な産業となっているので、道路も自動車のためだし、すべてが自動車の利便性で成り立っている。メディアもそうだし、そうなれば世論もそうなる。ブリヂストンやシマノが経団連のトップになることなど、永遠にないだろう。

でもまあ田舎の道は、小石やごみや濡れた落ち葉ががたくさんあるとは言いながらも、バイクで走るには気持ちよい。建物やクルマが少ないので空気が汚れていないような気がしないでもないし、地表がコンクリートで埋めつくされていないので逃げ場のない暑さとも無縁。5kmくらい離れた職人のところへ行くにもちょうどいい。5kmくらいならなんやかんやで結局クルマと2分違うかどうかという程度だ。東京ならクルマより時間がかからない。なのでメッセンジャーが商売として成立する。私もよく利用した。バイク便より早い。原付は制限速度30kmと法律で定められている。でも自転車にはない。なのでクルマと同じまで出せる、というのが一応は自転車乗りの論法である。

私はクルマや歩行者を敵視しているわけではないし、私も歩くしクルマを運転する。なのでいずれの立場になっても気持ちは解る。ヨーロッパは信号が少なく、交差点はラウンドアバウト(ロータリーみたいな感じ)が多い。非常にスムースで、速度違反もなくなる。ガソリン消費量も減るし、CO2の排出も減る。バイクも流れに乗ればいいだけだ。でも、日本の交差点がラウンドアバウトになったら、事故が増えるだろう。


■ショップ
バイクは、購入すればそれでおしまい、というわけではない。メンテナンスにもノウハウがあるし、パーツを替えて組み立てるのは素人では無理。もちろん組み立てるだけなら誰でもできる。ねじを廻すだけだから。でもたとえば、できあがったバイクのサドルに手を置き、前に進めてみて、ずーっと延々まっすぐ進むかどうか試してみるといい。ちゃんと組んだバイクなら、まっすぐ進めることも自在に曲がることもできる。自分で組んだものやいいかげんな店で組まれたものや粗悪なものは、例外なく右か左に曲がる。サドルの位置決めも、ひとりでは五里霧中である。ホイールを替えるときに相談に乗ってくれ、振れをとってぴしっと取り付けてくれるなら、なんとありがたい存在であろうか。なので私は技術とノウハウを持つショップを近くでさがした。15kmくらい離れたところにあった。

外観は田舎の街の典型的な自転車屋だ。中高生の通学用自転車が売上の大半で、それも無印やスーパーの危険な中国製の格安自転車(中国製と台湾製は大違い。たとえば自転車産業振興会のpdfファイルを見てみてください。子どもに買い与える自転車は、台湾製か日本製がいいです)に押され気味で、店構えはくたびれた感じ。しかし、中に入ると、40年前のカンパニョーロがクロモリフレームにつけられ、動く状態になっていた。これだけでこの店は当たりだと思った。小洒落たバイクショップには、そんなものない。メンテかパーツ交換か判らないけれど、よく使い込まれたコルナゴのカーボンバイクがぶら下がっている。綺麗じゃないけれど美しい。メンテナンスされていないパナソニックのチタンも持ち込まれていた(チタンはメンテナンスフリーなのが良いところなので持ち主はメンテナンスしなくなりがちである。そのことを嘆くときのおっさんの表情といったら)。そんな店だったとは外から全然気づかなかった。

この店はサイトもブログもない。なのであまり知られていない。ふつうはトレックならあの店にあるよとか、ピナレロだったらあそこが取引多いからいいよとか、MTBならあの店が詳しいよとか、そんな選び方である。で、ショップ主催のイベントに参加して、そのうちショップのロゴが入ったジャージをなぜかふつうの価格で買ったりして(宣伝するわけだから無料でいいと思う)、しまいにはレースに大勢で乗り込む。そんなショップなら田舎にもたくさんある。住まいから半径50km圏内のショップをすべてまわり、最後に見つけたのが、くたびれた店だった。店のおっさんは、指先が油で汚れているけれど服は汚れていない(これは重要で、自転車に限らず手を動かす仕事において上手いということだ)。派手なイタリアメーカーのバイクを陳列しているだけの、若い人がやっているおしゃれなショップとは外観も中身も正反対。

バイクショップの中には、自分のところで買ったバイクではないものだと、パンク修理もしないところがある。空気を入れることすらできない雰囲気だ。そんなことをしようものなら「バイクに乗るのにポンプを持ってないなんておまえアホか」となるのがおちである。でも、この店の店先にはポンプが無造作に置かれている。パンク修理も受けつけている。それが自転車の「プロショップ」らしからぬ営みと言うならば、私はプロショップになど関わらなくていい。100万円のロードバイクを購入した客、他の店で買った客(私はここに属する)、近所の高校生、すべての自転車乗りに分け隔てなく接しているおっさんは、自慢するためのファッションでもなく、ノウハウを身内だけで交換する競技でもなく、ただ単に自転車が好きなのだ。

「カーボンなんて駄目、なんだかんだ言って自転車はクロモリ」とか、逆に「カーボンじゃないと今はもう駄目だよ」とか「やっぱりロードバイクはヨーロッパだよ、やっぱりコンポはカンパだよ」なんてことも言わない。お宝もののカンパがあるというのに。大昔のカンパは私も好きだけれど、今のカンパは単にブランドが確立されているだけで軽量化しか考えられていない代物だから、今のカンパをカンパだからといって手放しに賞賛するのはどうなの、そりゃまあ確かにシマノは洗練されていない無機質な感じだけれど、という思いが私にもあったので、ずばりそのことを口にしたおっさんが気に入った。しかも、ただ言うだけなら誰でも言えるし実際「昔のカンパは良かったんですけどねえ」なんてしたり顔で言う若いショップ店長もいたが、このおっさんは実際に大昔のカンパを触って使った上でそう言っているのだ。それが新商品だった頃から全て見てきた。全然違う。いいもの(例外なく高価である)が出たらそれを薦めるようなこともしない。高いものはいい、でも自転車はそれだけではない。ということを知っていて、どんな自転車でも買ったら長く使ってほしいと思っている。そんな店。

ホイールや小物を購入し、いろいろお世話になっている。ケーブルだかワイヤーの交換なんかも簡単にやってくれる(別のショップだと「これは切らなきゃいけませんね」なんて言われた)。ちなみにバイクは1割引。ばっちり体に合わせてくれる。しかも、何度も微調整して「あなたのためにがんばってますよ」というアピールをするのではなく、何となくセッティングしているように見えて一発で決まる。職人だ。注文してから8か月経って「日本に入らなくなりました」と連絡をよこして、8か月あればフレームビルダーに頼めたし今さら他のを探すといっても今年のモデルはもうないのに困ったなあ、海外のサイトで注文するかと思っていたら「コンポがついていないものが入ってきました」と振り回してくれ、迷惑をかけたので内緒ですが値引きしますと言うので「じゃあまあそれでいいです」と返答したら、ブレーキは効きの悪いテクトロを選んだりして一体どういうパーツアッセンブルなのか理解に苦しむ仕立て方で、おまけに何とびっくり完成車ではないからとカタログに記載されていた定価よりも高く見積もりを出してきて、私が注文したのはフレームとコンポではなく完成車なんだから完成車の価格なのではと言う気もなくすくらいの愉快さで、契約や債務や商取引や役務について無知で、何よりも私の気持ちを何か月もかけて傷つけてくれ、商取引の法律上間違っていないそんなこんなを伝えると「ではキャンセルで」とだけ返信が来た、高価なもの(しかもヨーロッパメーカーのフレームとカンパニョーロだけで、他は何でもいいという感じである)ほど良いと絶対視して信じて疑わず、良いものしか扱わないから値引きしませんと言い切っていて、確かに値引きせずにむしろ定価を超えちゃう福井県勝山市の不可思議な某ショップとは、まるっきり逆。


■アウトロ
京都へ日帰りする私を化け物扱いする人がいる。でも、そんなの全然たいしたことない。戸田真人氏は、テントや調理器具を積んだバイクでアメリカ大陸横断5436kmを19日、東京から青森779kmは34時間。東京から鹿児島1425kmは116時間。下関から青森1623kmは95時間。佐多岬から宗谷岬までの日本列島縦断2664kmは7日と8時間。そしてアンカレッジから北極圏まで951kmは氷点下47度(体感温度はさらに低い)の中を走って7日と7時間。タイヤはスパイクタイヤ。眠くなったらチューブの山葵を舐めて走ったそうだ。また、順位を競うレースではなく、制限時間内に長距離を走るブルベというのがある。そこでは1000kmを42時間で走る人がいる。ふつうの人たちでも東京から大阪まで550kmを24時間以内に走るというのが極一部で大人気だ。

私は、400kmを17時間。これは距離が短い。
まだレジャーの延長である。


私の住まい(家ではない)は、海外から日本へ自転車旅行に来た人は無料で泊まっていいですよっていうのに登録している。Japan Cycling Navigatorというボランティアがとりまとめしているものだ。Funnyな英語の自己紹介はこちら。あとは富山と福井にひとりずついれば、キョウト(海外からの観光地ナンバーワン)からノリクラ(自転車乗りの聖地のひとつ)へのルートにバリエーションができるんだけどなあ、と思っているのだけれど既にアメリカ、カナダ、台湾、そしてなぜか辻堂からお越しになっている。

外国人共通の意見としては、トンネルが狭い、標識が日本語だけ、都市部は発展途上国並みにカオス、蒸し暑い、といったところ。そして、非常に興味深くて、確かにそりゃそうだと合点してしまうことに、外国人が訪れたいのは金沢21世紀美術館でも表参道ヒルズでもエルメス銀座でもなく、私たちの生活と切り離された城と寺社仏閣である。なので「カナザワのおすすめはどこだい?」と尋ねられたら、21美でも金沢城のレプリカでもなく、ひがし茶屋街と近代文学館を勧める。加賀からは海沿いの道が安全なのでルートを教え、金沢港にある安くて新鮮な魚がたっぷりの食堂を教える。福井方面へ行く場合は永平寺を観て、越前蕎麦。

そんな人たちと接していると、いつかアメリカとカナダを自転車で旅してみたいと、そのときは思う。でもたぶん私はしない。やっぱり自転車が「旅行」の手段になることはなさそうだから。

海外から来たお客とも、自転車の話題で盛り上がることがある。ヨーロッパの人とは特に。それが楽しい。少し前に漆器を見たいとのことでイタリアから来たデザイナーは、シマノの105を買って帰りたいと言っていて、イタリアならカンパニョーロがあるからそれでいいじゃないかなと思ったのだけれどカンパ崇拝は日本だけのようでやっぱり今ではヨーロッパでもシマノだそうで、品質が全く違う、でもシマノはヨーロッパだと高価、とのことだった。なので私はネット通販のタキザワの、とにかく分厚いことで有名なカタログをプレゼントした。加賀からキョウトへ向かう電車の中で食い入るようにして見ていたとは同行者の弁。めでたく105をフルセット購入したようで、お役に立てて私もうれしい。



■FAQ

Q:時速何キロまで出ますか?
私が使っているクランクは、53×39tです(ギア比速度計算)。何のことやらさっぱり判らないと思いますが、これはペダルの根元についているチェーンリングにある歯の数です。で、これは単純に計算できます。前を53にして後ろのギアをいちばん重くする。つまりギア比を最も高くして最も重くする。それでペダルを1分間に90回転すると、時速51kmちょっとになります。私は平地で時速55.2kmまで出したことがあります。でも実際問題、平地で無風で時速35kmを超えると空気抵抗がものすごいことになるので、時速50kmなんて1分も持ちません。短距離選手ではないのです。そんなのすぐ飽きます。ちなみに下り坂だと時速60kmまで出したことがあります。それ以上は速度違反になるので出したことがありません。優等生的な解答で申し訳ないです。ツール・ド・フランスに出場するトッププロは200kmくらいの距離を時速40km以上で走って、最後のゴールスプリントで時速70kmになったりします。彼らは下り坂だと時速100kmを超えます。時速100kmを超えている動画→ http://jp.youtube.com/watch?v=-kZSzB4kEE8

Q:そんなに長く乗ってると居眠り運転しませんか?
自転車の運転は、クルマの運転ではなくジョギングに近いです。ジョギングしながら寝てしまう人はあまりいないと思います。

Q:どうして自転車って値段の差が大きいの?
安価なものはフレームが重く、高価なものほど軽いです。ギアなどのコンポーネント、サドルやペダルといったパーツなどもすべて、軽いものほど高価です。剛性や耐久性を損なわない軽量化を毎年追求して商品開発しているんですね。で、マニアは毎年新製品が気になってしまうわけです。重いフレームに重くて操作感の良くないコンポーネントが安価で、軽いフレームに軽いコンポーネントが高価になります。初めの方は1kg軽くするのに1万円ほどで済みますが、最後の方は100g軽くするのに数万円という世界。ロードバイクの場合、10万円で11kgくらい、15万円で10k前後、20万円で9kg台が出てきます。そんなこんなで70万円くらいで7kgを切り、150万円で6kgを切ります。で、だいたいみんな、それぞれの懐事情やのめりこみ度によってどのくらいにするかの着地点を決めます。ちなみに軽量になればなるほど、いくら技術が進歩しているとはいえ、転倒しただけでフレームが駄目になっちゃう確率が上がります。そして困ったことに、フレームに関しては、軽いもの、つまり高価なものほど寿命は短いです。

Q:ドロップハンドルって乗りにくくない?
最も理に適ったハンドル形状がドロップです。腕を「前にならえ」って感じで前に出してみてください。掌の向きは内側のはずです。これが骨格と筋肉からしても自然な姿勢です。長距離を走れば走るほど、ドロップハンドルのほうが疲れず、ということは同じパワーだと速いのです。もし仮にフラットハンドルが良いのであれば、ツール・ド・フランスではフラットハンドルだけになるでしょう。でも、そうではありません。また、ハンドル位置が低いと空気抵抗が低い姿勢になります。ということは、やっぱり疲れないのです。さらに、ドロップハンドルは持つ場所が主に3つあります。常に同じ持ち方しかできないフラットハンドルでは、手首が痛くなってきても体勢を変えることができません。ただし、ある程度は腹筋と背筋がないとつらいです。お腹が出ている人はペダリングで圧迫されるため、これもまたつらいかもしれません。

Q:細いタイヤは怖くない?
いちばんエネルギー効率が高い=疲れないのは、設置面積の狭い、細いタイヤです。怖さとタイヤの太さは無関係です。段差や側溝のフタなどを気にしなければなりませんが、基本は「ロード」を走るわけなので気をつければだいじょうぶです。グリップ性能も、プロのようにスピードを出せない私はだいじょうぶだと思っています。それに、パンクするときは、どんなタイヤでもパンクします。重要なのは空気圧。重い荷物を積んで全国をツーリングしても、ロードバイクで主流の23c(幅2.3cm)のタイヤを履いてパンクもしなかったしスポーク折れもなかった、という人がいます。頑丈なMTBに太いタイヤで安心、なんていうのは売り文句に過ぎません。

Q:足がつかないのは怖くない?
止まるための乗り物ではなく、移動するための乗り物。止まるときのことよりも、走っているときのことを優先しているわけです。信号で止まるときには、左足をペダルから外し、歩道との段差に足をつけます。降りるときは、腰をサドルの前にもっていきます。それで両足がつきます。

Q:ビンディングペダルは怖くない?
怖いといえば怖いです。でも、ペダルとシューズがくっついていない状態で踏み込んだりダンシング(立ち漕ぎ)するほうがもっと怖いです。踏み外したりズレたりする可能性があるので。慣れれば、外すのなんて反応と反射の時間差よりも短時間です。危険を察知するのを早く、という道路交通の基本を守っていれば、怖いことにはなりません。

Q:自転車って何年くらい使えるの?
クロモリフレームで20年、アルミで10年、カーボンで3年から5年、といったところのようです。もちろん、扱い方や保管状態や手入れ次第です。クロモリは錆びますし、一見きれいなようでも中は錆びていることがほとんど。アルミは金属疲労があるので、体重の軽い人が丁寧に乗ればずっと使えるかもしれません。カーボンも、あまり乗らずに室内保管していれば10年でももつでしょう。でも私は、ランニングシューズやテニスラケットと同じく消耗品だと思っています。
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コメント

lilla様
こんばんは。
確かに日本では競輪のイメージが強いですね。ヨーロッパではロードバイクとシクロクロス(100年以上前からある、未舗装路を走る自転車)で、アメリカではマウンテンバイクが自転車です。ベルギーの国技は自転車だったりします。ツール・ド・フランスは観戦スポーツとしても最上級だと思うのですが、自転車がスポーツとして根付いていない日本では、一部のマニア向けのものになっちゃってますね。

ロードバイクに乗っている人(もしかしたらトライアスロンの人かもしれません)を見て競輪と思うのは、いたしかたないことだと思いますよ。おかしいことだとは言えません。私も、自転車に乗っていることを人に言うと、たまに「何のために?」とか言われます。「自転車に乗って何するの?」という禅問答のような返しもあります。

昨年あたりから、自転車の売り上げが急増しています。これまたエコビジネスかもしれませんが、スポーツやフィットネスで自転車という人が増えてきたということなのでしょう。10年以上前はマウンテンバイクがブームでした。でも、街なかを走るのにマウンテンバイクはオーバースペックなのでブームに終わりました。今回はロードバイクとミニベロです。たぶんこれもブームで終わるとは思います。でも、マウンテンバイクのように一気に終わるのではなく、クロスバイクをふだん使いするようになる人は残ると思います。荒川や多摩川のサイクリングロードのにぎわいっぷりは、マウンテンバイクのときとは何か違う気がします。

モータースポーツは体を酷使します。でも、F1をこよなく愛する私にとっても、あれをスポーツとは考えられません。ヨットはスポーツですね。ボートやカヤックと同じで、モーターではなく人力なので。

あくまでも私見です。

ふと思ったことですが、

日本人で「モータースポーツ」を「スポーツ」と思っている人って少ないんじゃないかな。ヨットなんかもそうかも。


自転車ももしかしたらある年齢より上の人だと競輪のイメージが強いかも。
ウォーキング仲間の人たち(たいがい年配者・笑)と歩いていて、いい自転車に乗って、しかもいかにも競技用のスーツに身を包んだ人を見ると、必ず「あの人は競輪学校の人かな?」と言い出す方がいます。

kyokyom様
こんにちは。来春まで待てず、披露しちゃいました。
今回の文章は整理整頓されていないですよ。逡巡も残されたままになっています。これが企画書なら社内でボツです。というか、人に理解してもらおうと思ったら箇条書きがいいです(考えや意図を省くという意味ではなく、それらも箇条書きにするってことですね)。そして最終洗練形態は、マトリクスやチャートです。あれこそ理路整然としていなければ破綻します。

最近、ある人に「もっと論理的な人なのかと思ってたけど、割と感覚とか思いつきとか適当とかだよね」ということを言われ、もしかして私は感覚的であるがゆえに論理思考に憧れているだけなのではと思ったりもしました。でもそうではないんですけどね。

先日、ちょっと遠出したときのクルマの中でそんな話題になり、友人からメールで聞かれたことを話題に出しました。思考実験の中でも有名なもののひとつ、トロッコ問題です。理性と感覚について興味深い思考実験で、いろんなバリエーションもあり、私は好きです。

で、これは倫理の範疇で俎上にあげられることが多いですが倫理で答えが出るわけなどありません。そんなときには論理です。論理を使うと、バリエーションでの答えによってはその人の考え方や価値観に矛盾があることが明らかになります。人は日頃理性によって合理的な判断や選択をしていると思いこんでいるけれど、実は感覚、というわけです。私は、迷わずひとりの方へトロッコの進路を変えます。

バリエーションのひとつに「自分は橋の上に立っている、橋の下をトロッコが走る、トロッコの先に5人いる、橋の上には自分以外にもうひとりいる、あなたはその人を突き落としてトロッコを停止させるか」というのがあります。私は突き落としません。これは一見矛盾しているように思えますが、これが矛盾でないことも論理で説明できます。

そんなわけで、自分の考えや「何が良いか」を「感情」や「思い」ではなくきちんと説明できる技術というのも、論理の役割であると考えています。これがないと、正しく生きていけません。全員が持ち合わせる必要はないけれど、少なくとも女性や子どもを守る立場の男性は感覚や感情で決めず、論理を身につけておくべきものだと考えています。トロッコ問題→http://ja.wikipedia.org/wiki/トロッコ問題

ロラン・バルトは「テクストの快楽」において、ものすごく乱暴に簡略化すると「とにかくあれこれ考えず、作者が書いたものを読んでその渦の中に入っていけばいい、それが快楽だ」とかいったようなことを書いています。そういう快楽を、ブログの一般常識を逸脱した長文を読むことで少しでも味わえたならうれしいです。え、そういうのとは違いますか、それは失礼しました。整理整頓されていない記事なのでぐだぐだになったのでしょうね。

読んだときに何かがわきあがる、でもそれは儚く消える。それはそれでもいいと思いますよ。少なくとも「わきあがった」記憶はあるのですから。

自転車屋のおっさん、とても愛くるしいおっさんなんですよ。一度、派手に転倒してハンドルについてるシフトレバーの接合部がぐにゃりと曲がって途方に暮れたときも「あー、やっちゃったねぇ」といって怪我した子犬を眺めるように私の自転車を眺め「これは、こうやってこうやって直すんだよ」と(実際は石川県南部の方言)直し方の解説をしながら直してくれました。無料でした。

私よりももっと本気の自転車乗りが信頼しているお店ですよ。トライアスロンの大会があったときはスーパーバイザーだか本部だかになっているようです。ファッションではなく乗り物として自転車を扱っているところがいいです。

魚屋さんでバイトしてたんですか、いいですね。手で触れて刃を入れるものですから、腕は重要です。丁寧で正確、なおかつ素早い、というのを見ると、どんなジャンルにしてもほれぼれしますし、気持ちよいです。

lilla様
こんにちは。コメントありがとうございます。
200kmくらいがちょうどいいです。目安としては2時間で50kmです。平地を28km/hくらいで走ると、信号待ちなどでだいたいそれくらいになります。それくらいの速度なら、ジョギング感覚です。自転車は慣性の法則によって漕がなくても進むため、実は休み休みできるので、ジョギングより長時間続きます。

ご知人と、いつか熊野古道の大峰奥駈170kmを踏破してみたいです。あそこをひとりで行く勇気はありません。

>中高生、20代前半男性、子連れ母親

F1(20~34歳の女性)とM2(35~50歳の男性)は自転車に乗る比率が低いのかもしれませんね。原付はひどいですね。一方通行の逆走などあたりまえという感じです。出前もこわいですね。

信用のおける人は宣伝や営業活動に勤しまないので、見つけるのが難しいというのはあります。でも、その世界に入っていって調べたり探したりすれば、そのうち辿り着くものだとも思っています。要は、どれくらい自分が「そのこと」にエネルギーを注げるか次第なのでしょうね。あとは相性というか自分の指向によって自ずと導かれていくもののような気がします。

野球はスポーツではないです。日本代表に選ばれることが最も名誉なことでない、選ばれることを目標にしていない、システムの中でやっていたほうがお金になる、というのは国内だけの興行だからに他なりません。そもそも、世界一を決める大会が存在しないというのが変です。でもWBCも100年続けば何かしらの権威は出ているでしょうね。その点Jリーグなどは上手くいった事例だなあと思います。

フィギュア(氷)とシンクロナイズドスイミング(水)は不思議な競技ですね。これらがスポーツならば、バレエや日本舞踊(陸)もスポーツです。アイスホッケーと水球は観るのが好きですが、観る機会が少ないです。

柔道などは「術」から「道」に呼称を変更したに過ぎず、戦いで勝つための術ですものね。その観点からすると、私は流鏑馬とバイアスロンが洗練された複合競技のように思えます。デカスロンは好きです。トライアスロンはあまり好きではありません。

ゴルフはコースでやったことがあるだけで、打ちっ放しは15分でやめました。何が悲しくてあんなところで球を打たなくてはならないのでしょう。また、ゴルフは自然破壊の最たるものなので、潰れたコースは責任持って自然に還す法律でも制定してほしいものです。ちなみに私は野球もゴルフも「すごろく」だと考えています。

伊豆も終わっていますね。ハードもソフトも高度成長期の団体社員旅行の頃のままです。全国どこでも「街づくり」というのは、文字通り何かを建てたり道を整備したりする補助事業なので、やっぱり何も考えられていない代物ばかりです。地元の人たちの自己満足に過ぎません。自分たちが旅行するときに、どんなところだったら満足度が高いか、という基本中の基本の想像すらできていないのです。魅力ある観光地にしていく、努力を重ねて続けていく、というのは、そういう箱物行政とは全く異なるもので、そのことに気づいている観光地は、当然のごとく上手くいっていますね。

たいへん楽しく拝見しました。
kotaさんの文章に触れ始めたころは、その情報量や分析の鋭さを面白がっていて、しかもとにかく整然と破綻無く語られていることが心地良かったのですが、最近、今回のように長い文章を読んでいると最初はテンポよく読んでいたのにしかしだんだんと少しずつ渦に近づいていって・・・・・・ぐるぐると渦潮に巻き込まれて息のできない苦しさを経てから溺れ死ぬ寸前の快感に変わってくるような感覚を覚えます。すみません、面白いということなのですが、でもその面白いということが変化してきて、それは自分勝手な解釈をしているようでいて、あまりよくないことだなあと感じます。
自分勝手な解釈って、自分のそのときの気持ちしだいで、そういうものはいくらでも変化・動揺しまくりでそのときだけ頭がカッと沸騰するような楽しい感覚を味わえてもいずれあぶくのように消えていってしまうようでいて、そういうのは「その人ならではの読み」というのとは違うし個性でもなんでもないような気がします。
と、あいっっかわらず妄想まじりの感想+主張ですみません(汗
というかなんだか愚痴を言っているだけなのかなんなのか自分でもよくわからなくて、今へらへら笑っている状況です。
なるべくそういうのは自分のブログでだけにしようと思っているのですが。。
あ、でも今回の文章を読んで・・・何か以前とは違う印象は確かにあります。kotaさんならではの癖というか個性というかそういうものがあってそれを感じ取っているのじゃないかなあ・・という疑念にとらわれています。

今回一番印象に残ったのが、kotaさんがとても素晴らしい自転車屋さんを見つけられたというところです。
小洒落た外観だけでわたくしなら参ってしまいバイクというものに乗ろうとしたらそういうさびれた感じの店にひきよせられるということにはならないと思ってしまいます。
そのお店はやはりバイク乗りがkotaさんの他にも信頼を寄せてくるのかなあ。。あ、でも需要があったからこそそういう品物が置かれているのですね。

>これは重要で、自転車に限らず手を動かす仕事において上手いということだ

あ、これすっごくよくわかります、経験的に。昔とある百貨店の地下街生鮮品売り場の魚屋でアルバイトをしていたことがあります。そこで、まあ百貨店の魚屋がよく着ているようなユニフォーム(なぜかネクタイを着用)を着ていて、一日が終了したら脱いで洗濯に出すのですが、これ、歳をとって魚を捌く技術がある人ほどあまり汚れていなかったのを覚えていて不思議でした。
色々と勉強になります。

自転車で200キロも

そんなに行くんですか(驚)。

もっとも私もウォーキングバカなので(10キロ程度は朝飯前。ただし人に言うと変人扱いしかされないので、あまり公言しません)、種類は違うものの気持ちはわかる気がします。
知人で定年記念で東海道踏破、スペインのなんとか街道踏破、島原半島踏破したひとが3人もいますが、まだそこまでの境地に入ってませんけどね。

>チャリンコ
>自転車がやってしまいがちなことに、

私はウォーキング愛好家なので自転車、というより「チャリの人」は敵の様なところがあります。もっとも相手が真っ当な自転車愛好家であれば決してそういう敵対心は持たないですが、日本の貧困な歩道では歩行者の敵は「チャリの人」(これは乗ってる人の性別・年齢関係なし。でもあえていうと中高生、20代前半男性、子連れ母親がマナー悪い傾向あるかな。あら殆ど・笑?)です。自転車だけでなく原付も酷い人多いなあ、そういや。郵便配達とか新聞配達の人は結構怖いときあります。いきなりぬっと出てくるので。

>ショップ

自動車でもそうですが、信頼の置ける人に会うのは中々難しいですね。

>娯楽興行

嗜好が違いますね(笑)

基本的に自分のやるスポーツ(水泳等)が孤独で単調かつ、むしろ孤独を求めるために行っているので、まったく逆のものを見ることが多いです。野球、アイスホッケー、一時期はアメフトも見ていました。アメフト(雨太って一回変換された事あり・笑)のも変なスポーツ。フィギュアスケートも好きです。あれは不思議なスポーツ?です。スキーはやるのも見るのも好きだったけど、スキー場がスノボにあふれてからは行かなくなりました。今はスキーのほうが多いらしいけど、なんか億劫になってしまって。
昔「柔道一直線」とか「姿三四郎」というドラマがあって、それはなぜか見ていて「なるほど」とかうなっていたことがあったのですが(笑)、格闘技を競技としては見ないですね。時代劇の殺陣を見るのが好きで放送終盤しか見ないなんてことをしたりしますが、剣道なんてのは見たいともやりたいとも思わなかったり。

ゴルフは打ちっぱなしで打つのは好きだったけど、コースに行くのはイヤだったな。多分一人でやりたいのに、面倒な社交がつき物だからです。

>長い目で見ると観光地として

確かに車は厄介。熱海なんてのも酷いところですね。伊豆もそうだったなあ。静岡の東側は基本的に歩道があってないようなところが多かったような気がする。
でもいわゆる各地の「街づくり」「町おこし」の関係の人たちと付き合いがあるのですが、あまりそこまで考えてる人いないと思う。最近の大潮流は街歩きとか食べ歩き、なんだけど。


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