レーモン・クノー「あなたまかせのお話」



付き合っている人がいて、そして他の異性とも付き合うとき、女性はすっぱり切り替わり、男性は何人も同時に抱える。これは昔からそうだし種を播くのといちばん優れた種を求めるわけなのでいまさらそのこと自体をどうこう言うつもりではなく、最近知った言葉がおもしろいなあと思ったんです。

「女は上書き保存、男は別名で保存」
で、そんな話とは関係なく、クノーの新刊。亡くなった後、1981年に刊行された唯一といっていい短編集。ようやく日本語訳が出た。これで邦訳は11作品目。絶版ばかりでどれも高価なのが困りもの。なぜ池沢夏樹はクノーを世界文学全集に入れてくれなかったのだろう。

007 運命
015 その時精神は……
025 ささやかな名声
033 パニック
041 何某という名の若きフランス人1、2
045 ディノ
053 森のはずれで
079 通りすがりに ある悲劇に先立つ一幕、さらに一幕
123 アリス、フランスに行く
133 フランスのカフェ
143 血も凍る恐怖
147 トロイの馬
163 エミール・ボーヴェン著『カクテルの本』の序文
167 (鎮静剤の正しい使い方について)1、2
171 加法の空気力学的特性に関する若干の簡潔なる学習
175 パリ近郊のよもやまばなし
187 言葉のあや
193 あなたまかせのお話
201 夢の話をたっぷりと

207 附録 レーモン・クノーとの対談

315 訳者あとがき

そんなわけで、ものすごく短い「作品」(小説と言うにはいささか抵抗がある)19篇と、本書の三割を占めるインタビュー(12に分かれている)。久しぶりのクノーの日本語訳版なのでとてもうれしい。一筋縄ではいかないものがほとんど。既読は「トロイの馬」だけ。

今回の画像を帯のアップにしたのは、帯に書かれている“三つの元気な?”が、表題作「あなたまかせのお話」の書き出しで、次の“……聞きたくないなら?”はそれに続く文ではないのだけれどこの作品の特徴を端的に表しているから、そこを読んでもらいたかった。

「あなたまかせのお話」は、1から始まる短文で、1は帯の通り。で、“「はい」なら、4へ”と“「いいえ」なら、2へ”というふうに読んでいく。RPGブックですね。1967年に書いたクノーはさすが。しかしこれが何とも腰くだけ(何というか脳が脱臼する感じ)で、クノーは放り投げている。1から21までしかないし、手抜き感漂う仕上がり。「あなたまかせ」というのは、どんなストーリーになるかは読者次第という完成された積極的な意味ではなく「おれは知らないよ」といった感じなのだ。そこがいい。数字が戻るところがひとつ、延々ループしちゃうところがひとつ。おそらく、それらをひとつだけ仕込んだのは意図的だ。動かしようのない、ミスのないものは、固くて重い。クノーが書いたものに共通するのは軽さとはぐらかしだ。

知性あるユーモア、エスプリたっぷり。シュールだろうが喜劇だろうがありえない前提だろうが笑ってしまえばいい。読んで「どないやねん」って思っても、解説を読めば納得。こういうのは古今東西クノーだけ。ナンセンスとノーセンスは全然違う。おでんと油田くらい違う。

同じことを99通りに書き分けた「文体練習」は、ウリポ(言語実験工房)結成前に書かれた。この短編集には、極初期のものから文体練習を経てウリポでいろんなことをやっちゃう時期、そして晩年まで、クノーの短編のほとんどが収録されている。読んで驚くのは「これは初期だなあ」と、ひとりの小説家の生涯に亘る短編集を読んだときに必ず感じるあれがないことだ。それくらいクオリティも企図の爽快さも統一されている。そこがすごい。

長編デビュー作「はまむぎ」に仕込まれた思いつきや構造は、あの分量でなければいけなかった。この短編集には、長編にするまでもないというか超短編でなければ切れ味が曖昧になるアイデアが詰まっている。しかもバラエティに富んでいる。再読した「トロイの馬」では、馬がバーのカウンターにいるけれど話は自然に進み、むしろ馬は疎ましがられている。再読したけど笑った。「パニック」は幽霊が出るホテルの話なんだけれど全然怖くない。登場人物がみんな鈍感なのだ。鈍感なホテルスタッフたちはそそくさとチェックアウトする客の悪口で盛り上がる。この溝は幽霊など持ち出さずとも実社会でたくさんある。夢の話だと思わせておいて……というのも好きな仕掛け。

インタビューというか対談も読み応えがあった。
創作の秘密とまではいかないが、クノーはオープンに披露している。
絶対に誰も読破できない「百兆の詩篇」についても丁寧に解説している。
(これもまた読者まかせな作品)
言葉遊びもここまで知的にやられると感服でございます。

たくさん読まれて、絶版たちが復刊されるような流れになってくれるとうれしい。全集の端本に1万円はどう考えても異常だ。文庫で2000円でもいいからとっとと全作品を出してほしい。けれど1000部しか売れなかったら200万円にしかならないので出版社が出したがらない気持ちも解る。でもやっぱり、純粋な小説とは言えない傑作「文体練習」以外には古い訳の「地下鉄のザジ」だけしか入手できないというのは何かの損失な気もする。「青い花」や「聖グラングラン祭」なんてとんでもなくすばらしいのに。でもまあ流通している古書が流通している分だけ存在していればいいのかもしれない。読みたきゃ1万円でも買う。

国書刊行会 詳細ページ
Wikipedia レーモン・クノー
Wikipedia ウリポ
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