フィリップ・クローデル「ブロデックの報告書」



ゴンクール賞に「高校生ゴンクール賞」なんてのがあるとは知らなかった。
高校生1500人の投票によるらしい。で、これが2007年受賞作。
こんなのが選ばれるなんて、さすがおフランスである。
国名の前に「お」をつけてしっくりくる国はフランスしかない。
フィリップ・クローデルは1962年生まれなので中堅になるのかな。いちばんいい時期のような気がする。話は逸れるが、小説家は五十歳を過ぎるとそれまでに獲得した方法論や創作作法だけでしか書くことができなくなる場合が多い。もちろん私見だ。

で、フィリップ・クローデルに話を戻すと、私は2005年4月に「灰色の魂」を読んでいる。その後、中編「リンさんの小さな子」が日本で大絶賛されて名前が知られるようになり、その次に出た邦訳が出たのも子ども向けのだった。なのでこれもそうなのか、高校生向けなのかなあ、と思ったら全然違った。ワイフと財布くらい違った。

300ページほどなのに、とんでもなく読み応えがあった。「灰色の魂」よりも層が厚くなっている。これは好みの問題ではなく、確実にいい。筆が乗ってきたというか、脂がのってきた。これが肌に合わない人は何ともったいないことか。

語り手ブロデックが、とある村から依頼され、村で起こった出来事の記録をすることになった。それでブロデックの報告書。原題も“Le Rapport de Brodeck”だ。村で起こったのは集団殺人事件。それを村人自身が記録として残そうと決め、ブロデック(強制収容所体験がある)に依頼するってことは、裏に絶対何かある。ってところまでが本書の紹介として書かれてあるので書いても構わないだろう。しかしまいった。やられた。

いちおう架空の村ということなんだけれど、フランスとドイツの国境地帯が基となっているのは明らか。訳者あとがきにも挙げられているけれど、ガルシア=マルケスが仏独ロレーヌ地方の山奥を舞台に書いたらこんな感じかもしれない。濃いです。第二次世界大戦、ナチス、寒村、村社会。「よそ者」を排除する正義。さまざまな価値基準が入り乱れる。記録をとっているので過去の記憶と現在も入り乱れる。ガルシア=マルケス足すボリス・ヴィアン足すカルヴィーノ足す桐野夏生と宮部みゆきって感じ。わけがわかりませんね。でもそうなんです。

組織とか社会派というわけではなくて情念で築かれる社会が描かれていて、それは悲しいことに現実もそうで、情念で描かれたミステリ嫌いな私としたことがこれを良いと思うのはなぜかと考えると情念の使い方が異なっていて、情念というより心理が近いのかなとも思ったりして、人間中心ということで、構成もきっちりしていて破綻なし、いろんなエピソードも散りばめられ、ときおり顔を見せるゴシック体も効いている。語りが上手くて中身が濃くて、それでいてプレーンな文章。

「高校生ゴンクール賞」なんて冠は、むしろ足かせにしかならない。

フィリップ・クローデルは「灰色の魂」でルノードー賞をとったので、フランス文壇最高峰をいちおう両方とったことに、やっぱりならない。私はルノードー賞受賞者のほうが好みに合っているのでそれでいい。

日本にも本屋大賞とかいろいろ大人のアマチュア(書店員は本を売るサービス業のプロである)の投票による文学賞はいくつかある。でもまあ投票とか民主主義とかは大衆的なものが票を獲得するのは世の常。こういうのに光があたることなどない。いま日本の高校生が投票したら何になるのだろう。「恋空」か「ダイブ!」か、そんなとこだろう(微妙に古いのは、私がそちら方面に疎いからです)。かつては芥川龍之介の短編や有島武郎「一房の葡萄」などが児童文学とされていた。とか言ってる私も中学生のころは新潮文庫の100冊とかを読んでいた。だって、昔の小説は古くさいから(あたりまえである)。なので今の若者はどうのこうの言うつもりなんてない。いま書かれている小説の中から選べばいい。だからこそ高校生がこれを選ぶフランスとのギャップにフランスの底力というか凄みを感じる。

何なんだろう、この差は。

いきなり今年のおすすめです。


みすず書房 「ブロデックの報告書」
Wikipedia(fr) Philippe Claudel

ルノードー賞受賞者;
ルイ=フェルディナン・セリーヌ
ルイ・アラゴン
ミシェル・ビュトール
ジョルジュ・ペレック

ゴンクール賞受賞者;
マルセル・プルースト
ジュリアン・グラック(←受賞拒否)
シモーヌ・ド・ボーヴォワール
ピエール・ド・マンディアルグ
パトリック・モディアノ
マルグリット・デュラス

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