「誇れる国、日本。」 「報道されない近現代史」出版記念懸賞論文作品集



※既に本文を若干削除しました。

携帯フィルタリング(アクセス規制)によって、一部の方がこのブログを観ることができなくなりました。ここに限らずfc2をご覧になりたい方は、各携帯キャリアで手続きすれば閲覧可能になります(どんなフィルタやねん)。しかし、モバゲーが中高生に適した優良サイトという判断というか選別は、どういう基準なのか解りませんね。さらに毎日新聞の例を挙げるまでもなく、いわゆる全国紙のサイトが嘘をついている昨今、ほんとうのことを知りたかったら大手「優良」サイトは害悪でしかありません。

さて、現在日本で最も出生率が低いのは目黒区の0.74という数値が厚生労働省の人口動態特殊報告で発表されました。次いで渋谷区と中野区と京都市東山区と福岡市中央区が0.75で並んでいます。昼間に人の来るところでは、夫婦は子どもをもうけないということなんですね。目黒区なんてなかなかいい感じの住宅地もあるのですが。全国平均は1.31でこれも過去最低だそうです。

で、出生率は下がり続けているわけですが、いちおう今の1.31を基準に計算すると、2055年には日本の人口は8300万人。日本国民の42%が高齢者となり、生産人口(15から64歳)は52%で、ということは子どもが6%しかいません。生産者1.4人で高齢者1人を支えるという凄まじい高齢者社会になります。これはどういうことかというと、夫婦ふたりで高齢者3人を支えるという構図です。もちろん勤労者は子どもを産めば育てなくてはなりません。すごいですね。今のままだと税や年金や健康保険は破綻するでしょう。昭和時代は夫婦が親と同居していたので、夫婦でふたりが常識でした。あともうひとりは誰なんでしょうかね。ああ、私のような人間か。あ、そうでなくてひいおばあちゃんか。

人口が多すぎるという意見や説もあり、私も国の良さや魅力は人口やGDPで順列をつけるものでもないような気がしています。国力と住みやすさは比例しているほうがいいのだけれどなぜか別の話。でも、徒に人が増えずにみんながいい感じで暮らしている、っていうのはあくまでもバランスのとれた夢想の世界です。それを実現するには姨捨山が必要なことを、人口なんて増えなくていいと考えている方は考慮に入れておいてください。

外国人が「この子のもうひとりの親は日本人です」と言うだけでDNA鑑定すらなされずに日本国籍を取得できてしまうという、何だかものすごいことに国籍法が改正されて、中国韓国ブラジルの子どもが今後大量に日本人となる。なので人口の点は心配ないと言っているというか日本が衰退しないために外国人を日本人にするのが急務とか言ってる政党があるけれど、その政党は外国人参政権を公約に入れていたり支持母体が外国の団体だったりして、それは日本が解体しちゃうってことなのでそっちのほうが心配です。私は国籍法改正に反対の署名をしました。DNA鑑定くらいデーモン小暮閣下でもやったのに、なぜそれをやらないのかが不思議というか、やらないには理由があるからやらないのだろうなとしか思えない。

ある種が絶滅する前は、産まれてくるのが雌ばかりになります。そうやって絶滅を防ぐわけですね。いきなりですが予言しておきます。高齢者や介護や年金予算という面においては、2020年代が最も日本にとって大変になるでしょう。予言おわり。日本が上向くとしたら、2050年代にもう一波くるのを何とかがんばって乗り越えてから、年齢別人口がピークを迎えた1973年生まれの前後が寿命となる2060年以降ということになりそうです。そのとき、コンパクトな国になっているか、それとも相変わらず政治家や公務員がたくさんいるのか、それは判りません。ともあれ、現在生産者である私たちは、いちおうまだ年金をもらえることになっています。私の年齢ならばもうけていて当然な年齢の子どもたちが生産者となったとき、とんでもない負担を強いられることになるでしょう。

人口が減るということは、割合はともかく、いずれは高齢者も減るということです。

私は高齢者がとっとと死ねばいいと考えているわけではありません。
無為無策なことに呆れているだけです。

日本よりも先に高齢化が進んでいた欧州各国は、15%くらいで変わっていません。
子どもをつくらないのを国のせいにするのも何ですし、それならそれで日本はどうすんのって話です。



一体何の話をしているのかさっぱり解らなくなったので本の話。感想は、論文ではなく作文。わくわくして手にしたのに、何とびっくり田母神氏の「論文」は4ページしかない。そうか、懸賞論文なんだし枚数規定があったのか、って思ったけれど、その後に続く優秀賞や佳作などには長いものもある。限られた文字数の中にたくさん詰め込もうとして作文になっちゃったわけでもなさそうである。

内容は「気持ちは解るけれども……」と思っちゃうのが機関銃のように連射される。そのひとつひとつに「で、その根拠は?」とお尋ねしたくなる。もちろん私は自虐史観ではないし、なおかつ事実は事実として受け止め、仮に21世紀になった私たちが背負わなければならないものがあるとするならば背負うべきだと思い、でもいちゃもんつけられてもそれは違うだろとも思っている。ゆすりやたかりで他の国に「勝つ」ことは外交ではない。

田母神氏の文章が最優秀賞を獲るに値しないという風潮になっていたけれど、これ一冊読めば納得します。他の「論文」の出来が余りにもお粗末だからです。相対的なものだったわけですね。APAの元谷氏の史観に合っていれば基本オッケーな感じ。その元谷氏は「はじめに」という題でまえがきのようなまとめ文のようなものを書いている。その分量がタモさんと同じなのだ。

タモさんは自衛隊航空幕僚長なので、ほんとうはこういうことを公に言うと有罪となる立場の人。そんなこと百も承知で書いた勇気はすばらしい。でも、中身が伴っていない。もっと綿密な「論文」として仕上げないと。これでは村山談話を盾に自虐史観を押しつける人たちやメディアが納得できるものでは到底ない。まっさらな状態の子どもに話し聞かせるのならまだいい。まるっきり反対の考えを持っている人は、態度として構える。そこを融けさせ、理解させるものでないと逆効果。根拠なく「○○なのだ」と断定しているだけでは噛みつかれるのは火を見るより目が潰れる。社会党の総理大臣として発言した村山談話から現在までなぜか歴代首相が続けている謝罪外交という現在の日本における浸透したスタンスがあってこそのカウンターとして、また、有吉が「みんなが薄々思っていることを代弁しているだけ」とあだ名をつけているのと似たような感じとして、タモさんの作文は少なからず機能したのかもしれないけれど。

考えを変えるつもりはないと、騒動になったときタモさんは言っていた。
では、その考えは何かを知りたくて読んだ。
ほんとうにタモさんの考えしか書かれていなかった。
その考えに至るまでの過程を知りたかった。
語尾が「である」か「ない」の二項しかない感じで、読んでて息苦しくなった。
論文の文章作法ではないのである




ちょっと古いデータですが
総人口の推移
年齢3区分別人口
出生率1.31で計算していないので、実際はもっと高齢社会になります。
そして、出生率はさらに下がるでしょう。
2億4千万の瞳とか唄っていたのが、40年後には1億5千万の瞳になります。
そりゃまあ消費を控えて将来のために貯蓄するのは自然でしょう。

ほしい方がいらっしゃれば、この本差し上げます。
ご丁寧に英訳も収録されています。
一度読んでおいて損はありません。
(でも、これに感化されるのも何だかなあという感じです)

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コメント

No title

読まれたのですか。
一時ほどはあまりマスコミにも出なくなりましたね、その方。
「三島由紀夫ではなくて
渡部昇一に影響されたということなので、クーデターは起こさないだろうな」、
というのが民族派の鈴木邦男の意見(皮肉?)ですが、ああいう人にそんなもの起こされても
困ります。
正直関わりあいたくない世界です(国籍法の反対のサイトの論調にも疑問点を感じました)。
「日本を解体」
個人的な認識では「神仏分離」「廃仏毀釈」「文明開化(=西洋化)」の明治と、ついでに言うと1940年前後の「新体制運動」(農村を中心とした自治体などの再編、強化。これが1955年前後に「新生活運動」という官製の生活改変運動に形を変えてよみがえることとなります。現在も農村が多い群馬や栃木等ではその運動が生き残っています)
、1945年の敗戦、ターニングポイントや方法は様々ですが、その際に政府の側から、外国の側から「解体」が行われた、と思っています。そういう意味では果たして「日本」とは何なのか、概念としては捉えどころがありません。
1940年ごろの日本が純粋な日本と思うならば、今の日本は既に日本ではないといえます。
もっとも江戸時代までの日本が純粋な日本と思う人も多数いるでしょうね。
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