漆塗りの自転車、カーボンロードバイク

これが


こうなって



こうなる


イメージ通り。チョコレートパフェを食べたくなる色バランス。

さて、私は常日頃「漆を塗る必然性のないものは塗らなくていい」と発言しています。また、漆器で作る必要のないものは作らなくていいとも発言しています。なぜ名刺入れやティッシュボックスケースが漆塗りでなくてはならないのでしょうか。というわけで私は器を作っています。「漆器」ですから。そんな私がなぜ漆塗りのスピーカーや漆塗りのロードバイクなんかに手を染めるのかというと、理由があるからです。スピーカーについては以前説明しました。

ロードバイクを漆塗り。なぜか。

まず、私が使っているロードバイクのフレームはカーボン樹脂です。カーボン樹脂とは、カーボン繊維を樹脂で固めたもの。乱暴に説明すれば、鉄筋コンクリートの鉄筋がカーボンでコンクリートが樹脂のような感じです。これは自転車のフレームとして古くから使われてきていまだに愛好者がいるクロモリ鋼よりも軽く、剛性があり、乗り心地が良く、鉄ではないので錆びません。ちなみにアルミは錆びないですが、固くて疲れますし、突然ぽきっと折れます。カーボン樹脂、または単に「カーボン」と呼んでいるこのフレーム素材は、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)です。つまり、カーボン繊維を編んでパイプを作っているわけではなく、カーボン繊維で補強したプラスチックの筒なんです。金型で型を作って固める、まさにプラスチックの成型法。FRPという言葉はなじみがあると思います。ガラスで補強していればGFRPもしくはGMTで、ボロンで補強していればBFRPで、カーボンで補強していればCFRPです。

そんなCFRPはF1マシンや航空機や宇宙ロケットに使われている、とても強い素材。薄くて軽いのに金属より強いとなれば、軽さが命のロードバイクがカーボンになるのは必然。既に高校生のときにテニスラケットでグラスファイバーやグラファイトを使っていたので、こういうわけのわからない素材にも親しんでいました。


たいていのカーボンフレームは色をつけずにクリア塗装でカーボン樹脂素材であることが判るようになっている。

とはいっても、CFRPには唯一といっていい欠点があります。紫外線に弱い。野ざらしになったプラスチックがひび割れたりしているのを見たことがある方もいらっしゃると思います。極端ですが、ああなっちゃいます。そのため自転車の世界では、長持ちするクロモリ鋼信仰が今でも根強く残っています。そこで私は、上から何か塗っちゃえばいいと考えたのです。私が塗るとしたら漆しかありません。他の塗料については全くの無知。

漆は紫外線に弱いとされています。しかし一般的なイメージとは裏腹に、他の塗料よりも強い場合が多いのです。詳しくは松田権六「うるしの話」(岩波文庫)をお読みください。日本とヨーロッパを結んだ客船での塗装の違いについて実体験が綴られています。さらに近年「紫外線や摩耗に強い」と謳う漆がいくつか出てきました。「MR3」とか「純漆」とかです。「純漆」とか言われると、私が作っている漆器には純粋な漆が使われていないかのような錯誤を招きかねないという話はおいといて、それら紫外線に強い漆を塗っちゃえばいいんじゃないかと思い至ったのです。最も流通しているのがMR3なので、MR3を塗ることにしました。ただし、厳密にはMR3といえども漆であり「劣化しない」のではなく「見た目上の変化が少ない」に過ぎません。このあたりは長くなるので省きます。

漆は樹液なので、茶色の透明です。私たちは、精製した漆を「透漆(すきうるし)」と呼んでいます。木に塗って布か何かで摺ってこすりつければ、茶色い拭漆仕上げです。赤を塗った上から透漆を塗ったものが、何種類かある溜塗りの最もポピュラーなものです。というわけで私は溜塗りな感じにしたかったので、前回書いたように赤いフレームをチョイスしたのです。



とはいっても新品をすぐに塗るのは止めました。というのも、CFRPは「劣化」するからです。劣化するならいち早く塗ったほうが良いのではと思いがちですが、劣化とは何かを考えると、決してそれは劣化ではないのです。たとえば、漆の黒塗り。あれは酸化した鉄(鉄はもともと酸素を含んでいるものであって、そこから人間が強引に酸素を取り出して「鉄」としている。なので鉄は元に戻りたがる。つまり酸化したくなる。それを人間は錆びると言う)を漆に混ぜています。酸化を劣化と言うならば、黒塗りの漆器は劣化したものになってしまいます。話を戻すと、CFRPは最初は固く、使っていくうちに経年変化なのか疲労なのか理系ではないし文系ですらない芸術系の私にはさっぱり判らないのですが、柔らかくなります。それを自転車乗りは「コシがなくなる」と言います。私は、そういう具合のものが好きです。服も、家具も。余りに新品で未使用感たっぷりのものは違和感ありますし、かといって大切に扱われないものは「ぼろく」なります。いい感じになるか否かは、その人のものの扱い方によります。また私はがちがちのフレームというのにも乗りたくないので、ちょっとコシがなくなってきた感じのところで、それを維持できたならと考えました。フェルトのフレームはカーボンといえど割と重くて頑丈で固いようです。それで、漆を塗る前に6,000km走りました。もちろんふだんは日光の当たらない遮光カーテンのかかった室内に保管(ちなみに私がふだん過ごしている部屋は遮光カーテンなんてかかっていません。書籍と衣服と自転車を置く部屋だけです。私は紫外線を適度に浴びておかないと、カルシウムの摂取すらできませんから)しています。

自転車を分解して、ついでに掃除。穴は全部で16こあるのでマスキング。置いておくと垂れてくるので常に回転しておかないといけません。これが、日曜大工で何かを自作して塗装するときに仕上がりがいまひとつになる最大の原因でもあります。ちゃんと埃がつかない空間を確保して回転させていれば、だいたいどんなものでもきれいになります。


依頼した職人は、最後は手で呂色をとってくれました。

塗りあがったら、しばらく部屋に放置。


BB下。防犯登録ステッカー、型番、ワイヤーガイド用ダボ、水抜き穴をマスキング。マスキングテープの色が漆の色。

しっかり固まったら、自転車屋のおっさんのところへ取り外したパーツと一緒に持っていき、組んでもらいます。おっさんは私の職業を知りません。職業や肩書きなんて意味をなしませんから。でも漆器屋ということがばれてしまいました。そして、カーボンフレームに漆を塗ることの必然性を説明したら、納得してくれました。いいおっさんです。腕も確かですし。ケーブルやワイヤーが触れる箇所には私が言ってもいないのに透明な保護シールを貼っておいてくれました。ブレーキパッドも言ってないけれどデュラエースの新しいものに交換してくれていて、代金はとられていません。そんなおっさん。

見る人が見れば色物的なパーツもあります。
もはやペダルはふつうの靴では漕げません。
サドルも明らかにメタボな人だとためらっちゃう見た目です。

いい感じのロードバイクになりました。パーツは高級品ではありません。そんなの私には不要だからです。24時間で500km走れるようになったらもっと良いものを使っても許されるかなと思ったりしています。転んで塗装が剥げただけでショックを受ける、世界で最も表面仕上げに厳しい日本人のひとりではあります。小さな傷がついているだけで大幅な値引きを要求する人こそ賢いという風潮もあります。しかし私がこだわるのはあくまでも品質性能に関わる部分においてであって、どちらかというと「道具」の見てくれなどどうでもいいと考えている人間です。グラファイトとグラスファイバーでできたテニスラケットの表面塗装(私が学生の頃は呼び名がなかったけれど、最近では「コスメ」と言うらしいです。やれやれ)なんて、どうでもいいです。そんなの気にしたたらまともなテニスなんてできません。とはいっても、ロードバイクの場合はフレームに傷がつかないほうがまともな乗り方ではあるのですが。ちなみに曲がったキュウリは、まっすぐなキュウリよりも美味しくないです。不思議なものです。キュウリについては、見た目だけではありません。

フレームの重量は45g増えました。そんなわけでバイク重量は7650gになりました。ヒルクライムに命をかけている市民レーサーは、1gでも軽くするためにパーツひとつに何万円もかけています。さほどシリアスなレーサーでもない自転車趣味の人でも、重量を気にします。なので私のようにわざわざ重くするなんてありえないこと。なのですが、私にとってはどうでもいいです。そりゃまあ確かに1000g重くなれば実感として重いし登り坂でうんざりですが、45gくらい重くなったところで100km走って1分遅くなるかどうかって程度でしょうし、おやつやドリンクの量によって変わるし、私は一分の隙もなく常に追い込んで乗っているわけではなくてランニングと同様に「ゆっくり長い距離を走る、結果として長距離を走る」という、言うなれば自転車レースマニアではなく有酸素運動マニアなので、その程度は誤差の範囲内であり、そもそもタイムを計っているのではなく心拍数を基準に動いているのです。何でもないふつうのグレードのパーツがついているので、ほんのちょっとお金をかければまだあと1kgは軽くなるくらい軽量化を考慮されていない代物です。それ(軽量化)を目指すなら、とっととコンポーネント(グループセット)とホイールを替えます。

溜塗りは時間が経つと透けてくるので、このバイクも来年再来年は、また異なる表情になっているでしょう。普通の塗装よりも、丁寧に扱ったか否かが如実に顕れます。「転んで傷がつくくらい平気」というのと相反するように思われるかもしれません。それとこれとは話が別なのです。漆を塗ることによって、通常の自転車のメンテナンスとは別の丁寧さを要求されるものに変貌したわけです。私は、漆塗りのロードバイクを床の間に飾るなんてことはしません。そんなの持ち腐れ。腐っても鯛は河豚や鰈に変わるわけもなく鯛のままですが、それを食べられるかというとなれ寿司ではあるまいし無理ですし、腐らせてしまっては鯛にとっても無駄死にです。「モッタイナイ」とか言って人様に出したら船場吉兆。カーボンフレームに漆を塗るのは、必然性のある「上書き保存」なのです。

でも他の人に勧めようとは思っていません。しかしながら酔狂な方がこれを見て「自分の自転車も漆塗りに!」と思ってしまうことも可能性としてはゼロではありません。地球上には60億人いるのです。そんなときはメールをください。私は間に入ってマージンをとるようなせこいことはしません。職人を紹介します。

ひとつ気をつけていただきたいのは、漆は樹液であり、透明な茶色の液体です。メープルシロップと同じようなもの。なので、透けて元の色と混ざるような感じになります。私の場合は赤いフレームに塗ってこんな感じ。黄色のフレームに塗れば、もっと明るくなるでしょう。黒いフレームに塗れば、もっと濃く暗くなるでしょう。青や緑のフレームに塗るとどうなるのか、うまく想像できません。透漆ではなく黒や朱を塗ると、せっかくの漆だけれど漆に見えません。頭の中の情報処理がうまくいっていないのでしょうね。それを逆手にとって、お椀の形をして黒や朱であれば漆塗りと思ってしまうのを利用してウレタン塗装が普及しているわけです。

何かを「漆塗り」にする場合、なぜか朱色や黒色に塗り、さらに蒔絵(風)のものを施すことが多いです。はっきり言って、無意味です。自転車だと、かつて新家工業(自転車の車輪の円周部、リムの製造で現在では日本唯一)が発売していました。新家工業は創業が山中で、山中漆器のろくろ挽きの技術を用いて真円のリムを製造していたんです。そしてリムは木からアルミに代わり、新家は日本のケイリンに卸す唯一の企業として生き残りました。その流れで山中漆器の漆塗り技術を自転車に使っちゃったわけです。あとは何から何まで真っ黒の漆塗りにした木の自転車というのもつい最近目にしましたが、あれは実用品ではなく鑑賞品ですね。

「伝統工芸」の人たちはときどき必然性のないものを手がけてしまいがちで、それはなぜかというと「世界には大富豪がいるから、それを趣味にしてコレクションしている人だったら希少価値で買うかもしれない」なーんて思っているからです。自転車において私が最も驚いたのは、九谷焼の自転車です。

それは「自転車パーツの形をした焼物」であって「自転車」ではありません。

最近の市販品だとアメリカの企画会社スペシャライズドがこういうのを発売しています(これはウレタン塗装です)。自転車に限らず、漆塗りにするときはたいていこういうのになっちゃいます。「漆塗り」のステレオタイプです。スペシャライズドのこれはご丁寧にも外国人が大喜びするカタカナで社名を入れています。そんな「いかにも」なことをしなくても、透漆を塗って無地のままでできあがりというだけで漆は樹液なので透明感があるために明るい感じでありながら落ち着いてもいる(他の漆器と変わらないので説明しないのが専門家の悪いところで、ふつう知りたいのはそこなんだよなあと今回改めて実感しました)、つまり深みというか奥行きのある「塗り」にすることで漆の特性を出すことはできるのです。透明感がなくて平べったい(“グラフィック”なのだからあたりまえなのでしょう)他の塗料とは大違いの質感になることは、私の溜塗りもどきロードバイクを実際にご覧になれば一目瞭然です。

行く先々で「すごい」ではなく「きれい」と言ってもらえることがうれしいです。「すごい」というのは自転車に漆塗りを施すことが意外であることの表れであり、きれいか否かは問題ではないからです。一方「きれい」とか「しぶい」とかいうのは自転車であることを踏まえて表面塗装の違いに着目しているからです。これこそ、最近なんだかみんな言い始めた「ふだん使いの漆」です。何も特別なことはありません。

明るさや光源と自転車と自分の位置関係で、これだけ見た目が変わります。
色のある透明なので、こうなります。
また、撮ったら紫色に転ぶこともあれば、黄色に転ぶこともあります。
いったいほんとうの「溜」とはどんな色なのか。
実物をご覧いただくしかありません。

撮影のためライトやサイクルコンピュータを外そうと気にしていたけれど、
宝達山ではそんな場合じゃなくなってしまってそのままになっちゃいました。
また、ギアをアウタートップに入れ、右クランクをシートチューブの延長線上に揃えるのが自転車撮影でのセオリー。
それもできていないことが多く、なんだかユーモラスです。


天候、晴れ。時刻、16時。太陽は左9時。鹿島の森を、対岸から。


芝生に寝転がって。シートステー(画像左下)は、傷ではなく鯉のぼりの映り込みです。これくらい潤いがあるわけです。


天候、晴れ。時刻、15時。太陽は左後ろ8時。なぜ浜辺に自転車なのかというと


日本で唯一、自動車走行可の道路、千里浜なぎさドライブウェイ。ロードバイクも走れました。


石川県金沢市、ひがし茶屋街。外国人観光客に自転車を撮影されました。


時刻、13時。影のない曇りの天候が、最も似合います。


天候、晴れ。時刻、午前11時。日本で勾配表示が最も高い道路標識。斜度30%の石川県宝達山。


斜度30%の激坂。寝かせたバイクがずり落ちそう。でも実は距離が短いし手前が緩い下りなので、勢いだけでいけます。


天候、晴れ。時刻、13時。太陽は右方向4時。宝達山頂上。石川県と富山県の両方がパノラマ。距離6.5kmで600m登ります。


晴れの日の日陰。山の頂上には神社があることが多い。


天候、曇り。時刻、正午。生雲の手前にある駐車場。白山の雪も溶け始めてきた。


トップチューブは海と空が映り込んで青色に転び、シートチューブは芝生が映り込んで黄色に転ぶ。


晴れ、16時。太陽は左後ろ7時。だいぶ走ったのでダウンチューブが汚れていますね……。


晴れ、16時。太陽は左前方10時。


※2016年5月、さすがに色が飛んでしまったので、再び漆を塗りました。
朱色の漆を塗り、その上から透漆を塗って、溜塗、いわゆる朱溜にしました。
ロゴなどが完全に判らなくなりました。
今回はMR3ではなく、通常の漆です。



7年経つと、これだけ色が飛ぶ。



バラしてもらい、漆塗り。そして組んでもらう。








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コメント

すげえ。

 すげえきれえ。渋すぎる。

 
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