Gesellschaft zur Emanzipation des Samples/Circulations 



【electronica】

超快楽ヘッドフォンミュージック。
 
G.E.S.はJan Jelinekの新しい名義。いろんな名義を使い分けるヤン・イェリネク。私の中のエレクトロニカベストテンに居座り続ける“La Nouvelle Pauvrette”(特に一曲目が最高)があり、エレクトロニカの歴史に燦然と名を刻む名作“Loop-finding-jazz-records”がある。後者はタイトルの通り古今のジャズレコードから(ノイズも一緒に)サンプリングしただけでできあがった奇跡の名盤。クリックハウスはここから始まったと言っても過言ではないし言い足りない。ある種のエレクロトニカはヤン・イェリネク以前と以降ではっきりと分かれる。これは伝統的な文法のジャズではないが、私たち以降の世代にしてみれば余裕でジャズである。そんなわけで同じミュージシャンでも当たり外れがものすごいエレクトロニカで、割と安心して購入できる人のひとり。

で、この新譜は、騒音や雑音などをフィールドレコーディングした音と、サントラなどのレコードからサンプリングした音をコラージュしたもの。と聞くと、とてもじゃないけれど聴けた代物ではないと思うかもしれない。でも正反対。そんじょそこらのポップソングが束になっても適わないくらい聴ける。超聴ける。原音を加工して、一音単位で切り刻み、とてもとても丁寧に配置している。元の音が鳥の鳴き声か川の流れのような音、ぶーんという低音のノイズ、ごーっという低音、きらきらした音色、ぷちぷちしたクリック音、ぷつぷついうノイズ、こつこつした音、ゲームのぴこぴこ音、ぷわぷわしたループ音、そして街の音。リズムがないのにスピード感があったり、たゆたう感じがあったりする。大して考えずに足していった自称アーティストのハッタリではない。音像が立体。立体的ではなく立体。ホロフォニクスレコーディングじゃないのに立体。まさにカレイドスコープ。一体どうなるのかずっと聴き入ってしまう。で、何度も何度も聴いてしまう。というわけでヘッドフォンで聴くのが気持ちよい。

感触は、さらっとしている。温度もちょうど良い。エレクトロニカというと冷たくて無機質なものという先入観がある人にこそ聴いてみてほしい。音圧というか、たぶん超低音なのだろうけど、ものすごく効いている曲がある。初めて聴いたときには意識しなかったけれど、その曲が終わると、そのことに気づく。エレベータや飛行機に乗っていると耳が詰まり、つばを飲み込むだか何だかしてそれが解消されたときと非常に似ている。ヘッドフォンで聴いていると、あれっ、外で雨が降り始めたかなと勘違いしたり、ん? 飛行機飛んでる? と思ったりする。しかもそのふたつの勘違いはトラック14におけるひとつの音によってもたらされる。これはどういうことなのかというと、たぶん人間は危険回避だか生存本能だかのために、ある音を聞いたら、これまでに聞いたことのある音に当てはめようとするのだろう。区別することこそ重要なわけであって、何かを絶対的に位置づけることは思っているより苦手なのだ、という話をしだすとまた長くなるので省く。

騒音と音楽には明確な違いがあるはずなんだけれど、この人の音源を聴いていると、どっちも同じじゃないかと思ってしまう。それくらい溶け込んでいる。日本語で「騒音」とか「ノイズ」とかいうと、うるさいもの、まがまがしいもの、という意味になってしまう。でも実は、物寂しい夜にクルマの走る音が聞こえるとほっとしたり、最近はそんなことも少なくなったけれど冷蔵庫が突然ぶーんとうなったりしてうるさいなあと思ったり、電子レンジのチーンという音が安い食事の合図だったり、その程度のものである。要は人間の生活音なのだ。人の存在感があるわけで、本質的には無機質と対極。

もちろん、完全無菌室で空調も整えられた真っ白な部屋が似合う、無機質なエレクトロニカもある。
それだけではないということを言いたかっただけなのだ。その割にはまた長々と書いてしまった。

Y.M.O.の「BGM」や、初期のブリープテクノっぽい質感がときどき見え隠れする。
かわいらしいユーモア、いたずら心、そういった感じで成り立っている。

サウンドコラージュにしても、ちぎり絵にしても、手がける人によって出来は大きく変わる。

中身とは何ら関係ないが、ジャケット及びブックレットのデザインはスイスの建築ユニットHerzog & de Meuron(ヘルツォーグ&ド・ムーロン)の薄毛コンビが手がけている。知られているものだと、プラダ青山とか、北京五輪のメイン会場である北京国家体育場、通称鳥の巣の設計が彼らだ。彼らの建築は小技が効いていて嫌いではない。でも小技に必然性があるのか否かとなると私には判らない。で、小技を省くと、とてつもなくつまらない代物になってしまう。このコンビはデザインの三要素のひとつである「サーフェス」に注力するからそうなるのだ。要素のすべてに気配りするのではなく、要素のひとつを際立たせるのは、現代建築によくある話。

超聴けるとか言うだけでは無責任な気もしたので、一般的な音楽ではないので、へえ、これ良さそうね、なんて思っても、必ず試聴してください。とつけ加えておきます。

何もない公式サイト
HMV:G.E.S./Circulations
Wikipedia:ヘルツォーク&ド・ムーロン
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