小鹿田焼



大分県の北西端、日田市の山の中。小鹿田焼(おんたやき)は、この地で作られている。経済産業省による伝統的工芸品に指定されていないから、伝統工芸士展などには顔を出さない。なので当然「伝統工芸」の世界では無名だ。伝産法なる「産業」の法律まで作り、伝統的工芸品に指定されているものが優れたものという経産省の思惑通りにイメージを植えつけられた人たちも、知らない。しかし小鹿田焼は、数百年前から変わらず作り続けられている。軽く調べただけで、とても興味深いものであることが判る。これはどうしても現地へ行かないとだめだと思い、遊びに行ってきた。
「○○焼」と名づけられた陶磁器の産地には、産地ごとの特徴というものがある、ことになっている。美濃なら瀬戸黒や志野、九谷なら五彩、といったふうに。でもそれは、あくまでもサーフェスの違いに過ぎない。サーフェスってのは、釉薬であり、絵である。もちろん、どんな陶磁器を購入して使うかという選択においては、サーフェスが最も重要であることに異論はない。ただ、サーフェスというのは、ものづくりにおける最後の最後でしかない。

それら一般的な陶磁器産地の差異が差異でなくなるくらい、小鹿田焼の独特さは飛び抜けている。
サーフェスどころではなく、営みそのものが全く違う。

小鹿田焼の特徴を箇条書きしてみる。

生産をはじめてからしばらく経ったら、窯元が10で安定した。
その後ずっと長子が跡を取ってきた。
弟子はとらない。
つまり、窯元の数は増えもせず、減りもせず、今も10のまま。
みんなで土を採る。
土を粉末にするのは、機械ではなく水力。
窯は登り窯。
飛び鉋と呼ばれる独特の模様。
一目でそれとわかるワンパターンなサーフェスを頑なに守る。
自分の名前を入れない。
非常に廉価で、ショップや通販では倍近くの価格がつけられている。

数百年に亘り窯元が10で変わらない、ということに私はまず衝撃を受けた。そして、弟子をとらないということにも。多くの工芸産地は、弟子をとって生産量を増やし、売上を伸ばす。それが「立派」ってことになってるからね。だって私たちは単純に「売れる人が偉い」って価値観を植えつけられているから。でも私は、弟子をとらず、生産量を増やさず、ずっと九州の山の中で連綿と作り続けている小鹿田焼を、とてもとても立派だと考える人間なのです。

そして、もはや観光名所的にもなっている、土を搗く水力マシンが出す音。私にとってはどうでもいいけれど「日本の音風景100選」に選ばれている。それはともかく、これは聴いてみたいと思わないわけがないではないですか。

十月の連休、小鹿田では民陶祭なるものが催されることを、私はグーグル先生(若干12歳)によって知っていた。通常こういった工芸産地の祭りでは、ろくでもない粗悪なものが廉価に並ぶ。「産直だから安い」という言い方で、まんまと騙された人たちが集まる。山中では、ふだんは100円ショップで売られている「漆器」が、150円で並んでいることすらある。高価なものは高価である。そりゃもちろん、ちゃんとした棗が市価の半額ってのもあったりするけれど、それがほんとうにほしいのかどうかとなると、ほんとうに必要ではないってものばかりである。茶道をやってるなら、いろんなものがどれだけあっても構わないだろうけれど、そうなるとそうなったで、そんなとこで買うのもどうかと思うってことになる。大きな産地だと、だいたいどこもそんなもの。なので私は行ったことがない。

小鹿田焼は、10の窯元が登り窯で作っている。それだけ。ってことは、ハズレがない、ってことだ。安いものには理由があるだろうが、大きな工芸産地のようにだまくらかすことはないだろう。見れば判る。というわけで、プリウスならガソリン代も大したことない(うまく走れば満タンで1500kmいける)ので、ちょっと行ってきた。真夜中、北九州から国道を南に。福岡県側には、小鹿田焼の源流である小石原焼がある。そこも同日程でお祭りをやることを知っていたけれど、小石原焼は伝統的工芸品に指定されちゃってるし、いろんなものを作っているので、私の眼中になかった。既に湯呑みを持ってるし。道の駅でコカコーラを買っただけで小石原を去った。小石原から小鹿田は、地図で見ると黄色い線の県道に途中で入る。これが北九州から小鹿田の最短ルートなので私はこのルートを選んだわけだけれども、ちょっとびっくりするような林道で、大きな角の鹿とご対面したり、濃霧で全く前が見えなかったりした。でも思っていたよりも早く、朝5時に小鹿田へ着いた。どれくらい山奥かっていうと、こんなところだ

こういうのは一番乗りするに限るので、そういうスケジュールにした。携帯でニュースなぞを読んでいると夜が明けたので外に出ると、えもいわれぬ光景に出会った。幾重にも連なる山に囲まれた、小さな小さな集落。薄い霧が漂っている。でも、よくある限界集落のような死んだ雰囲気は皆無。静かに、静かに、完結した暮らしを営んでいることが伝わってくる。私はCW-Xの長袖Tシャツにモンチュラのパンツ、アディダスのトレイルランニングシューズ、スマートウールのビーニーという完全武装で、小鹿田焼の里へ足を踏み入れた。おじゃまします。



ほんとうに小さな集落。端から端まで歩いて5分。まだ観光客が押し寄せないうちに写真を撮る(私の画像では人の姿がないけれど、午前九時には貸し切りバスなども来て、とんでもなく賑わったというか人間だらけでした)。窯元の他には観光客向けであろう飲食店、山のそば茶屋が一軒あるだけ。まさに、小鹿田焼を作ることで成り立っている土地。野菜づくりは母ちゃんの担当って感じ。何往復かして、佇まいを拝見し、ここは良さそうだとか窯元の目星をつける。飲食店のメニューに大分ならではのごぼ天うどんがあるのを確認する。各窯元の奥様や母ちゃんが器を並べている。野菜や柚子胡椒も並べている。しばらくすると、あちこちから、あの音が聞こえだした。土を搗く音。



ほんとにこれでいいのか、という原始的な搗き方だ。川の水を、ちょっと上流から通している。通すのは、木を凹型にくり抜いた、オープンエアーな水道管である。そんで水が鹿威しのように流れて溜まり、天秤だかブランコだかが傾きを変えるように水が溜まったほうを下にして、搗く方が上がる。で、水が再び川に流れ落ちて戻ったら、搗く方が土を搗く。だいたい1分で1回くらい。各窯元それぞれが、自分の土搗きスペースを持っており、それらがすべてこのシステムなのだ。



各窯元は、川沿いに土搗き場(正式名称不明)、その隣に土置場、その隣に登り窯、その隣にろくろなどのある仕事場、その隣にできあがった器を並べる売り場、その奥に住まい、という配置になっている。機能的とかそんなじゃなくて、そうするしかないからそうなっている。足腰が鍛えられそうである。農家ではないので、土間や三和土はない。馬に乗っていなかったので納屋もないし、蔵もない(私は民家マニアでもある)。建物は非常に質素。廉価なのだから価格を上げてブランド化するという全国の工芸産地がものすごく望んでいることが簡単にできそうなものだが、そうしないところにも好感を持つ。お金を稼いで建物を立派にしたりフェラーリを買ったり、というところが一軒もない。どこも、建物はトタン、クルマは軽トラである。



話は逸れるが、立派な工芸家は、立派な家に住み、立派なクルマに乗る。そうできるくらい利益を上げているからだ。だから立派なのだけれどね。だけど私は、そんなの立派だとはこれっぽっちも思わない。単なる成金、もしくは成金のどら息子。私は、徒にブランド化して価格を上げる(それを付加価値だと思っている工芸家の何と多いことか!)ようなことはせず、淡々と適切な価格でものづくりして、住まいやクルマはおんぼろ、という作り手を、とても立派だと思う。だって、弟子とって生産量を増やして、さらに単価を上げれば、売上を倍にすることなんて簡単なのに、それをしないのだ。それはなぜかというと、小鹿田焼の伝統を絶やさないためだ。一見逆のように思えるかもしれないが、そうなのだ。話を戻す。



私は一番乗りしたので、まだ各窯元が器を並べているところに図々しくも入り、ひとつひとつ手にし、仔細に眺めた。奥のほうで母ちゃんが糸尻にヤスリをあてて、つるつるにしたのを表に持ってきて並べる。訳あり品は100円からある。型に流し込んで大量生産する九谷焼が三百円で安いとかいうのがアホみたいな価格だ。とはいうものの、さすがに100円のものは高台にヒビが入っていたり、空気を含んでつぶつぶがあったりして、観賞する物ではなく使う物だと思っている私としては耐久性に疑問があるものは100円でも不要なわけで、全部ひっくり返してチェックして使えるものは全て購入した。一番乗りだからこそできるわけであり、これが目的で一番乗りしたのだ。古本で言う「セドリ」みたいな奴の手に渡すわけにはいかない。



そんなこんなで最初に訳あり品を全てチェックし、一旦クルマに戻って購入した器を詰め込み、また里へ、というのをたぶん10往復以上繰り返した。廉価なものだから「せっかく来たのだからついでにこれも買っとこ」ってのが延々と続くのだ。渦巻き模様で催眠術にかかったかの如く、シュルレアリスムの自動書記の如く、購入してクルマに積んで、を繰り返した。でまあそろそろまともなものをひとつふたつ記念に購入しようと頭を切り換え、ネットショップだと数千円しちゃう大皿や鉢などをこれまた各窯元ごとに吟味したのだけれど、だいたいどこも飛び鉋の渦巻き模様なので「これだったらさっきのとこのやつがいいな、値段も変わらないし……あれっ、で、どこだったっけ」という事態が多発である。

とはいうものの、見慣れてくると、飛び鉋による渦巻き模様というのは同じでも、各窯元それぞれに差異があることは判ってくる。いかにも民芸という趣きのもの。高台や縁なども考慮されている綺麗なもの。歪ませたくないだろうけど歪んじゃってるもの。歪んでもかまわないと思って作って歪んだもの。白地に焦げ茶の飛び鉋が少ないところ。空気を含んだぶつぶつや歪みのあるものばかりなところ。などなど。私は黒木窯(黒木という姓の窯元が複数あるが、ここで特定するのはやめときます)の端正な作りが好みでした。民芸だから端正な作りでなくていい、ってのはオリエンタリズムと同じ構図。それはおまえがそうしたいだけだったんでしょ柳さん、って感じである。大皿と鉢と茶碗を隅々まで検討して選んで購入した。いちばん高価なもので大皿の3000円である。こんなの漆器で作ろうとしたら5万円になってしまう。

他にも、自分が使うものだけを購入した。使わないものは買わない。
でも、おみやげとしていくつか買ったけどね。
何度も言うけど、地元の素材で、土を搗くのは水力で、まさに手作りで、数百円なんだし。


いちばん高価で三千円。いちばん廉価で百円。

博多で一泊し、下関のや備前の刀剣なども観たかったけれど、まっすぐ帰宅。アホみたいに眠って起きて、購入したものを朝の光で再度チェックし、ひとつひとつ高台の糸尻をサンドペーパーでつるつるに磨く。そうしとかないと漆塗りのお盆に載せたら傷がつく。黒木窯の飯茶碗は高台を面取りしてあるので、エッジが丸くならないようにまっすぐ研ぐ。画像には載っていないが箱に入れて包んでもらったものもあり(包装代は100円)、全部で48点購入。そのうち半分は、おみやげまたはお代をいただくもの。「何でもいいよ、まかせるよ」とだけ言われ、予算も特に決まっていない買い出しというのは誠に難しい。でも気に入っていただけたようで私もうれしい。



デザインをみると、小鹿田焼は、ぼってりとしている。言い換えれば鈍重。重心が低い。これはなぜかというと、近くで採れる土が陶磁器の土としてはあまり強くないため、できるだけ割れにくい形状にしてきた結果、そうなったというわけだ。このことひとつとっても、そんな陶芸産地が他にあるだろうか。あるかもしれないね。そして、飛び鉋の模様ってのは、要は彫っているわけで、全体は分厚い。この二点が相まって、とても落ち着いた佇まいを醸す。それでいて、白と焦げ茶が何とも現代である。モダンという言葉は百年前のものなので、これはモダンではない。小鹿田焼は、いまの暮らしにすんなり溶け込む。洋風(決して西洋そのものではなく、あくまでも「ふう」)の生活スタイルと家具になった今の暮らしに、伝統工芸と言われる陶磁器よりも溶け込む。


三つ組み入れ子椀(のふたつ)と合わせ、一汁一菜。

小鹿田焼は近年ブームだそうだ。実は私、各窯元で器をひっくり返してひとつひとつじっくり見て、他の窯元へ行き、またさっきの窯元へ戻り、なんてことをやっていて、大分朝日放送の人に目をつけられ、取材を受けた。黒木窯で鉢をひっくり返していじっていた時である。私はメディアに顔が出るのを極度に嫌うため、ある方法をもって、絶対にテレビで流せないようにしつつ、そうとは思わせぬようにしれっと取材を受け、それどころか十分以上も一方的に喋った。後で映像をチェックしたときのカメラマンとディレクターの失望っぷりを思うとほんとうに申し訳ない。私の長い話の途中でテープを替えていたからデジカムではなくテープなわけで、無駄にしてしまいこの場でお詫び申し上げる。という蛇足話はそこそこに、テレビの人に聞いて初めて、私は小鹿田焼がブームになっていることを知った。しかしながら、バーナード・リーチが滞在したのは半世紀以上も前のこと。なぜ今バーナード・リーチの名前によってブームが来ているのか、まったく私には解らない。



唯一ある飲食店で、デジカメのバッテリーを充電させていただきつつ、ごぼ天うどん。丼はもちろんのこと、箸立や柚子胡椒入れなどぜんぶ小鹿田焼。産地だからこそできることなのだけれど、実際やっている産地は驚くほど少ない。山中の旅館や飲食店に、ほんものの山中漆器と九谷焼しか使っていないところがあるだろうか。でまあひとしきり感心したのだけれど、それで私がまんまと丼も購入するかというとそんなことはなく、既に丼は自分の漆器もあるし信楽や志野を持っているので、買わない。飲食店の前では立派な鮎を炭火で焼いていて、なんでこんな大きな鮎がこの時期に、と思ったけれどここは九州なのだと思い直した。


特にお気に入りの器たち。

そんなこんなで朝7時に乗り込んだ小鹿田の里に13時まで居座ってしまった。何度も言うけど安いから際限がないのだ。おまけにビニール袋に入った、何の気取りもない、しかしながら緑が非常に濃い、柚子胡椒を100円で購入した。しかも、今現在も私は「徳利と蕎麦猪口と箸置も買っとけばよかったなあ」なんて思っているのだ。徳利1000円、蕎麦猪口600円、箸置200円。どこの窯元かも覚えている。買っとけよ、って話である。だいたい集落というか窯元の配置を覚えたところで、きりがないのでそろそろ去らねば、と判断した。帰りは筑後川の流れに乗って(日田市は大分県だけれど筑後川沿い)久留米方面に下り、田主丸(現在は久留米市)にある若竹屋酒造場へ立ち寄り、いまでは日本でここだけでしか造っていない練酒(いわゆる日本酒は「清酒」であり、日本酒は他にもある/あったのです)を購入し、太宰府で頭が良くなるようお願いし、博多へと向かったのでした。博多に泊まった翌日は、宗像神社でもお参りしました。こんどはお祭りではない、ふつうの日に訪ねます。「来年また来ます」と窯元の奥様方をはじめ鮎を焼いていたおっさんにまで言ったので、来年また行きます。



とてもとてもすてきな産地だった。経産省は、伝統的工芸品に指定など絶対にしたいでいただきたい。プロデューサーやデザイナーなどは仕事(自分の金儲け)を忘れて訪ねなさい。バイヤーは何も仕入れず自分用のだけ購入しなさい。引っかき回して疲弊して駄目になるのが落ちである。というか小鹿田焼は、そうした短絡的で即物的でとりあえず自分がお金持ちになりたいとかいった動機による産業化やブランド化には背を向けているから、たぶん100年後も同じ感じだろう(一方、山中漆器や九谷焼は100年後にどうなっているでしょうね)。経産省にしろプロデューサーにしろデザイナーにしろ、工芸の世界に擦り寄ってくる輩を跳ね返す、静かで揺るぎないものを持っている、という印象。それこそが伝統だと思うんだけどね私は。



ほとんどの陶磁器や漆器には、裏側に名前が入っている。名前を入れるのがブランドだと思っている時代遅ればかりなのだ。私は、とても珍しいことなのだけれど、入れない。それはなぜか説明すると長くなるので省くが、人として入れないほうがまともである。小鹿田焼にも入っていない。私が購入した小鹿田焼の器たちは、私の器なのだ。

若竹屋酒造場で、石川県から小鹿田焼の里へ来たことを伝えると、飛び鉋の模様は、水をはるととても綺麗だということを教えていただいた。ということは、お酒にも合うだろうなあ、ぐい吞みを買ってくれば良かったかなあ、とかまた思いはじめてしまった。茶道の世界における「景色」とはまた別の、陶器の美しさや映え方がある。っていうか、茶道の景色が全てで絶対的なものではない。それはあくまでも、たくさんある美の基準や条件のひとつに過ぎない。


山中漆器は、日本最大の漆器産地だ。
それはつまりどういうことかっていうと、産業である。

「伝統工芸の活性化を」とか「もっと良さを知ってもらわないと」とか「このままでは伝統が途絶えてしまう」とか「国や行政はもっと伝統工芸を守れ」とか、産地の中の人も壊れたレコードの如く言っているし、プロデューサーだかデザイナーだかマーケターだか知らぬが横文字職業の輩などもそんなことを言って寄ってくる。でもそんなの間違い、ってことに、小鹿田焼の里を訪ねると気づく。

資本主義で自由経済であるとされている日本では、工芸がどうなろうとも自由である。山中漆器のように、プラスチックにウレタン塗装したものや中国の工場を大量生産してとにかく拡大していく、というのももちろん自由だ。ただこれは、売上至上主義、まさに前世代の考え方である。拡大路線を突き進んできた結果、肥大化してしまい、肥大化した体制を維持するだけで大変という具合。どこの産地も疲弊している。デブになったから。で、このままではまずいから補助金くれよ、という流れ。

見方を変えれば、勝手な話ですよね。

これまでに何度も私は「補助金などいらない、その手のものは全部廃止したほうがいい」と発言しています。「伝統工芸」を「守る」なら、補助金など遣わないほうが良いのです。事業者ひとりの生活が潤ったところで、そもそもその事業者が作り出しているものは絶やしてならぬ後世に伝えるべきものなのか、という点において精査しなければなりません。で、伝統工芸の中の人で「伝統工芸なんだから補助金を!」と言ってる輩ってのは、結局のところ「伝統工芸」であることしかアイデンティティがないのです。なぜなら「伝統的工芸品山中漆器」という言葉を取り除いてしまったら、作っているものって要はプラスチックの食器なのですから。良くても下地にポリサイトサーフェーサーを使ったりしていて、品質の向上を追求するどころか悪くなる一方、ってのがほとんど。それを「コスト削減」の「努力」だと思っているんですぞ著名な工芸産地ってのは。

「伝統工芸」という大義名分を振りかざすのは「楽にお金を儲けたい」というのが本音なのです。

まっとうな仕事をしている人は、補助金くれなんてわざわざ言わない。

伝統とか私はどうでもいいと思っている。山中漆器なんて全然問題ない。漆器と陶磁器恵まれている。なぜなら、まだ日本人の生活に根づいているから。すべてが西洋化した私たちの生活で使わなくなったものは、他にたくさんある。伝統とか職人技術とか言うなら、そういった、今この瞬間にも消え去っているジャンルに手をさしのべるほうが良い。

経済産業省指定の伝統的工芸品でないと、守られることがない。イベントや展示会もない。そういう工芸品があることすら余り知られていない。つまり、巷で伝統工芸伝統工芸騒いでるのは、経産省に保護されている「伝統的工芸品」の中の人たちであり、指定されていない工芸は声を上げることすらないのだ。そして、漆器や陶磁器を見ればお判りの通り、伝統的工芸品として名前が知られているものほど、実際に作っているものは昔ながらのものとは全く違う化学物質と機械化によって量産されたものだ。そんな紛い物を保護することが「伝統を絶やさぬ」ことなのだろうか、というのが私にとって大きな疑問なわけです。だから補助金なんていらんよ。自治体や団体や国の縄張り争いや予算確保のターゲットにするのは、伝統的工芸品ではない工芸品であるべきです。

あと、伝統を絶やさぬようにとか言うなら、産業としての視点とは離して考えるべきだとも思いますよ。補助金を遣って富田一彦がデザインしたプラスチックとウレタン樹脂の「食器」を「山中漆器」として欧米に発信するのは、大間違い。そんな代物が売れても、何ら伝統技術の継承にはならないですよね。こういう事象が、全国の「伝統的工芸品」で毎年行われているのです。私は年間2000円払って、漆の木を育てる事業に参加している。まともなものを絶やさぬようにするには、自腹を切らなければならない。それが日本の伝統工芸業界の実態。漆の木を栽培することなぞ、伝統的工芸品の世界の人や経産省や各種団体からすれば「そういうのはいいから、もっと新しいものを作って産地のブランド価値を高めて市場に出さないと」とかいう思考回路なのです。それがプラスチックとウレタン樹脂の食器なのだ。補助金によって工芸が駄目になっていく、という意味がお解りかと思います。

日本中にたくさんある、いわゆる伝統工芸。
小鹿田焼のような営みにできなかったのか。

小鹿田焼は、陶磁器として経産省の伝統的工芸品には指定されていない。
でも、産地全体が、文化庁の重要無形文化財に認定されている。
経済か、文化か。この違いは決定的である。

もちろん小鹿田焼組合みたいなところのサイトもないし、各窯元もサイトがない。
これは、なかなかできないことだ。


おまけ;
ブームってことなのでグーグル先生がどれだけ見つけるか検索してみた。

小鹿田焼の検索結果:57,700件
小石原焼の検索結果:76,300件
砥部焼の検索結果:96,900件
唐津焼の検索結果:108,000件
笠間焼の検索結果:113,000件
香春焼の検索結果:168,000件
珠洲焼の検索結果:171,000件
常滑焼の検索結果:189,000件
丹波焼の検索結果:238,000件
切込焼の検索結果:252,000件
清水焼の検索結果:259,000件
伊賀焼の検索結果:275,000件
益子焼の検索結果:316,000件
瀬戸焼の検索結果:323,000件
出石焼の検索結果:353,000件
湖南焼の検索結果:377.000件
京焼の検索結果:420,000件
石見焼の検索結果:478,000件
台ヶ森の検索結果:538,000件
九谷焼の検索結果:575,000件
備前焼の検索結果:952,000件
萩焼の検索結果:1,570,000件
津軽焼の検索結果:1,690,000件
上野焼の検索結果:1,780,000件
信楽焼の検索結果:1,960,000件
美濃焼の検索結果:2,280,000件
越前焼の検索結果:2,360,000件
小代焼の検索結果:3,870,000件
有田焼の検索結果:4,640,000件

検索結果数がすべてじゃないけど、ほんとにブームなのかなぁ。
というかブームなど来なくていいよね。
廃れないために、拡大せず10の窯元で続けてきたんだから。


あ、そうそう、小鹿田焼は、年に6回か7回しか焼成しないよ。
だからネットショップは品切れが多いし、値段を上げても売れるってわけ。
「商品は常に品薄にしておけ」ってアンディ・ウォホールの言葉を思い出すね。



さっそく、900円のカップでカプチーノをいただきました。

おしまい。
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