えんぴつ



えんぴつ。これで42本あります。
いちばん短いのは、長さ6ミリ。
私はエコという言葉を使いません。なぜならそれはビジネスの言葉、バズワードだからです。それを大義名分にして自分が儲けようとしているだけです。ISOにしても。どんなにご立派な人であっても。エコと言ってモノを売ってる人や企業が、ものをどれだけ大切にして丁寧に暮らしているか。

真逆なんです。

エコとかロハスとかサスティナブルとかそのへんの横文字言葉を使う人のことは、あまり信頼できません。もちろん、エコって言葉を多用する人でも私と同じくらい鉛筆ひとつをとっても使い切っているならば、その人のことは信頼できます。エコエコ言わない人と同じくらい、信頼できます。ちなみにロハスは登録商標でしたが、さすがに批判が多かったのか、出版社も商社も広告会社も坂本龍一も取り下げたようです。

セールスの戦略として謳っておいて本人の生活はそうではないのと、いちいちそういうことを表立って言わないけれど実生活においてものを大事に使うというのは正反対に違います。全然違います。桜美林と本味醂くらい違います。また、しょっちゅう「木を大事にしろ」とか言ってる職人や作家も、それは自分の商いのために言っていることが殆どで、実生活もそんな感じな方とはまだ巡りあったことがありません。むしろ、ものを馬鹿にしているような扱い、使い方に映ります。それだけ自分が作るものを特別扱いしたいのでしょうかね。謎です。能登に、私よりもっとすごい人がひとりいるんですけどね。その人のことは、またいずれ。

ニンゲンがお金を出して何を買ってるかというと、言ってしまえばゴミなんです。人がいつか必ず死ぬように、モノはいつか必ずゴミとなります。日本が組み込まれている社会は、経済社会でも情報社会(いまだに高度情報化社会とか言ってる昭和時代の人がいたりするね)でもなく、消費社会です。ジャン・ボードリヤールが言っているように。経済ではなく、どんどん消費しろ、そしたらみんな幸せだ、エコという記号を付加したものを選ぶあなたはエコだ、どんどん消費しなさい、って次第。そうなると、あまのじゃくな私は、ならば、なるべく産廃を少なく、という暮らしをしようと思っちゃうわけです。

えんぴつを極限まで小さくなるまで使うのも、木が育った年月と同じくらい使わないといけないと思うし、ゴミを少なくとも思うし、というわけです。そして単純に楽しい。鉛筆を削るのに比べたら、料理の包丁さばきなんて簡単ですよ。でもそろそろ、ナイフでは限界が近づいてきている予感がしていて、ヤスリで削るほうがいいかなと思ったりもしています。

鉛筆をここまで使うのが貧乏くさいとかしみったれてるとか感じる人は、残念ながらエコビジネスの罠にどっぷりと嵌っています。どうぞ、すてきなエコバッグを行列ついて金で買い、木と漆でできたとか言ってるプレーンでユニバーサルなデザインの漆器を買い、クルマで排気ガスを撒き散らしながらキャンドルナイトのイベントへお出かけください。ほーら、エコですねー。

一方私は、テレビも洗濯機も掃除機も持っておりません。
「エコ家電」なんてのは、エコでもなんでもないですよね。


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