小千谷縮の洋服



金沢にある布団の石田屋犀川店ギャラリーtokoでは、六本木にスタジオを構えるテキスタイルの魔術師NUNOが、小千谷縮を使って服などを作った展示会を開催中。
雪深い新潟の山間部では、古くから麻が栽培されていた。小千谷縮と越後上布は、そんな土地で作られてきた。後に会津産の苧麻が使われるようになった。そうして、技術が確立継承され、産地として成立するようになった。素材を栽培することが産地の条件ではない。その土地でモノを作ることに意義があると私は考えている。求められるのは、気候と、技術だ。これは漆器も同じ。木や漆を育てている土地だけが漆器産地として成立できる、わけではない。素材の供給する土地は、素材の供給に専念するのが筋だとすら私は考えている。



それはともかく、土地の風土と切り離せないからこそ、小千谷縮と越後上布はユネスコ無形文化遺産に登録された。日本で登録されているのは21だけしかない。それでも国別でみると多いほうなんだけれど。おまけに私が2年ほど前に訪れた丹後の生地職人の仕事っぷりのほうが文化遺産的であり土方巽的だった。蔓を割いて茹でて干して蒸して割いて紡いで、糸にして、織る。そのへんの植物で染めた色もすばらしい。しかしそれはあまりにも小規模で、無名で、欧米人の理解を超えるものなのだろう。小千谷縮くらいの知名度や規模が、ちょうど良いのかもしれない。



NUNOは、テキスタイルを作っているところ。作っているというか、それはもはや「発明」って言葉が適切なくらい。布地がニューヨーク近代美術館をはじめとした世界の美術館においてパーマネントコレクションになっているんです。布地がですよ。で、そんなNUNOに布を提供したのは、西脇商店。創業240年という老舗で小千谷縮問屋の代表格、田舎の豪商。いわゆる「越後のちりめん問屋」といえば西脇商店のことである。

糸を紡いで、織る。っていうテキスタイルの定石を飛び越えたNUNOの布は、クリエイティビティを刺激されます。金属の錆を写し取ったり、クルマのドアに施されるメッキの技法を応用したり、楮や三椏などをそのままベルベットに接着したり、オーガンジーを織る途中で1回1回機械を停めて鳥の羽を入れたり。アイデアのアプローチが他のいわゆる布地屋さんとは全然違います。みうらじゅんとジュラルミンくらい違います。

ふだんNUNOが生み出す布は、化学繊維が使われている(ことが多い)。自然素材を愛する人じゃなかったの、という声も聞こえてきそうです。しかしそこは私、ちゃんと説明できます。「天然素材を使って手作りしています!」と謳う作り手は多いです。あほみたいにたくさんいます。当然、その中にはすばらしいものがあり、ゴミもあります。たとえば加賀市には紡いで染めて織ってる某姉妹がいます。でも、紡ぎも染めも織りも、それで作ったポーチなども、酷い代物です。それでいながら、草木染めで手作りってだけで、クラフト展などに出ています。

そういう代物を、私は最も嫌悪しています。

その手の作り手は大抵エコとか健康とか言ってるわけですが、作らないほうが、エコです。創造力も技術もないために、アピールできるポイントが「天然素材で手作り」しかないのです。そんなの、素人でもできます。言ってしまえば、質を問わないのであれば、昔ながらの天然素材を使ってものづくりするのが、いちばん簡単なのです。そこさえアピールしとけば発想や技術を問われることもないし、なんといっても頭を使わなくていいですからね。

多くの化学製品は、天然素材を真似して追いつこうとしてきた過程が、そのまま歴史として成り立ちます。ある側面においては。どれだけ化繊が開発されようと、メリノウールの靴下が優れているという事実は、現在も変わることがありません。なので「天然素材で作っている」というだけで優位になっちゃうから、そのカテゴリの中での精査がなされていないってことにも繋がっています。

しかし、NUNOの布は、天然素材に追いつこうなんてしていません。むしろ、そういうのを真っ向否定しているようにも映ります。NUNOの布は工業製品です。でも、小ロットです。それはなぜかっていうと、手段が化学で工業ってだけの話だからです。化学でなければ具現化できないことをやっているのです。その布ができあがるまでの、そもそもの発想や、機械や、化学分野における知識や技術などは、単に天然素材でものづくりしているってだけの人と比べれば、そんなの比べることがNUNOに対して申し訳ないくらい天と地ってことは明らかなわけです。

NUNOの須藤さんは、こういうことも言っています。「洋服は自由に組み合わせることができるようになってきているけれど、空間やインテリアになるとまだまだルールがあると思いこんじゃっている。カーテンだと2枚ひだ、3枚ひだとリッチに布を寄せようとするけれど、表情のある布はそのままでも機能や効果を果たしてくれる」と。そういうクリエイションをしている人を、私はとてもとても尊敬します。

「天然素材で、ひとつひとつ手作りだから」と、不揃いにしか作れないのを恰も価値があるかのように言っちゃうような人のことは、何個作っても同一という職人技術すら持ち合わせていない人の言い訳として「ふーん」と流しています。



というのがあった上で、既にできあがった天然素材の布地を与えられ、NUNOはどういったものを作るのか。とても楽しみな展示会というわけだったのです。でもやっぱり布地としての小千谷縮に私の興味は引っ張られっぱなしでございます。服はパターンと縫製だ、と考えているっていうのもあるんだけどね。織りを眺めてるだけで、あっという間に時間が経っています。とにかく美しい。そして立体感ある織りで、麻なのだから、とてもとても気持ちよい。バイアス使いしたレイヤーの巻きスカートなんかがあれば買ってたに違いない。



蛇足ながら、織りといえば石川県の加賀に、かつて絽がありました。今もあるのかどうかは知らない。絽は、何とびっくり平安時代から加賀で作られていて、大聖寺藩の名産品となった。いわゆる加賀絹。その流れで、繊維産業が盛んで、いまでは織機製造も盛ん。いろんなところの織物(今治タオルなども)は、加賀で製造された織機で作られています。それくらい、産地と呼ばれるには技術が重要な条件なのです。


NUNO
羽毛布団なら布団の石田屋:NUNO×小千谷縮のお知らせ
きのうの経世済民:西脇商店
そだて:西脇商店 西脇聖

文化遺産オンライン:小千谷縮・越後上布
Wikipedia日本版:無形文化遺産
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