Vladimir Nabokov / The Original of Laura (邦訳はナボコフ「ローラのオリジナル」)



新刊と呼ぶには月日が経ってしまいました。
読むのに時間がかかったためです。
ナボコフが生前に書き留めていた、未完の小説。
未完成のまま刊行。
これはすばらしい出版物です。

生前のナブコは夫人に破毀を命じていたそうだ。このようなメモ書きではどうすることもできないし、ただ繋げればいいてもんでもない。チェスのように、蝶の標本を扱うように、ナボーコフは言葉を吟味し、配置した。メモ書きは、小説となるまでには何段階も必要な、プロセスの最初の最初だ。そんなのを出版されても困るので、破棄を命じたナボコフは正しい。でも、こうして刊行されると、やっぱりうれしい。

英語に不安があったので日本語訳が出るのを待とうかとも思ったのだけれど、若島正が関わっていることを知り、また独りよがりの憶測や基本的な誤訳とその正当化などがふんだんに詰まった代物だったらいやだなあと、ぼんやり思っていた。不安だった通りに、若島正が「ナボコフが思い描いていたローラのオリジナルはこうだったのではないか」という感じで日本語訳をまとめたということは、後で知った。



メモ書きを書籍として出版するには、どのような形態が最善か。メモ書きのまま出版するのが最善だ。そこから「作者」がどうしていくかなど、誰にも判らない。一冊の、頭から読んでいく「小説」ではないのだから、そのままがいい。できれば切り離してしまってメモの束にしちゃったほうがいい。英語原典は、メモとして切り離すことができる。

なので私は英語原典版を選んだ。



各ページの上に、切り離すことができる手書きメモ。下に、その活字文。そりゃまあやっぱり最初は活字文を読む。で、そのあとナボーコフの筆致をたどる。書き直してある箇所もそのままだ。でも、だからといってこれが完成形でもないだろうし、まだまだ書き直したであろうことは容易に判る。ばらばらに頭の中へ入っていく断片たち。それは決してそれらに順番をつけて読んでいけばいいというものではない。ましてや加筆訂正などできるはずもない。なので、私の頭の中で、ばらばらに存在したままだ。それが、この書籍なのだから、それでいい。

もったいないなどと思わずに、切り離してしまえばいい。
そうしてほしいからこそ、ミシン目がついているのだから。




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Amazon.co.jp:ナボコフ「ローラのオリジナル」
Wikipedia日本版:ウラジミール・ナボコフ
日本ナボコフ協会

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