my bloody valentine mbv



大好きな大好きなラブレスから21年ぶりの新譜。
でも待ちくたびれたという感じは全くしませんでした。
なぜなら、もうマイブラの新譜は出ないと思っていたからです。
 


マイ・ブラッディ・ヴァレンタインについては、この記事で燃え尽きました。
おひまな方はお読みください。

モノラルで、エフェクトを使わず、それでいて/だからこそ深淵を現出してくれたギターノイズマエストロ、ケヴィン・シールズ。ラブレスのようなアルバムを出したことが奇跡的。もう充分だと思っていた。そして「○○年ぶりのニューアルバム!」という謳い文句で出てくる物のほとんどが、過去の自分すら超えていない代物だったりすることに付き合うのもいい加減疲れてきている。再結成ツアーをするミュージシャンのほとんどが、昔とったきねづかで回収しているに過ぎない。なんだかんだいって新譜が届いてからもラブレスを聴いてしまうのだけれど、それでも「おかえり」と言いたくなる。

中盤から後半が、この中では良い。
静かな曲が、とっても美しい。
些か電子音が邪魔だけれども。



轟音ノイズによってサイケデリックを創出していたスペースメン3が最後に静かな彼岸のサイケを生み出したように、キング・クリムゾンのイデオロギー担当だったピート・シンフィールドがクリムゾン脱退後に出したソロアルバムが天上の世界を描いたように、サイケデリアへ行き着いた人は、あちら側の静かな世界に佇む。このマイブラの新譜がそうした世界へ行っているかというとそういうわけではない。あまり深く作業してないんじゃないかとすら勘ぐってしまう出来だ。でもケヴィンが生きた人間であることをこれほどまでに伝えてくれる音楽もない。

だから「おかえり」というわけだ。

ラブレスが奇跡の名作であることは変わらない。
過去の栄光までが曇ってしまう晩年を歩む人も多い。
少なくともケヴィンは、そういったことは一切ない。

駄作だろうが拡大再生産だろうが劣化コピーだろうが、どんどん出せばいい。良いと思わなければ買わないだけだ。この新譜「mbv」も、発表当日にYoutubeに全曲アップされていて、その上で私はCDとアナログの両方を購入した。ただ、私の中でケヴィン・シールズは、ラブレス1作を世に送り出したというひとつの事実だけで、もう何をしようが揺るぎない地位にいる。ずっと。

my bloody valentine:公式サイト
Wikipedia日本版:マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン
Amazon.co.jp:mbv


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