京都 柊家旅館



しばしば「自分の家にいるようにくつろげる」といった文章を目にすることがあります。じゃあ高いお金を払わなくても自分ちにいればいいんじゃないの、と一瞬思ったりします。非日常を味わうために来てるのに、日常と変わらないんだったら無意味になりかねません。もちろん旅には時間的/距離的な「遠さ」があって初めて旅している気分になるという要素もあります。日常と変わらぬくつろぎや安心感を得るのが良いのか、日常とは異なる豪華さやワイルドさを求めるのが良いのか。

そりゃまあ人によるし場合にもよりますね。
また当たり前の話から入ってしまいました。

京都の柊家旅館で、ふつうに一泊二食を体験してきました。
 

※画像は長い長い文章の後にまとめてあります。

柊家の存在を知ったのは大学生のとき。当時はバブルのピークで、ホイチョイ・プロダクションが出した書籍に京都の御三家について書かれていた。本のタイトルは、あれから20年経っても恥ずかしさを保っている奇跡のようなタイトルで、そんなものを読んだとは到底人に言えない代物なので私も言わない。それはともかく、爾来、私の頭の片隅には「俵屋、柊家、炭屋」と何かの呪文のように宿の名前が居座り続けた。社会人となった私は、それなりに一時期はアマンリゾートのジャンキーになり、国内でも強羅花壇海石榴など「高級旅館」といえば必ず名前の挙がる宿にもだいたい泊まった。帰郷してからは反動で野生児となり、北アルプスを徒歩1泊2日かけないと辿り着けない温泉(の山小屋)などへ足を運ぶようになった。

私は、極端である。

2005年秋、柊家の新館を設計しているという建築家と知己になった。トイレや浴室が漆塗りで、床の間の床板は黒塗りで玉虫を貼った、単なる豪奢ではなく、ほんとうに手のかかる仕事でできた、そして維持するのも手のかかる建物を設計した、とのこと。中目黒の居酒屋で酒を飲んだり、建築家が加賀や金沢へ来たり、交流が始まった。床柱に使った肥松の端材を預かり、盃を作った。その記事はこちら。盃は宿の社長に、建築家からお贈りした。そして新館が完成する直前に、建築家に建物を案内いただいた。その記事はこちら

私は「落ち着く」ことがなく、常に「かりそめ」の感覚を持ちながら生活している。帰郷するまでは13年間で14回の引越し、帰郷してからは住居ですらなく倉庫だったスペースを強引に住まいとし、現在はそこも出て「ねぐら」と「アジト」のどちらも「仮」という始末。私の歳なら、死ぬまで暮らす場所に落ち着いていても全く不思議ではない。早い人ならローンも終わっているだろう。でも私は、いまだ私が理想とする環境を夢みて、いつかそれが叶うまでは、ぶっちゃけ何でもいい、という感じで浮き足立って仮の暮らしをしている。

いつでもどこでもアウェイ感。

高級旅館と呼ばれるところは、高級だ。バブル以降、団体利用よりも個人利用に向け、露天風呂つきの個室だけのこじんまりとした宿が全国各地で多発した。敷地面積が広く、部屋数は少ない。一泊二食で5万円前後の宿。富裕層や子供のいない夫婦やカップルを狙え、というわけだ。アマンリゾートの真似をしてアジアンなデイベッドを露天風呂の横に置いたり、縁のない正方形の畳を敷いたり、その奥には低いベッドがあったり、という現在では見慣れた部屋が続々と生まれた。料理は創作懐石だかなんだかで、要は「どこどこ産の魚を、素材の良さを生かしたいのでグリエしました、味つけはシンプルにどこどこ産の塩とレモンです」と、料理人に調理の知識も腕もないことを自白しているかのような献立で、それでいながらなぜかドヤ顔をする、そんな宿が増えた。それらをセールスポイントだと宿としては思っているのだろうけど、こうして文章にしただけでだいたいの人がイメージできてしまうくらい凡庸なものなのだ。カラオケに行って、若い女の子が、受け狙いだかインパクト勝負だか飛び道具だか知らないが「天城越え」を歌うくらい、凡庸だ。

高級旅館と一流旅館は、違う。全然違う。
リアリズムとコアリズムくらい違う。

話がずいぶん逸れた。

2006年の春に宿の隅々まで案内いただいてから、いつか泊まろうと思っていた。御三家のうちひとつは既に宿泊済みだった私。そんな私が、話を聞けば聞くほど「柊家は違う」という思いを強くしていった。しかし何というか「かりそめ」の私は落ち着くことがなく、落ち着いてから体験したいと思っていたこともあり、なかなか叶わなかった。しかし、どうやら私は50歳になっても「落ち着く」ことがないだろうと最近ようやく自覚しはじめたので、繁忙期を外して訪れようかなと思い始めてもいた。落ち着かないまま、旅をすればいいじゃないか。建築家に連絡をとり、2006年にある部屋で私が「ここに泊まりたいなあ」とつぶやいたのを覚えていてくださっていて、スムースにその部屋をとってくれた。

京都は、一見さんお断りの街である。誤解を受けやすいのだが、それは決して上顧客に鮪の良い部分を出すとかいった意地悪なものではなく、よりお客のことを考えてのことだ。お客ひとりひとりに対して。どこの誰だか判らなければ「お・も・て・な・し」のしようもないからだ。ファストフードやファミレスなら画一的な接客で構わない。だが京都は、そんなわけにはいかない。どこの誰で、どんな好みか、濃い味が好きか薄味が好きか、苦手な食べ物は、枕の高さは、早起きかお寝坊さんか、といった私ですら思いつくことのできるレベルのあれこれから、それが京都の真髄だという「判らないけれど確実に考慮されている色んなこと」まで、たくさんのことを宿側が知っておかないと、そのお客が最高の気分で宿での時間を過ごせないからだ。食べ物ひとつとっても、料理人は、今日泊まるお客の顔を思い浮かべながら市場で食材を吟味する。お客の数だけ、良いものを揃えようとする。良い松茸が人数分揃わないとき、ひとりのお客が松茸より舞茸を好きと判っていれば、何も問題なく仕入れが終わる。器は、どの部屋が良いか、寝具は、室礼は、花は、軸は。考慮することは沢山ある。単に常連になって常連づらをする、というのは、違う。

私が訪れた日は、京都の桂川が溢れた翌日で、台風の豪雨に当たらず私としてはラッキーだったのだけれど、京都の人は大変だった。ねぐらを出発し、高速を一旦降りて加賀でを購入し、再び高速へ。敦賀で降り(京都へ行くときは、いつもそう)、琵琶湖の西側を走る。とんでもない渋滞だった。チェックインしてから近くをぶらつこうかと思っていた私の目論見は見事に崩れた。夕食の時間ぎりぎりの到着となった。でも、お風呂と食事、どっちを先にするか選べるというのが、まずすごい。加賀温泉郷の旅館群も、それくらいなら見習えるのではないだろうか。

柊家に来たら、したかったこと。それは、2005年の秋に、肥松の端材で作った盃が、どのような経年変化をしているのか。この目で見てみたかった。肥松は、切ると、木目の濃いところに含まれている脂が、全体に広がる。そして長い年月を経ると、全体が鼈甲のような茶色の透明になる。100年以上前に建てられた建物を解体すると、そういうのが出てくる。どれくらいでどうなるのか、もちろん個体差はあるだろうが、あの盃が7年経ってどうなっているか、この目で確かめたかった。

結論を言うと、ほとんど変わっていなかった。私の思いなど軽くいなすかのように、7年くらいじゃ何も変わらないよ、もっと長いスパンで物事は変わるんだよ、と私の気負いを諭すかのように、盃はただそこにあった。


夕食は、京都に秋が訪れていることを堪能できる料理だった。器もオーセンティックなものから創作的なものもあり、様式美に凝り固まって抜け出せないところとは明確に一線を画していた。大変失礼とは存じながらも、現在日本で唯一若竹屋酒造場が造っている博多練酒を持ち込み、料理と一緒に味わった。

翌日は、人間国宝の木工家、中川清司の手による、湯豆腐マシン(熱源は、静かな静かな備長炭)で湯豆腐をいただきながら、旅館の朝食を味わい、おひつのごはんを一粒残らず食べてしまった。それから、チェックアウトの時刻を過ぎても、建築家に再び建物を案内いただいた。

前回案内いただいたときはまだ出来上がっていなかった床板を、ようやく拝見できた。木工家の中川清司が作った、杉をタイルのように組み合わせた床板。もともとの木の色で市松。裏は、ベニヤではなく、何と驚愕の、裏も同じ仕事をしている。そうしないと、長くもたないからだ。見えないところにまでそんなことをする、それが高級旅館ではなく一流旅館だ。そもそも高級旅館だったら、床板を人間国宝に作らせるなんてことはせず、有名デザイナーによる「床の間のようなもので何か新しいもの」を作ってしまうだろう。そしてそれは、この世で最も残酷である「時の流れ」に耐えられるわけもなく、あっという間に凡庸でダサいものになるだろう。一方、柊家の床板は、100年後にこそ風格を増しているだろう。

そういうのが、この宿にはたくさんある。浴室を漆塗りにすることは、誰でもできる。でもそれを維持するのは大変だ。柊家では、チェックアウトからチェックインの間、ずっと扇風機を浴室に運び込み、回している。全ての浴室に。経営的には、そんなの絶対ナシだ。その手間がなければ、スタッフをひとり減らせるかもしれない。でも、やる。漆塗りの浴室を美しく維持し、より美しくするために。そうした「丁寧さ」や「手間の増えっぷり」に、私はいたく感動する。丁寧に暮らすというのは、こういうことを言う。自分が快適になったり楽になったりするのは、丁寧とは言えない。「自分に丁寧に」というのも、大抵は「甘え」だったりする。

料理の食材がどこどこ産とか、言ってしまえばそんなの当たり前。ちゃんと毎朝市場で目を光らせればいいだけの話。そんなことをいちいち謳うってことは、裏を返せば「謳えることがそれしかないんです」と言っているようなものである。それよりも、湯豆腐の入っている鍋がーー何も知らなければ風呂桶みたいなものだーー人間国宝の手によるオリジナルであるとか、ロビーに掛かっている軸が横山大観とか、玉虫の貼られた床板がどれだけ手間のかかるものなのかとか、いろいろ謳えることはあるけれど一切そんなことをひけらかさない宿のほうが、どれだけ奥深いことか。そしてそれは同時に、お客も目が肥えていないと価値を何ら判らないということだ。これが、単なる高級旅館と一流旅館の違いのひとつ。

というのが、今回のブログ記事で書きたかったことのひとつ。

御三家の話に戻ると、俵屋と炭屋は「屋」で、柊家は「家」だ。これは単なる言葉遊びではなく、商売屋か家かの違いに直結する。何といっても名前なのだから。そこで冒頭の何だかよく解らない文に話は戻る。自分の家にいるのと同じようにくつろいでください、と言う宿は沢山ある。でも実際そんなことできない。何よりも、部屋と部屋を満たしている空気が違いすぎる。私のねぐらは量産型の鉄筋コンクリートで、壁紙も天井も石油からできている。もし同じような造りが「くつろげる」のであれば、壁も天井も石油でできた何かを貼った鉄筋コンクリートの狭いビジネスホテルのほうが、私のねぐらに近い。でも、それだとくつろげない。一体どういうことだろうか。話は急激に核心へと迫りますよ。広々としたリゾートホテルへ人は何故行くのか。ダイニングテーブルがいくつもあるスイートルームへ人は何故泊まるのか。それが日常の延長という人が、この世の中には存在するからです。庶民が「一生の記念」としてスイートルームに一泊したところで、いくつもあるダイニングテーブルの全てを使うことはできない。普段自宅でビリヤードをしない人にとっては(ほとんどの日本人がそうである)、部屋でビリヤードなんてのは非日常。高いお金を払うんだからと、部屋の全てを使い、調度品や備品もくまなく使おうとしても、一泊では不可能だ。そんな部屋は、ふだんから「昨日はあの部屋で食事したから、今日はこの部屋で食事」とかいった生活をしている人が「くつろげる」部屋なのだ。リゾートホテルはリゾートホテルなだけあって、非日常を楽しむ場所だ。だが、そこでもやはり、スイートルームのような日常生活を送っている人なら、広々としたリゾートの部屋が、最もくつろげる。広々としたシティホテルや旅館、リゾートホテルを「楽しむ」ことや、そこで「過ごす」ことは、一枚板の価値ではない。様々な位相で存在する。矛盾しているみたいだが、そうだ。

柊家には、舞妓や芸子を呼んで芸を楽しみながら酒と料理を楽しめる広い前室のある部屋がある。川端康成が愛した部屋は端正で広く、神社の空気のようだ。三島由紀夫が愛した部屋は華美すぎずに重厚さをたたえ、寺院のような空気。本館の部屋のほとんどには、女性が髪を結うスペースが、トイレや風呂の洗面とは別に、そうした水回りというより部屋の続きとして、ちゃんと用意されている。部屋の広さは様々だ。私は、泊まった部屋が最もくつろげると思っていたので、その部屋がよかった。そしてその通り、私はとてもとてもくつろげた。部屋の広さが自宅と違うから、自分の家のようにくつろぐことはできない、というのはあくまでも一側面に過ぎない。自分の家と宿の部屋は何が異なるのか。そんなのいっぱいある。そもそも私は執事も家政婦も料理人も庭師も雇っていない。ここから論旨破綻します。

死ぬまでに体験したい宿、とかいった括りが仮にあったとしても、柊家は間違いなく入るだろう。そのような宿を常用できるような人間に(今後も)なるとは思えないので、割と覚悟して訪れた。しかし訪れてみればそんな私の肩に入った力はすっと抜けた。これが一流旅館のおもてなしの凄味であり、奥深さだ。いわゆる高級旅館との比較ばかりになってしまうが、高級旅館だと、お客のほうが宿に感心して褒めたり話を合わせたりしなければならないことが多々ある。そういうのは、とても疲れる。かといって、宿の人が「この部屋はデザイナーの誰それさんがデザインした部屋でどうのこうの、ドヤッ」と言って、返事に「で?」とだけ返せるわけもなく「へぇー、そうなんですねー」といった間抜けな返ししかできず、というのも「へぇー、そうなんですねー」としか言えないからであり、そこで何か言葉を繋げる人こそ薄っぺらい「情報」でしか生きていない証左になりうるわけで、それがどういうことかというと、そこで「へえ、この壁紙は何ですか、産地はどこですか、どなたが漉いたんですか、楮ではなさそうですね、何だろう、どういう貼り方をしているんですか、糊は何を使ってますか」なんて突っ込んだことを尋ねても宿にとってはそれこそ困る事態に陥るであろうし、だからこそ私はそういうことをしがちで、それはそれでまた私も疲れるわけで、私に対する印象は嫌味で最悪なものになるだろうし、しかも尋ねたところでそれは特筆すべきことでもないことが殆どだったりして、とにかくそんなどうでもいいところで頭と時間を費やすのは不毛なので「高級旅館」には近づかないようにしている。

話は逸れるが、長野の鹿教湯温泉に三水館という宿がある。一泊二食で16000円だ。私はこの宿が大好きだ。太い木と土壁の建物は、とても落ち着く。敷き布団の下にウッドスプリングをセットした寝具もすばらしい。そのウッドスプリングは「ふとんエレメント」ってもので、9万円もするのだ。どれだけすばらしい敷き布団だろうが、ふとんエレメントを下に敷いた廉価な敷き布団のほうが、体に良い。そして何よりも、その辺で採れた野菜などを、たっぷりの出汁で調理した、薄味なのに味のある料理の数々がすばらしい。豪華な食材は使っていない。なので高いお金を取れないし取らない。加賀温泉郷の温泉旅館で、16000円でこれほどまで手の込んだ料理を出せるところはないだろう。たいていは、蟹や海老を自慢げに出して、豪華さでお金を取る。あるいはハッタリで。間違ってはいないが「良い温泉旅館の料理」の指針は、それだけではない。そんなこんなで16000円というのは破格だ。ホスピタリティという横文字はあまり好きではないのだけれど、ホスピタリティで見ても三水館は非常に優れている。そして建物も寝具も湯も料理も、この値段ではありえない質。高級旅館ではないが、とてもすばらしい旅館だ。

逆から考えてみると、歴史のない宿が名を上げるには「高級」にするしかない。それが最も判りやすい。京都にもそんな宿がいくつかある。果たしてそれらが何十年後かに一流旅館の仲間入りを果たしているか。あるいは、それら新しい旅館は、そんなところを目指していないのか。目指していないならば、どこを目指しているのか。やはり答えは、この世で最も残酷である「時の流れ」に委ねるしかないだろう。

工芸の世界では、今日もまた「新しいデザイン」の新商品が世に送り出されている。そうした新しいものが出れば出るほど、完成されたデザインの、つまり何の変哲もないデザインの器の成熟さや凄味といったものが、相対的に引き出されクローズアップされる。新しいデザインのうち、100年後も新しいデザインであることを保てているものは殆どないだろう。普段使いされているかも怪しい。もちろんそれらは、そうした「長く使えるもの」という古来から日本人が持ってきた美徳のひとつなどに価値を置かず、次々と買い替えさせて売上を伸ばすことが正義だと思っている作り手によって生まれているのかもしれない。いずれであっても、それはやっぱり「時の流れ」によって淘汰されていくものに過ぎない。

工芸品と宿、どちらが商品あるいはブランドとしての寿命が長いか。または、長くあるべきか。どっちも長いほうがいい、と私は考えている。なので、トリップアドバイザーや一休や楽天トラベルなどのレビューサイトで次々にレビューを書き込む方々の意見は全く参考にしていない。彼らの多くは、1回行っただけで全てを判ったような気になり、意識は既にまた別の宿のことでいっぱいだ。泊まった宿のコレクションをしているかのようだ。そのような接し方は、私とは異なる。どちらが正しいというわけではなく。

柊家の建物は、50年経ってもボロくなるどころか、さらに雰囲気を上げているだろう。多くの高級旅館やシティホテルは、20年も経てば改装しないと話にならない劣化を遂げる。それを考えれば、とんでもない建築費であろうが、50年100年も使え、年を経るごとに雰囲気を上げるならば、何と廉価な建物であろうか。ただし、それを維持し、雰囲気を上げるためには、スタッフに大変な労力を付加することにもなる。それが、宿を保つ覚悟のひとつである。そうしたものがあるかないか、という意識の差は大変に大きい。

一流旅館の「くつろぎ」は、決して広いプライベート空間でも、豪奢な建材や豪華な食材でも、有名デザイナーの手によるかっこいい室内でも、接客を履き違えた高飛車あるいは卑下した応対でも、生み出すことはできない。歴史と、歴史に裏打ちされたノウハウと、一流の世界でしか知ることのない知識と、まっとうな世界におけるオーセンティックな作法や礼儀が身についているか否かである。それらなくして、建物と食材にどれだけ金を注ぎ込もうとも、それは高級かもしれないが決して一流ではない。一流の宿では、どのような人でも、その人が最もくつろげる「アトモスフィア」を、生み出してくれる。そして、そのアトモスフィアを、建物や内装や調度品に頼るのではなく、人間が、作り出している。しかも、極めて自然に。仲の良い友人の住まいへ遊びに行ったときのように。田舎の漆器屋に対しても。

町家を改装して方泊まりの宿にしているようなところも古い街にはたくさんある、それはそれで素敵なことだし、私も利用しないわけではない。そこで体験する「誰かの家に来たみたい」というのは、まさしく誰かの家に来ているというそのものだ。調度品も、料理も、接客も。もちろんそれは「値段なり」のもので、駄目と言っているわけではない。極めて自然に人間が作り出す上質な雰囲気とは、完全に分けて考えないといけない、ということだ。

また、ただ歴史があればいいというわけでもない。老舗旅館が老舗であるということだけを売りにしていて中身は全然駄目というのは石川県の人間なら身をもって知っている。基本的に私は、旅館だけでなくあらゆるものを「いちばん古くからあるのでいちばん凄い」とは思わない人間だ。でもなぜか日本では「最古」や「最初」が偉く、それはモノやサービスだけでなく、かつてのテレビ番組「ねるとん紅鯨団」で「第一印象から決めていました」というのが効果的な台詞であったように、人間関係にまで及ぶ。第一印象から決めていようが、最後の最後に決めようが、それと「思いの強さ」や「思いの種類」は別の話である。

自分の家にいるかのようにくつろげるが、そこは自分の家ではない。同じ部屋であっても、ある人にとっては自分の家よりも貧相かもしれないし、ある人にとっては自分の家よりも立派かもしれない。最初のほうと話が違うとお思いかもしれないが、くつろげるか否かは、部屋の大きさや内装によるのではない。

そして、自分の家のようにくつろげる、という使い古された表現を自ら使うような宿は、自分に甘いか、手抜きを許してもらおうという態度が見え隠れしている。そういうところでは、自分の家以下になることは目に見えている。ほんとうに「くつろげる」宿(あるいは部屋)とは「自分の家よりもくつろげる」ものなのだ。そういう場所を作ることは、とてもとても難しい。

というのが、今回のブログ記事で書きたかったことの、ふたつめ。

柊家の建物は、全ての場所の素材や仕上げに、意味がある。

たとえばトイレ。
トイレは、居室より狭い。あたりまえだ。
なのでトイレでは、衣服が壁に触れる機会が居室より多い。
そのため、トイレの壁は、衣服が引っかからないよう、コテでとことん磨いてつるつるにされている。

たとえば廊下の窓。
よくあるサッシュの鍵は、障子にシルエットが映るとムードが台無しだ。
なので窓枠は、よくある鍵をつけずに、木の棒を組み替えて開閉できるものをひとつひとつ作る。
障子には余計な影が一切映らない。

デザイナーズ旅館のような、ただ単独で、それが凄い、というのとは、全く異なる。
これは、とても大変なことだ。

何を言っているか理解できるでしょうか。
書いてる私が理解できません。
これだけ長い文章をここまで読ませておいて酷い話ではございますが。

でも、泊まれば、うっすら理解できます。

楽天トラベルやじゃらんで予約できないところもすばらしい。そういうのは商売「屋」にまかせておけばいいし、そういうところから手軽に予約していっぱしの批評家を気取ってレビューするような人たちが訪れないというのが重要なのです。そういう客層がいないことこそ、落ち着いた人がくつろげるのですから。

大女将がとてもキュートで、つい私は「また会いに来ます」と口走ってしまった。
また会いに行きます。




到着したら、まずお茶。


黒いスナフキンの装備を脱いで縁側に。


肥松のぐいのみは、8年経っても変わらず。
木目の濃い部分が透けています。


晩御飯のはじまり。


鱧と松茸の土瓶蒸し。ベストな季節です。


いちばん気になったのは、椎茸。


ひとつひとつの料理を撮ってたらきりがないし興醒めなので、全部は撮ってません。


ぐじ。鱗をつけたまま揚げると、花が咲いたようになる。


晩御飯の合間にパチリと。
翌朝明るいとこで撮ろうと思っていて忘れてしまい、これしかありません。
中川清司による床板。床の間の中に隠れている裏面も同じようにしてある。


朝食の湯豆腐を温めるのは、中川清司の手によるオリジナル。
熱源は備長炭。すばらしい手仕事。



白いガラスを型に入れてから、曇りガラスを入れて作ったガラスの菓子器のようなもの。
とんでもない手間がかかっています。後ろに見える軸は横山大観。


本館の部屋。すばらしく落ち着いています。


二重ガラスということを判りにくくするために手間をかけた窓枠。


トイレ。壁は下が漆塗り、上はこてで磨きに磨いた磨き壁。


女性が髪を結うためのスペース。


大正っぽいお風呂も。天井は漆塗り。


日本の絨毯の名門、鍋島で織られた段通。柊の文様入り。


画像奥にある前室で舞妓や芸妓は芸を披露。


いちばん庭が広い部屋。奥行き10メートルくらい。


こちらも、髪を結うスペース。


書院や縁側など、ゆったりとした部屋。


新館の広間は、山に囲まれ中央に川の流れる京都をイメージ。


襖の枚数が多く、桟ばかりだとうるさくなるため、桟を片方なくして丸みをつけている。


三方が柱のない窓になっている広間(とその上階)を支える、敷地境界の壁。
雨で汚れが流れてついてくると見た目が悪くなるので、瓦を軒先のように。
これで流れは、広間で座っている位置からは殆ど目立たない。


唯一の、ベッドの部屋。曲線を多用。
壁は和紙の「ふくろ貼り」でさらに柔らかな印象。


曲線を多用した部屋は、外の天井部分も曲線。


広めの浴室。もちろん漆塗り。


お菓子屋さんのショーケースをイメージし、グルーミンググッズを収納。


玉虫を貼った床板。水が落ちて流れ、床の間の反対側にある水庭へ流れ込むイメージ。
そのため床の間の下部は曲線。サイクロイド曲線という凝りっぷり。


床柱のない、光の柱で床柱を生み出す部屋。
床板は漆塗り、光を受ける位置には金箔。


お客が出入りしないところも、手すりを竹で覆っている。


太陽の光が柊の形に透ける壁。窓の方向から流れ込む感じ。


鼓を模した、洗面の椅子。縁側へ持っていって、書き物。


いちばん、アールの大きい部屋。


とある部屋の床の間。細かな階段状の溜塗り。中央に光のスリット。


雑誌に掲載されること多数の、山を模した障子、その先の水庭。


2階でも3階でも、その部屋のための庭があちこちにある。


こちらも3階の部屋。


刳り貫いて、漆をかけた洗面台。


水庭。


床の間の両端に光のスリット。時間帯によって劇的な効果が。


浴室からの眺める庭。3階。




〈了〉

柊家旅館:公式サイト



関連記事