丹波栗の栗御飯



先日の京都旅行では、いろんな方のお世話になりました。むかしむかし、まだGmailが招待制だった頃に招待してくださった方と、ようやくお会いできました。このブログの前のブログからお読みいただいている方で、すてきなお店をやられていることは後で知りました。そんなわけでその小さくてかわいいお店へおじゃましたわけです。いろいろとくすぐられるアイテムがあり(タガが外れりゃ全部買う)、迷った私はとってもすばらしいリネン製品やお菓子(しっかりと重さのあるお菓子)などを購入しました。飛び糸が残ったまま織られている(ほんとに古い機械で織っている)クラスボルスのリネン(ノーベル賞授賞式のテーブルリネンはここの)については後日書きます(いつになるやら)。で、ちょうど丹波の栗が出たということで(ツイッターでチェック済み)、その方が仕入れてきた栗からおすそわけを頂戴しました(最初からそのつもり)。というわけで、そうなれば栗御飯です(異論は受け付けない)。


上の文章は、珍しく括弧を多用し、ラップというかヒップホップ調にしてみました。
不評だったら二度とやりません。



丹波と言えば黒豆を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし栗も名産なのです。日本書紀にも書かれているように、その歴史は古い。いちばんの特長は、丹波の栗は大きい。大きな栗は、どうするか。ふつうは小さく切ります。しかし、せっかくの大きな栗、大きなままで頂いてみたいと思うのもこれまた自然なこと。大きな栗を小さく切ることはできますが、小さな栗を大きくすることはできません。ジャンボカキフライとか言って、小さな牡蠣数個を片栗粉で丸く固めて揚げたものが哀愁を漂わせるように、小さな栗を大きな塊にすることは、どのような手段を用いても哀しいものなのです。



栗は、水に浸けておくと皮が柔らかくなります。半日くらいでいいです。「よーし今日は栗御飯だ」と思い立ったら、出かける前に浸けておけばいいだけです。で、お尻のほうをちょっと切り落とし、指をぐりぐり入れれば、ぱかっと皮が取れます。硬い皮をナイフで削ぐのは危ないですからね、水に浸けておくのがいいです。ただし、渋皮は簡単に取り除けません。地道に、チューボーですよの未来の巨匠の如く、手早く正確に渋皮を剥いていくしかありません。どれだけ「実」を切り落とすかが、腕の見せ所です。私なぞ、画像の通りでございます。



米を研いで水につけ、ざるに上げ、少し洗い、鍋に入れます。香ばしさをつけたいので黒胡麻をプラス。ほんの少しだけ塩をふって、剥いた栗を並べたら、蓋をするように昆布をのせます。あとは炊きあがるのを待つだけ。栗が大きいと中まで火が通っているか不安かもしれませんが、そんな心配はご無用。米を美味しく炊くことに専念(つまり通常通りの炊き具合)しておけばいいです。それで栗もほっくほくになっています。



京都が誇る食材、丹波栗ということで、この日の夕餉は、江島商店の「りゅうひ巻」(何とこちらも頂きものである)をメインのおかずにして、ジャガイモとニシンの煮物と、豚汁(の残り)と、梅干し、という献立にしてみました。りゅうひ巻(龍飛巻/求肥巻)は小さな見た目をしているのにボリュームがあり、一度にひとりで1本を食べるものではないかもしれませんね。ジャガイモとニシンの煮物は、京都式ではなく加賀式です。つまり、田舎の家庭料理です。身欠きニシンを米の研ぎ汁に浸け、ジャガイモを茹でたところにニシンを加え、醤油だけで煮ます。出汁も酒も砂糖も使いません。それが田舎料理です。京都式は、身欠きニシンを煮た煮汁を薄めたものでジャガイモを煮て、盛りつけるときに一体化します。



といった秋の味覚を堪能できたのも、京都の方々のおかげです。ありがとうございます。こんなに美味しい栗を食べたのは初めてです。段違いに美味い。ほっくほくです。ほっくほく。そして味が濃い。甘味もある。香りがすばらしい。炊飯器で炊いたらどうなるのかはわからないけれどね。


eenie:公式サイト
江島商店:りゅうひ巻の語源
のと郷土料理百選:じゃがいもとにしんの煮物
Wikipedia日本版:丹波栗


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