梨木香歩「冬虫夏草」と、木地師のこと



和の雰囲気が好きな人にはたまらない小説、小さな宝石のような名作「家守綺譚」(そのときのブログ記事はこちら。なんと9年前)の続編。連載時には「続 家守綺譚」とタイトルについていたのだけれど、単行本では省かれた模様。今回は、行方不明になっている犬のゴローを探して綿貫が鈴鹿へ向かう。鈴鹿と言えば、木地師の発祥の地とされている場所だ。もちろん木地師の租と言われている惟喬親王も出てくるし、筒井神社や大皇器地租神社など所縁の地も出てくる。というわけで、木工関係者ならばより一層の思い入れを持つ一冊。

江戸時代まで、木地師はかなり特殊な職業だった。山へ入って木を伐って、器を作る。なので、木がなくなれば、良い木を求めて移動する。そんな移動生活。旅や引っ越しが容易ではない時代に、好きに全国を移動(移住)できたのだ。そして、身分を保証するために、皇室だけしか使うことのできない十六葉八重表菊花紋を使っていた。さらに、帯刀が許可されていた。かなりの身分である。他の多くの職人とは、まるで違っていたのだ。山の八合目より上に出入りしても良かったのは、木地師だけだった。ちなみに「どこの山でも入っていい」という天皇の文書(御綸旨)の写しを持っていたのだが、これは偽書だった。発祥が、皇位継承争いに負けて近江の山奥に隠棲した惟喬親王なのだから。このことは、明確に偽書だったとする文献やサイトが少ない。山中漆器の産地である加賀市や石川県でも、そのような間違った文章をしょっちゅう目にする。

東近江の小椋谷で始まったろくろ挽き。今でも木曽や会津には姓が「小椋」の木地師がいる。彼らが、正統な木地師だ。明治に入ってから、特権はなくなり、誰でも木地挽きの仕事に就けるようになった。明治半ばに、木地師はいなくなった。でも、ロクロ挽きの木地師が全国の山を渡り歩いていた痕は、そこかしこに残っている。たとえば石川県白峰には、木地山峠という名の峠がある。おとなりの福井県には「六呂師(ろくろし)山」がある。

「君が代」の元となった、古今和歌集に収録されている歌
わが君は千代に八千代にさざれ石のいわをとなりてこけのむすまで
を詠んだのは、これもまた東近江の左衛門という男。
伊吹山系の川で、きれいなさざれ石を見つけた。
この歌を添えて、さざれ石を朝廷に献上した。
左衛門は、木地師だった。

日野商人という言葉がある。
現在では、近江商人と同じ使われ方をされている。
日野商人が何を売っていたかというと、日野椀である。

といったように、木地師と近江についてのエピソードはたくさんある。
ご興味を持たれた方は、検索してみてください。(ふしんせつ)

「家守綺譚」は、主人公の綿貫が、死んだ友人の生家を守る、つまり住む。そこで起こる超自然的な出来事を綴ったもので、とても淡くて味わい深い名品。掛軸から死んだ友人が出てきたり、サルスベリが主人公に惚れたり、犬のゴローが鷺と河童の喧嘩を仲裁したり。「冬虫夏草」では、そんな犬のゴローの行方を追って、東近江の山奥へと主人公は足を踏み入れていく。目次は、植物の名前。



梨木香歩ファンの方が、冬虫夏草イメージマップを作ってあります。木地師の地での物語と一目で判る。

また、登場する植物をまとめたPicasaウェブアルバムもある。

冬は虫で夏は草という冬虫夏草。「家守綺譚」から「冬虫夏草」に連なる小説の世界は、虫だったり草だったりする個体の変化というよりも、生き物と非生物の境目をも軽く飛翔し、独特の世界を構築している。多くの人が、この世界に魅了される。さざれ石が長い年月をかけて巌となる変化は、生き物だろうか。そうかもしれないね。

Wikipedia日本版:梨木香歩
Amazon.co.jp:梨木香歩「冬虫夏草」
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