小島信夫「ラヴ・レター」



もう新刊が出ることはないだろうと思っていた。
私がいちばん好きな日本の小説家、1915年生まれの小島信夫、まさかの新刊。
 


昔の話。私が小島信夫を初めて読んだのは、1994年の夏だった。ろくに働かず、とてもとても暇な毎日で、玉川を昼間から散歩して玉川髙島屋の中にある紀伊国屋書店に寄ってめぼしい書物を選んで読んで、というろくでもない生活をしていた頃。現代の小説家は読み尽くした、と思っていた。

さらに昔の話。私が大学へ入る少し前、講談社が講談社文芸文庫なるシリーズを刊行し始めた。良質な文芸作品を絶やさないように、ということで、それはつまり発行部数が少なくて単価が高いということだった。京極夏彦のノベルズ判を買えるじゃないかというくらいの値段で出ていた講談社文芸文庫は、そりゃまあやっぱり無縁だった。無縁だったけれど私はそのラインナップを国語便覧のように利用していた。吉行淳之介や藤枝静男を知ったのも、講談社文芸文庫によってだった。講談社文芸文庫は購入せず、古書ばかりだったけれど。

そんな講談社文芸文庫のラインナップにいたのが、小島信夫だった。よく知らなかった。私は大学で文芸理論や文芸創作は学んだが、日本近代文学史は何にも頭に入っていなかった。それよりもフランスの構造主義やポストモダンへの流れのほうが遥かにスリリングでスタイリッシュだと思っていた。これがいわゆる黒歴史というやつである。第三の新人、という括りがある/あったことなどほんとうに知らなかった。それでまあ手始めに講談社文芸文庫ではなくその半分以下の値段で出ていた新潮文庫の短編集を購入して読んでみた。

とても奇妙だった。おもしろいか否か、おもしろい。文芸(小説)でしか表現できないことをしているか、している。質は高いか否か、高い。なのになぜ広く読まれていないのか、読みづらいから。小島信夫の小説は、難しい言葉など全く使っていない。極めて平易だ。文章が下手なのかというと、すばらしく上手い。小説で描かれている世界も、もちろん私には経験のない戦争もあるのだけれど、至って普通の日常であり世界だ。SFや幻想文学のような世界ではない。小説の舞台が日常的(現実世界と同じ)で、言葉は平易。文章は上手い。なのに読みづらい。そこが私を虜にさせた。たぶん「小説とは」というところを覆すようなことをヒラリと軽やかにやってのけてしまうところに魅了されたのだろう。初めて「小銃」読んだ時の新鮮さは今でも覚えている。

小嶋信夫といえば「抱擁家族」が代表作とされている。江藤淳が「成熟と喪失」で論じたのは「抱擁家族」だけと言ってもいいくらいだ。それくらい、戦後文学の金字塔とされている。あとは「別れる理由」という凄まじい大長編が、大長編であるがゆえに話題となるくらいだった。「抱擁家族」については「成熟と喪失」を読んでいただくとして「別れる理由」について少し紹介しておくと、文芸誌(月刊である)に連載した小説なんだけど、連載期間が1968年から1981年という長さで、原稿用紙に換算すると4000枚とも言われているくらい長くて(ふつうの小説は400枚くらい)、小島信夫の1970年代はほとんどこれと言ってもいいくらいのプルースト状態。そして中身はというと、虚実入り乱れるというのは正にこの小説のことで、現実に存在する人物(主に文壇関係者)が出てきたり、この小説の「作者」が主人公に電話をかけてきたりする。主人公は作者を問いつめる。では、メタか、というとそうでもない。メタフィクションというよりエッセイに近い。そんなわけのわからない大長編を読む私も私だが、書いた小島信夫も小島信夫である。もしこのブログ記事で興味を持った方が「別れる理由」を手にする可能性はゼロではないのでラストは書かないが、これはすどい(「すごい」と「ひどい」の造語)ですよ。

ともあれ、小島信夫にはまって「別れる理由」まで読破した私には、もう怖いものなどなかった。暇なので古書店をまわり(小島信夫は絶版だらけだった)、何の情報もないまま(1996年にYAHOO! JAPANが開設されたが、ネット上は情報なんてなかった時代なのだ)、小島信夫の著書を集めていった。特に「島」と「美濃」が私の好みだった。これが、文字でしか創り出せない「作品」だ。短編もおもしろかった。これが短編小説だよなあと感じ入ることもしばしば、読んでいるうちに頭がくらくらしてくることもしばしば、その豊かな小説に身を浸した。

で、私は2002年に東京から帰郷するわけで、その頃には小島信夫のステマ工作員とも言えるくらい、小説の話をすれば小島信夫だった。そのおかげでじんわりと小島信夫を読み始める人が増えてきて、ネット上も現在に近いものとなって意見交換も簡単にできるようになったし、かつての労力よりも遥かに手軽に、より沢山の人へ伝えることができるようになった。そんなこんなしてる間に、村上春樹が小島信夫の短編「馬」について書いたり、保坂和志が擦り寄って来たり、坪内祐三が「別れる理由」の「単なる個人的な紹介文」を刊行したりして、ごく狭い世界の中で、ある程度は知られるようになった。

で、小島信夫は2006年に死んだ。91歳。遺作は、その年に刊行された「残光」となった。ヌーボー・ロマンの書き手たちが辿り着きたかったけれど辿り着けなかった場所へ、やっぱり辿り着いてはいないけれど最も近づいた、という感じの「残光」について、私は当時のブログ記事で「もう死んでしまうのではないかという予感が、胸をしめつける」と書いた。こういうのは、だいたいその通りとなってしまうところが、つらい。一度はお会いしたかった。したかったが、私はただの一ファンなので、相手にとっちゃ何故会わなきゃいけないのか解らないだろうし、小島信夫なら「会わなきゃいけないんです」とか言えば時間をとってくれそうな気がしないでもないのだけれどだからこそそんな風には会うわけにもいかないし、なんつってる間に死んだ。そんなわけで、それまでと同じように、気の向くまま読みたいものを手に取って読んでいた。



この最新刊「ラヴ・レター」は、単行本未収録の短編を集めたもので、いちばん古いのが1986年の「浅き夢」で、その他は最晩年の短編ばかり。亡くなる2年前に書かれた表題作は、妻から夫への手紙を中心とした、これまたやっぱり身辺雑記のようなもの。お見事と言う他ない出来。こんなのを89歳の人間が書けるなんて奇跡のようだ。言葉は平易で、珍しく(というか晩年の作はだいたいそうした傾向が見られるのだけれど)読みやすい。ただひとつ。「ラヴ・レター」は創作に関する非常に重要なことを暗示している。

誤解を招きかねない言い方になるが、小島信夫は「老化現象」をそのまま文字に移植できる小説家だった。これは、ありそうで、なかなかない。そんな書き方ができたのは、老化の前からそんな書き方というか作風だったからだろう。けむにまく、のらりくらりとした、少し戻る、うろ覚え、といった、いわゆる小説の中でそんなことやられたらイラつくだけの代物が、ごく自然に織り込まれている。むしろ、それだけが連なっているとも言える。この快楽に

芸術とは何か。芸術学を学べば分かるが、ひとつの見方として「抽象表現である」と言える。言語というこの上なく理性的で論理に基づいた方法をとって抽象表現を獲得した小説や詩は極めて少ない。小島信夫の小説は、そんな極めて稀なものだ。自然体とは、一体どういうことか。小島信夫の小説のことだ。オーガニックだとかズバズバ系だとか何だとか評されるものは、まだまだ自然体の遥か手前、頭で「良く見せよう」とこねくり回しているに過ぎない。

亡くなって早八年。全集が出る気配など全くない。思い出したかのように講談社文芸文庫がたまに出すだけだ。それも、既に評価の定まった「数字の見込める」タイトルばかり。それは決して悪いことでもないし慈善事業ではないのだから当然なんだけれど、高邁な目的をもって立ち上げた文芸文庫ならば、知られていないけれど傑作というものこそ出してほしいし、たぶん同じくらいは折れるはずだ。そして、文壇関係者が「クローズアップ」しても、それは単なる商売であって、身を削って小島信夫全集を出すようなことは決してしないだろうという諦念にも似た思いから、長々と書きました。

小島信夫は現代の小説家には珍しく、小説(家)の評論ができる人だった。
特に夏目漱石に関するものは、先達と、文芸というものへの愛に溢れた素晴らしい評論だ。





夏葉社:公式サイト

ブック・アサヒ・コム:ラヴ・レター [著]小島信夫

図書新聞:シンプルで美しい本 ラヴ・レター 小島信夫

恵文社一乗寺店スタッフブログ:小島信夫『ラヴ・レター』(夏葉社)を読んで

Amazon.co.jp:「ラヴ・レター」
Amazon.co.jp:「アメリカン・スクール」
初期短編の傑作「小銃」も入ってます。

Amazon.co.jp:「抱擁家族」

■関連記事
小島信夫「残光」
小島信夫




関連記事