テリー・イーグルトン「文学とは何か」



文学ということばがあまり好きではない私は文芸ということばを用いている。それは音楽や美術と同じもので、学問領域だとは思っていないから。という私ひとりの信条などは置いといて、一般的に小説や詩や戯曲は文学と呼ばれている。「文学」には、他の文章にはない何かがあるからこそ文学にカテゴライズされる。新聞や雑誌の記事、ブログやSNSの書き込み、メール、そういった普段接する文章と小説とでは、何が違うのか。そもそも文学とは何か。という謎を解き明かしたのが、この20世紀を代表する名著。こういうのは分厚い専門書ばかりだ。しかしこれは1983年刊行と比較的新しいのだけれど、岩波文庫に収録された。日本語訳の単行本が岩波書店から出ていたのだから文庫化されるなら岩波文庫しかありえないのだけれど、最近の岩波文庫は大江健三郎など「岩波現代文庫」のほうがふさわしいのではという気がしないでもないラインナップとなっている。左翼、それも自称「インテリ左翼」の代表格である岩波なので、反日左翼の大江を優遇するのは当然といえば当然だが、それにしてもおかしな流れだ。でも、そんなおかしな流れがあってこそ、1983年刊行の本書も文庫化されたのかもしれないので、こういう普遍的なものだけありがたく享受すればいい。
 


私が学んだ大学は文学部でも国文学科でも英米文学科でもなく、文芸学科だ。この違いは何か。なぜか大学の分類でいくと、文学科は文学を研究するところ、つまり書くのではなく読むところ、文芸学科は文学を書くところ、という区分けがなされている。そこで私は文学を書いていたわけだが、書いていると当然の如く自分が何も知らないという事実に打ちのめされる。そうなって初めて、文芸理論(文学理論)の必要性を痛感した。人は、誰だって小説を1本は書ける。これまで生きて来た中で最も記憶に残っていること--最高の瞬間、努力が実ったこと、後悔していること、失敗したこと、といったことのうち最も強く心に存在していること--を原稿用紙に注ぎ込めば良いからだ。で、第二作目はどうする、という話になる。これは書けない。書けないけれど、三本目や四本目よりは、まだ書ける。そうして自分の中に蓄積されたものを全て吐き出してからが、ほんとうの「文芸創作」の始まりだ。創作とは、経験の報告ではない。かといって、薄っぺらい「世界観」で描くのは余りにも幼稚だ。それはともかく、そんなこんなで必要となった方法論「文芸理論」とは、書く方法ではなく、読む方法である。なぜなら、現在の日本のヒョーロンンカのことは知らぬが、批評家や研究家は文芸理論に基づいて批評なり研究なりをしているからだ。そして文芸理論を用いて書いている小説家や詩人など、あまりいない。しかしながら不思議なことに日本全国数多ある「文学科」でも、いくつかの大学にある「文芸学科」でも、文芸理論は重視されていない。

私が通った大学での「創作技法」は、主に教える人の思いやテンプレだった。大学そして大学に入った我々は、カルチャー教室に集う小説家志望じゃないんだから、そんな程度では困るのだ。しかも、近代日本の自然主義や私小説といった、ある意味では小説における異形の。はっきりとはしないまま、あらゆる人に認識が共通しているが如く「小説作法」が伝授されていく。私はその、言ってしまえば余りにも日本的な「自然主義」や「私小説」の世界などどうでもいいと考えていた人間だった。さらに、大学では珍しく第二外国語などがなくて1年生からゼミなどがある、かなり専門学校的な大学だったのだが、同じように「英米文学原典購読」なる授業が1年生からあり、何をするかっていうと、これはもう英語の授業と何ら変わらないものだった。順番に読んで日本語に訳すだけ。なんやねん。つまり、大学の授業は大変つまらなかった。「プロの先生」の授業でも「ここの描写はいいですねえ」とか言ってるだけ。あるいは、そんなの最後の最後に身につければいい「業界のマナー」に過ぎないことを、さもハイブロウで知であるかのようにご鞭撻なさる。もっと何ていうか、歴史に名を刻む傑作を「解析」してほしいと思っていたのだ。それで結局私は授業を舐めてしまい、図書室で文芸理論を貪るようになった。すぐそこで教えている生身の人間と、こうして東京の片隅に日本語へ訳されて出版されて置かれるほどのものと、どちらが為になるか、というのを判断してしまったわけだ。そして私は、文芸理論について書かれたものの中で理解できない箇所があったら先生に質問した。すると「そんなの読んで頭でっかちになるのはダメだ、そういうのはどうでもいいからこれ読め」と、またもや私小説を持ち出してくるという始末。こりゃだめだと私は解説書を手にし、さらに「世界の知」へ耽溺し、授業の成績は下がりに下がった。高い学費を払ってるのに、どうしてこんな「教育」がまかり通っているのか不思議になったくらいだ。

そんなわけで私は、私の師は生身の人間にはおらず、図書館にいると判断した。

これは単に私と大学における一種のミスマッチングあるいは「ちょっとした食い違い」であって、私の出た大学を全くの役立たずなどとは思っておりません。他には大変に役立つことを覚えたし、文芸の世界ではなくメディアについては非常に優れた大学であると断言できる。というより、私は私が「文学」ではなく「文芸」と「芸術学」という(文学部ではなく芸術学部だったし、しかも美術や音楽といったカテゴリのひとつではなく芸術全体を見渡す大学だった)全く別のアプローチで「知っていった」ことは非常に幸せなことだったとすら思っている。逆から言うと、芸術の一分野である音楽のうち芸術ではなくなった「大衆音楽」を奏でる「ミュージシャン」が、自分自身を「アーティスト」と名乗り、その流れで何故だか「アート」全体に関してもプロフェッショナルであるかのような物言いに辟易したりしなかったりです。不思議とジャズに多い。もう何度かこのブログでも書いておりますが、アーティストという呼び名は好きではない。作家という呼び名と同じくらい、好きではない。

そうして「文学史」とは異なる、古き時代の詩学からフロシアフォルマリズムや構造主義といった文芸理論の変遷を学んでいった私はどうなったか。小説を書くことよりもそっちにのめりこんでいった。それは「そういうことだったのか!」という発見の連続で、これまでの読書体験をさらなる高みへ連れて行ってくれた。小説なんて読む人が感じたままでいいでしょ、なんていう意見が甚だ乱暴なものに思える、というのも腑に落ちた。こうして私は、ろくに小説も書かずに読んでばかりとなった。ちなみに私が出た大学の映画学科には、ちゃんと「理論・批評コース」があった。文芸学科にも設けてほしい。そんなこんなで、小説の読み方を知った私は、自分で書くよりも、素晴らしい小説を読むほうが遥かに楽しくなってしまった。これは至って当たり前のことで、もし仮に書くことが楽しくて楽しくてしょうがないならば、勉強せず既に書いてる。ずっとひたすら書いてる。そうではなかった私は、何かよこしまな動機があったのかもしれないし、求めているものが「文芸創作」になかったことに気づいたのかもしれない。

で、少し話を戻すと、小説や詩といった「文芸作品」と、読む方法論である「文芸理論」を繋ぐのが、この「文学とは何か」だ。この手の書物は殆どが無内容で無価値なものばかりだ。文芸理論を知らぬ、なぜだか書き手に近いスタンスで綴られたふんわりぼんやりしたものか、筋違いな「批判」に終始するものか、感覚的な言葉を羅列して「文学って愉しいよね」とかいった極めて凡庸な結論に至るものか、そんなものばかりだ。たとえ寺田寅彦でも。そんな中、小説好きが読んで損しないものが、ふたつある。ひとつは、ジェラール・ジュネット「物語のディスクール」で、これは中古でも5000円程度するものだけれど機会があれば図書館で取り寄せて読んでいただきたい名著中の名著で白眉中の白眉で金字塔である。そしてもうひとつは、この「文学とは何か」だ。これまでは単行本でやっぱり5000円以上していたが、こうして気軽に手に取れるものとして出したことは大変に素晴らしい。

これを読んだ人なら知っている、19歳の私が強烈に体験した「そうだったのか!」という感動を、全ての小説好きにも体験してほしい。これを読んだ後の私は頑固な構造主義者となってしまったが、後悔はしていない。無論、私なのでそうなったまでであって、これ読んだからソシュールとレヴィ=ストロースを貪り読むなんて人はむしろ稀なはずだ。多くの人は、より沢山の小説を以前にも増して楽しむだろう。そして、小説に秘められたものを読み解き、楽しみに浸るだろう。



そもそも小説も詩も、日本では明治時代に入ってから始まったものだ。西洋の小説と詩が輸入されて、日本語で「小説」と「詩」と名付けられ、二葉亭四迷などが日本語で書くことに挑み始めた。ということは、文芸理論も西洋からの輸入物そのままでいい。言い換えると、たかだか100年ほどしか小説史を持たぬ日本人には、小説論など語る資格などない。それは言い過ぎだとしても、少なくとも西洋の「理論」をまずは踏まえておかねば話にならないというか、何か新説を主張するにしろ、読み方の「スタンス」を表明するにしろ、文芸作品を否定するにしろ、筋違いで無知ということになる。

哲学と文芸は、とても近しい関係にある。建築では「脱構築」と呼ばれるものもあるが、かといって「実存主義建築」や「構造主義建築」や「ジェンダーフリー建築」や「ポストコロニアル建築」などは聞いたことがない。他の創作物も大体そう。その分野には、その分野の理論がある。小説を読むには、文芸理論がとても有効なのだ。身につけるには、少々の知的好奇心があればいい。身につければ、あとはそれを頭の片隅に置いておけばいい。何と言っても、それは「方法論」であり、それ以上でもそれ以下でもないからだ。おいしい卵料理を食べるには、良い卵があればいいだけではなく、いかに調理するかの方法論がいくつかあり、その結果として美味しい卵料理が完成する。単にマニュアル通りに作っても美味しくない。

上巻の序章、58ページで早くも「文学とは何か」という結論が提示されている。


文学は、昆虫が存在しているように客観的に存在するものではないのは、もちろんのこと、文学を構成している価値判断は歴史的変化を受けるものである。そして、さらに重要なことは、こうした価値判断は社会的イデオロギーと密接に関係しているということだ。(中略)さてこれが、あまりに突飛な結論だ。


何を言っているのかいまいちよくわからないのは当然のことで、最初からこの58ページまでを読めば解る。このわずか文庫本30ページほど(序章の前に「はしがき」がある)の文章で、イーグルトンはあらゆる側面から「文章」と、その中に含まれる「文学」の違いを検証している。エスカレーターに乗るときの注意書きなどを交えながら。

簡単に序章をまとめてみる。長くなっちゃったけど。

文学作品はフィクションである。フィクションであるから想像的。しかし文学史を振り返ると「事実」と「虚構」で分けるのは無理がある。現在の「歴史的真実」と「芸術的真実」という分け方は、過去の「文学作品」には通用しない。ノヴェルという単語は虚構と事実の双方で使われていた。漫画はフィクションだが、漫画を文学と位置づける人はいない。歴史や哲学や自然科学は想像的でも想像的でもないのだろうか。どうやら文学か否かは、虚構か否かではないようだ。では、文学を定義できるのは、それが虚構か否かではなく、それ独特の方法で言葉を使っているかどうかだ。ロマーン・ヤコブソンの言う「日常言語に加えられた組織的暴力」を表象するような。文学は、日常言語を変容させ濃密にする。もしあなたがバス停にいる私に近づいてきて「汝、いまだ犯されざる静寂の乙女よ」とささやいたら、さすがに私も私がいま文学的なものに直面していると気づく。言葉に含まれた意味、その文章が指し示す意味を抽出すれば、もっと簡素な言い方がある。「汝、いまだ犯されざる静寂の乙女よ」という「表現」は、言葉の物質的ありようをこれみよがしに示している。これは「今日は運転手がストライキ中だとしっていますか」というような発言には見られない。これが、ロシア・フォルマリストが提唱した「文学」の定義だ。文学は、思想を伝える媒体でもなければ、社会的現実を反映したものでもなく、ましてや何らかの超現実的真実を具現化したものでもない。文学は物質的事実であり、言葉の特殊な組織体であり、それ独自の法則と構造と方法をもっている。その機能は、機械を調べるのと同じように分析可能である。言語学によって。だから内容なんてどうでもいい。形式を内容の表現とみるのはやめ、形式と内容の関係を逆転させる。内容は、形式を選ぶ際の「動機付け」に過ぎない。さまざまな技巧を集めたものだ。文学言語は、日常使われる言葉を歪めて異化したものだ。

序章をまとめてみると言っておきながら誠に申し訳ないが、これでまだ15ページぶんほどで、まだ序章の半分にも至っていない。こういう風にして、ひとつひとつしらみつぶしに検証していき、前掲の結論に至る。私は、まずこのアプローチにやられた。文章読本や小説作法といった「読み物」とは全く異なる書物であることが、じんわりと、なおかつすぐに判った。これは私の知らない世界をこれから見せてくれる本だ、と。それから、あっという間に読んでしまった。それから間をおかずノート片手に再読した。ノートとは、要約だ。この「文学とは何か」によって私は、学問中の学問である哲学への道筋を立ててもらった。「文学とは何か」の目次は、次の通り。

・はしがき
・序章 文学とは何か
・第1章 英文学批評の誕生
・第2章 現象学、解釈学、受容理論
・第3章 構造主義と記号論
・第4章 ポスト構造主義
・第5章 精神分析批評
・終章 政治的批評

という内容。
アリストテレスの頃からの「文学史」を学ぶのとは、まるで違うことがお解りかと思う。

文学か否かなど、さして重要ではないと思うかもしれない。しかし「優れた小説」を選ぶならば、そもそもまずは「小説」とは何かを定義せねばならぬのは当然のことだ。好き嫌いとは別の軸で。そして、それを踏まえた上で、そこから意図的に逸脱したものも表れる。踏まえているのといないのとでは違う。全然違う。オムレツとキテレツくらい違う。史上最高の日本文学は何ですかというあまり高尚とは言えぬ問いに「日本書紀」と答える人が少なからず存在する。私は日本文学の最高傑作を新古今和歌集と考えている。文芸的技巧を駆使した、一字一句足しも削りもできぬ大変に凝縮された言葉の連なりだからだ。もちろん翻訳など不可能。それに比べれば日本書紀なぞ当て字による「著述」に過ぎない。単語を差し替えても支障のない文章が延々と続く。表現を変えても「言ってること」は変わらない、それは私にとって「文芸作品」ではない。

私は、全てのものが定義づけされていないと落ち着かない性格だ。その性格というか発信というか「やりとり」を重ねていくうちに、私は凝り固まった定義「だけの」つまらぬ者あるいは適合していない者または莫迦と見なされることが、たまにある。だがそれは、大抵は私ではない者つまり大体のケースにおいて「相手」が何かおかしな定義を持ち出して来た場合に起こる。「建築は芸術だ」とか「この料理はアートだ」とか、そんな感じで。そういう無知で勘違いした「定義」を示されれば「いやいやちょっと待て」となるのは至ってまともな話である。つまり、そういう「勘違いした定義」を「見つけた」かのように錯覚している人にとっては、自分の「知」を否定されるのは最も避けねばならぬ事態であるから、私が諭せば諭すほど私を駄目ってことにしないといけないのだ。この手のものは決して戦略的なものではなく、言ってしまえば天然なものなので、なおさら質が悪い。変えようとはしないのだから。で、私は30代半ばに、他人が思っていることを変えるのは非常に困難だと気づいたので、そういうのを控えるようになった。たとえそれが根本的に間違っていても、無知な勘違いだとしても、無知ゆえに安易な関連づけをしていようとも。そんなわけで、私の「文芸観」のようなものの説明は、これくらいにしておきます。

純文学を批判しまくっていた筒井康隆が、これ1冊で文芸理論に嵌り「文学とは何か」の甚だしい劣化コピーである「文学部唯野教授」を書いて「転向」したのは有名な話。それくらい、この書物は強い力を持っている。かといって、手強いなんてイメージは不要。何ら難しくはない。だって、筒井康隆が嵌ったくらいなのだから。これまでに読んだ小説を読み返したくなること間違いなし。ずっと書棚の隅に置いておきたい名著。



蛇足だが、ナボーコフは「良き読者」を「繰り返し読む人」としている。裏を返せば、何度も何度も読みたくなる小説だからこそ、なのだけれど、そんな名作は、余りにも少ない。さらに蛇足の蛇足だが、ナボーコフによる大学での講義を文字に起こしたひとつ「ヨーロッパ文学講義」(現在は文庫化により「ナボコフの文学講義」と改題)は、ナボーコフが選んだ小説(長編5つと短編2つ)の「解説」あるいは「解析」をひたすらやるという大変魅力的な講義であり書物である。7つの小説を解説するのに、上下巻で800ページというボリューム。その中身については別の機会にまわすとして「ナボコフの文学講義」のラストに「結び」の章がある。これはナボーコフの「文学観」を簡潔に示しているので、まるごと引用(というか転載まがいですね)する。


 きみたちのなかには、今日のような極度にいらだたしい世界情勢のもとで、文学なんか研究するのは、ましてや構造だの文体だのを研究するのは、精力の浪費だと思えるひとがいるかもしれない。わたしにいわせれば、ある種の気質の者には--千差万別の気質が人にはあるが--文体の研究はいかなる状況のもとでも、つねに精力の浪費と思えるだろう。だが、それはさておき、すべての人間の心の中には、芸術的な気質であろうと、つねに日常の生活の恐ろしい困難を超えているものを受け入れる細胞があるように、わたしには思えるのである。
 わたしがこの講義で取り上げた小説から、きみたちがはっきりとした人生の問題に応用できるようなことは、なにひとつ学ぶことはできないだろう。これらの小説は商社の事務室や、軍隊のキャンプや、台所や、育児室ではなんの役にも立つまい。実際、わたしがきみたちと分け合おうとしてきた知識は、まったくの贅沢品だ。それはフランスの社会経済を理解したり、女性の心や青年の心の秘密を理解したりするには、なんのたしにもならないだろう。しかし、きみたちがわたしの指導にしたがったなら、冷感を受け精密に成った芸術作品が与える純粋な喜びを感じる役にはたつだろう。そしてこの喜びの感覚が今度はさらに純粋な心の慰めの感覚、つまり人生の内部構造はさまざまに失敗やへまをやらかすにもかかわらず、やはり霊感と精密さから成っているものだと気づいたとき感じられる心の慰めを、しだいに生み出してくれるのだ。

 この講義でわたしが明らかにしようとしたのは、これらの素晴らしい玩具--文学の傑作の仕組みということであった。私が願ったことは、小説を読むのは作中人物になりきりたいというような子供じみた目的のためでも、生きる術を学びとりたいというような青二才めいた目的のためでも、また一般論にうつつをぬかす学者然として目的のためでもない、そういう良き読者にきみたちをつくりたいということだった。小説を読むのはひとえにその形式、その想像力、その芸術のためなのだと、わたしは教えてきたのである。きみたちが芸術的な喜びと困難とを分かちもつようにと、そう教えてきたのである。小説の周辺のことはなにも語らなかった。語ったのは小説そのものについてだ。あれこれの傑作の核心、ものの生命に息づく心臓に直におもむいたのであった。
 さて、この講義もこれで終わる。このグループとの作業は、わたしが声の泉となり、きみたちが耳の庭となって、格別に楽しいつながりであった。--ひらいた耳、閉じた耳、多くはたいへん敏感に受け入れる耳、いくつかは単なる飾り、だがどれもこれも人間のものであり、この上なく尊いものだった。きみらのなかには、これからさきも偉大な小説を読みつづける人もいるだろうし、卒業したら偉大な小説など読むのをやめてしまう人もいるだろう。大芸術家を読んでも喜びの能力に伸ばすことができないと考えるなら、さっさと小説なんか読むのはやめてしまったほうがいいのだ。要するに、別の領域には別の戦慄がある。純粋科学の戦慄は、純粋芸術の喜びに劣らず楽しいものだ。大切なのは、思考であれ感情であれ、いずれの分野にせよ、あのひりひりと背筋にうずくものを経験するということだ。もしどうしたらそのようなうずきを感じられるのか知らないなら、もしわれわれが普段いるところよりもほんの少しでも高いところに身を持ちあげ、人間の思想が与えずに措かぬこのうえなく希有にして成熟した芸術の果実を味わうことを学ばないなら、人生で最高のものを失うことになるだろう。


それが一体どのような講義なのかは「ナボコフの文学講義」をお読みいただくとして、ナボーコフのような人にこそ、文学史や原典購読といった型通りの(つまり誰でも教えることができる)授業ばかりの、日本における「文学部」で教鞭をとってほしいものですね。もちろん「文芸学科」でも。

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Wikipedia日本版:文学理論
Wikipedia日本版:テリー・イーグルトン


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