ホセ・ドノソ「別荘」



混沌としたビジョン。

ラテンアメリカ文学といえば、マジックリアリズム。漆器における輪島塗の如く最も一般的に知られているのは、ガルシア=マルケス「百年の孤独」だ。マジックリアリズムは、とても濃密。すごく濃いリキュールで酩酊するかのような、熱を出したときに見る夢のような、そんな読書。いまいち日本では知られていないのだけれど、ドノソの小説も、濃密。代表作のひとつとされる「別荘」の日本語訳が、ようやく出た。2014年の小説で一番と言い切ってしまいます。
 

濃密な小説とは何か。どのような小説が濃密なのか。濃密であればマジックリアリズムなのか。とかいったことはウィキペディアに任せておいて「別荘』の話。

何が凄いって、550ページもある長編なのに、作品中では僅か1日しか経っていないのだ。これは、リアルタイムに進行するテレビドラマ「24」よりも濃いし、確か筒井康隆が書いていた、読む速度と小説内の時間経過が一致する(はずの)小説よりも濃い。次から次へと何かが起こって、いろんな場所でいろんなことが同時に進行している「24」だけれども、それでも「別荘」よりは薄い。というのも、なんといってもそれは同時進行に過ぎないからだ。筒井康隆(だったと記憶している)の小説も、リアルタイムであるがゆえに薄い。


綿毛。

550ページで1日という圧倒的に濃くて尚且つボリュームもある「別荘」の凄さは、そんなの他に見当たらないという点で、既にアンデスのアコンカグアの如く聳えたっている。ガルシア=マルケスの「百年の孤独」は、夥しい数の登場人物が繰り広げる百年間の血族の歴史であり「別荘」と対極のようでもある。1冊で1日、1冊で100年。小説の舞台が時間でいうと36525倍も差があるのに、どちらも同じくマジックリアリズムであり、めくるめく読書体験へと誘う。

ということは、わずか1日(とされているのだが、1日では不可能なことも起きる)で1冊というのは「濃さ」と無関係なのだろうか。いや、やっぱり関係がある。ここで話はフランス文学に飛ぶが、かつてフランスにはヌーヴォー・ロマンというのがあった。それがどのような特徴を持つのかはウィキペディアに任せて、ヌーヴォー・ロマンのひとりロブ=グリエ(映画史に名を刻む傑作「去年マリエンバートで」の脚本も書いてる)の小説は、執拗な描写にある。登場人物がいる部屋の細かなところまで延々と書いている。なので、小説内の時間の流れは、とても遅い。停滞しているかのようにも感じるし、止まっているかのように感じることもある。それくらい、遅い。

しかし、ロブ=グリエの「遅さ」と、ドノソの「濃さ」は、まったく似ていない。
時間の「経ってなさ」は同じようなものなのに。
これは一体どういうことなのだろうか。

そこが、マジックリアリズムというカテゴリの秘密だ。

時間が伸び縮みしている「感じ」がするのも「別荘」の特長である。

物語は、とある別荘が舞台。なぜか大人たちだけで日帰りのピクニックへ行ってしまう。子供たちは別荘でお留守番。子供の数は33人。別荘の周囲には、人食い人種の集落がある。さらに、他の種を絶滅させて蔓延るプラチナ色の植物グラネミアが別荘を覆い尽くさんばかりに育ちまくる。幽閉されていた男がいる。綿毛が人間を襲う。はたして、子供たちは。という感じで進むのが、第1章。第2章は、なんだかもうほんと素晴らしい。私は、現実にはないものを想像して創造して登場させるよりも、第2章のような濃密な詰め込みをこれほどまでに炸裂させた文章に魅了される。


全2章。

小説には、ドノソ本人も登場してくる。役回りとしては「これはフィクションだ」と念押ししているのだが、だからこそ、電撃ネットワークと分裂したお笑い芸人が「押すなよ、押すなよ」と言ってるのは要するに「押せ」と言ってるようなもので、これはやっぱり「寓意」に充ち満ちているのだなあと思ってしまうのも自然なことで、チリの体制や権力や大人や搾取や近親相姦や何やかやを指し示してることは歴々の批評家が指摘している通りである。というよりも、ドノソ本人がそう言っている。

でも、そういう寓意に文芸作品としての価値があるのではない。そういったことを一切取っ払っても素晴らしい小説であるからこそ、この小説は素晴らしい。読み物としても大変に楽しめ、難解なことは全然ない。難解ではないけれど、二回目のほうが楽しめるし、三回目のほうが堪能できる。これは私が保証します。昨年出た新刊の紹介がここまで遅れたのも、まだまだまだまだ読み尽くしていないという思いからなのです。


登場人物は、多い。

もうひとつの代表作「夜のみだらな鳥」は絶版で高値がついているけれど、水声社が出す予定とのことで、こちらも併せて必読です。がっつり小説を読んだ、しばらく小説から抜け出せない、という最高の読書体験をお求めの方は、ぜひ読んでみてください。「百年の孤独」と並ぶ、ラテンアメリカ文学どころか世界文学として、絶対的におすすめです。


綿毛地獄。最後まで読むと、綿毛が怖くなります。

Amazon.co.jp:ホセ・ドノソ「別荘」
現代企画室:ドノソ「別荘」
読売新聞:書評:別荘
日本経済新聞:別荘 ホセ・ドノソ著




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