柊家旅館 三度目

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10か月ごとに訪れれば、季節ごとの料理を楽しめる。そんなの3か月ごとなら1年で済むだろとあなたは思うかもしれない。しかし私の財政事情はそれを拒む。そしてこの宿で一晩過ごしたという体験は、それ体験すれば半年くらい余韻に浸ってしまうほどのものなのだ。なので私にとっては、このペースが合っている。キネティックエリートならもっと短い間隔かもしれないし、1回だけで全て体験した気になるかもしれない。

※全く異なる話が四つあります。珍しく小見出しなんかをつけときます。
 


■常連という甘え

10か月ぶり三回目の柊家は、部屋に案内されて抹茶を頂いて番茶を頂いた頃に女将が部屋に顔を出してくれて、つい私も「いつもお世話になっています」なんて一人前の台詞が口から出た。ごく自然に。宿や店の品格は、客が醸すものも要因のひとつにある。私はどうなのかなあと自分に疑問を抱きつつも、なるべくその空気を壊さないように過ごす。まだ私は常連だなんてこれっぽっちも思ってはいないが、常連であればあるほど、その場の空気を壊さぬようにしなければならないと私は考えている。まだ3度目なのにいつもお世話になってますもへったくれもないだろという気もしなくもないが、口から出てしまったものは取り戻す事が出来ないので、口から出るまま、出た言葉には責任を持って語尾までしっかりと発話した。

常連になればわがままが通るとか、自分にだけ切り落としの身をくれるとか、風呂の時刻を優先してもらえるとか、酒を持ち込んでも許されるとか、良い場所をあてがってもらえるとか、そんなふうに思っている人は、恐らく、どこへ行っても嫌われている。お金を払ってるのはこっちなんだから、下手に出る必要なんてない、と思っている人も世の中には割と多い。金沢にも割といる。飲食店や、コンビニや、病院や、切符のやりとりをするあらゆる場所で、そういうのを目にする。この手の人には、ふたつのタイプがいる。ひとつは、仕事や家庭など他の場所でも同じように威張りくさっている人。もうひとつは、その他の場所では威張れない人。ふたつのタイプがいるからといって、そこから何か深い分析が始まるわけなどなく、ただ、ふたつのタイプがあるなあとぼんやり思っているだけだ。で、いずれにしても品がない。

逆から考えれば、評判が良いので行ってみた店で、常連客がいろいろわがまま言ってたり、店の人も常連客とだけ会話したり何かこっそり出していたりしたら。自分はそこの常連になりたいと思うだろうか。その前に、2回目はあるだろうか。常連というのは既に常連なわけで、その店や宿の事情も次第に判っているはずだ。初めてのお客は、これから常連になるかもしれないし、顧客になるかもしれない。常連のことなどほっといて、初めての人に注力しても良いとすら私は考えている。少しくらいほっとかれても、それこそ常連なら何とも思わないはずだ。

日々の商いは、小さなお金の積み重ねで成り立っている。常連づらしている人も、初めての人も。そう、それは全く同じなのだ。なので、その中のひとりをあからさまに優遇するのは間違っている。同じようにもてなすのが、最も自然なことだ。金融資産が何百億あろうが、誰もが知っている有名人であろうが、特別扱いしてほしいのなら、貸し切ってしまえばいい。なのになぜか人前で偉そうにする「常連」がいる。ひとりのせいで他のみんなが不快になる。そんなの無料の施設や公共施設でも駄目だ。ましてや、ある程度の覚悟を持って過ごす場所ならば。柊家ではそのような品のない客に遭遇した事などないけど、なんだかちょっとそういうことに触れておきたかったので書いた。

今回も、部屋に通されて抹茶を頂いてから番茶を頂いていると、お風呂は何時に入りますかと尋ねられた。いつでもいいですよ、いちばん都合の良い時で、と私は答えた。当然そんなの答えになっていないので、いつでもいいですよ、と言われた。たぶん、ほんとうにいつでも入れるようにしてしまうのが柊家だ。だからこそ私はいつものようにぼーっとした表情をキープしつつも頭をフル回転させ、夕食の段取りや他のお客とのタイミングや今から風呂を支度する時間と手間などのバランスを考慮し、その時から45分後に入りたいと伝えた。たぶん、ベストな時刻だったと思う。ベストでなければ、まだ私の考慮する要素が不足しているということに過ぎない。うまく回って動いてこそ、あるいは動きのなさを維持してこそ、他にはない雰囲気を醸せるものだと私は考えている。


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晩ご飯のはじまり。小さな胡瓜を花弁ごと頂く。


■湯豆腐マシンのこと

マシンといっても電気で動くとかWiFiだとかドローンだとかそういうわけではなく、正式名称がわからないので勝手にそう呼んでいる。木工家中川清司による、風呂桶と同じ要領で作られたもの。天面の半分が半円状に外せて(つまり蓋である)、中には昆布と豆腐が入っている。それを人間が掬って食べる。どうやって保温されているかというと、熱源は炭。もちろん炭は濡れると消えるので、金属(錫かな)の円筒状のものに納められ、それが半円状の外れないほうに掛けるというか填めるというか、そんな具合に収まる。外れない半円状のほうにはもうひとつ穴があり、そこには湯豆腐を頂くポン酢を保温する陶器がこれまたぴったりと収まる。京極夏彦なら歓喜するかもしれないし、でも「みっしり」というほどでもないので「魍魎の匣」マニアは物足りないかもしれない。物足りないかもしれないが、この陶器だってこのために考案され作られたオリジナルである。じゅうぶんすごい。


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話は飛ぶが、まだまだ曲げわっぱが人気のようで、曲げわっぱといえば秋田の大館という風潮で、大館の曲げわっぱを選んでおけば間違いないという風潮にまでなっている。曲げわっぱに限らず、工芸品はどんな分野でもだいたいそうだ。大産地がいちばん有名であり、生産高が多いだけなのになぜか質も高いという錯誤を生み出している。そうでなければ「輪島塗」とか「輪島箸」とか書かれたシールが貼ってあるだけの謎のアイテムがあんなボッタクリ価格でも売れることの説明がつかない。ぼやきになりそうなので話を戻すと、大館の曲げわっぱは、化学接着剤が使われている。なので私は凄いとか素敵だとかは全然思わない。ぱっと見だけを良くしたもの、だから。でも今は接着剤を使わずに作れる人なんていないでしょ、と思うかもしれない。いるんです。桧枝岐村にいます。無名の人たちが。そして値段は大変に安い。どうしてそういうことになるのかというとまた話が逸れて長くなっていつものように「伝統的工芸品の世界で立派とされている人たち」や「地域活性化のために尽力している横文字職業の人たち」を逆撫でしちゃうので、書かない。


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そんな曲げわっぱと同じく、風呂桶作りも、そりゃまあそうだが昔は化学接着剤なんて使っていなかった。だから、作ろうと思えば作れる。あたりまえの話だ。でも想像してみてください。風呂桶ってのは、木の板を繋ぎ合わせて円筒形を作り、底を填める。材料は木だ。水が漏れないだなんて絶対にありえないと思うのは致し方ない。液体が漏れないように、木に漆を染み込ませたりコーティングしたのが漆器なわけだし。また、あるいはこう思う人もいるかもしれない。「実は少しずつ染み出て漏れてるんだけど、使うのが風呂場だから気づかないだけというのもありえる」と。私もちょびっとだけそう思っていた。

でもこの湯豆腐マシン、中にあつあつの液体が入っていながら、外部に一滴も漏れていない。これは凄まじい木工技術ですよ。こんなの作らせちゃう宿だか建築家だかも宿だか建築家だかだが、作る中川清司も中川清司である。柾目だけで織りなされるいでたちには恐れすら覚えます。もはや女将や大女将に会うとか建築家に会うとかその他のゲストと知り合うのが楽しみなのか、この湯豆腐マシンで湯豆腐を頂戴するのが楽しみなのか、どっちなのか判らぬくらい私はこの湯豆腐マシンを偏愛している。眺めているだけでほれぼれするし、眺めていると眺めているだけでは満足できなくなって撫で回す。欲望には、きりがない。それはともかく、掌で触れると、表面は、ほのかにあたたかい。私の脳ではエンドルフィンが華厳の滝のように滴り落ちる。犯罪スレスレです。というより、エッフェル塔と結婚した人のような「おかしさ」ですね。暗闇に浮かび上がる真っ白な女性の脚を偏愛した川端康成をはじめ名だたる文人墨客が常宿にした端正な部屋で、私は湯豆腐マシンを偏愛しているのである。ちなみに隣の部屋は三島由紀夫お気に入りの、寺院のような部屋です。さらにちなみに私が泊まる部屋はチャップリンのお気に入りです。


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そんな湯豆腐マシンを作った中川清司の品を、柊家では購入できます。残念ながら湯豆腐マシンではなく、酒を注ぐものだ。徳利でも片口でもない、樽。これも当然柾目で合わせてあり、サイズが小さくなっただけに精緻さは時計のようである。これを盲目の人が完成できるかというと、リチャード・ドーキンスには悪いがそれはやっぱり不可能であると言わざるを得ない。しかしこの樽で酒を飲むと美味そうな事この上ないことがありありとわかる。そしてやっぱりそれだけのものであるからして、それだけの値段である。私には喉から手が出ることすら発生しない値段である。


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お金に余裕のある人は、こういうものを持つのがいいと思いますよ。


■建物の紹介は、その人となりの紹介

だいたいの建物--住居にしても商業施設にしても公共施設にしても--は、できあがると雑誌に載ったりネットで紹介されて、そこには何かの決まりごとのように間取り(平面図)が載っている。常々私は平面図で一体何が分かるというのだろう、と尾崎豊のように思っていて、もっと内部がわかるようなものを見たい。でもそういうのは何か私の与り知らぬ闇の事情があるのかもしれなくて、載ってることなんて絶対にない。載ってるのは、完成したピカピカの外見(外観だけじゃなくて建物の中も「表面」だと私は考えている)と、平面図。平面図は、いろいろ想像できて楽しい。でも、それだけだ。

今回は建築家と割と話をできた。その中からひとつ紹介しておきます。建築家いわく、建物は縦方向をどうするかが考えどころで、平面図よりも断面図を見たい、と。平面図じゃ「どんな建物」か分からない。なぜなら、重力は縦にかかっているから。とのことだ。これは全くその通りで、建物ってのは縦をどうするかが全てと言ってもいいくらいだ。横なんてのは重力のことを大して考えなくてもいい。横に広がるだけだから。そして横への広がり具合なんて、ほぼ「予算の都合」である。

これはたぶんどんな人でも昔は建物といえば縦方向だったのだけれど、いつしか大人になったら建物を見るときは平面図になっていったのだろうと思う。というのも、子供の頃に積み木だかレゴだかで建物をつくろうとなると、パーツを積み重ねたはずだから。パーツを横に繋げて建物だなんて言い張る人は、少なくとも私の周囲にはひとりもいなかった。だからどうってこともない、そんな話。

柊家新館の大広間の凄味は、平面図では絶対に伝わらない。


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朝御飯。この右側に湯豆腐マシン。


柊家旅館でも昔から縦方向が考慮されていた。縦横比は非常に重要で、天井は高いほうが良いかというとそんなこともなくて、川端康成が常宿とした端正な部屋は、天井が低い。私も建築家も、腕を伸ばせば指が届く。狭いからではない。ちゃんと京都の畳のサイズで10畳か12畳あって、前室もあるし書院もあるし縁側も二辺にある、ゆったりとした間取りだ。なのに天井は低い。これは調和の問題で、天井が高いと狭苦しく感じたり、アンバランスで間抜けな印象になったりすることもあるからだ。この部屋が建てられてから何年かは知らぬが、昔々の大工は、ちゃんとそういうことを知っていたのだ。もちろんい今では知ってる建築家や大工が減ったこともあるが、法律によって居室は天井高何センチ以上と決められているから、高さについて調和や印象を熟考することなどなくなってしまった。なのでどの家もだいたい同じ天井高である。たまに、リビングに接した和室の天井が低いこともあるが、それは床が高くなった結果として天井が低くなっただけの話で、特に何も考えていないことには変わりない。


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建物を紹介することは、建築家や紹介者(編集などの媒体)が、建物をどう考えているか、どこまで考えているか、というのが如実に現れているので、私はそんな観点から見たり読んだりすることが多い。「この間取りは奥さんの動線を考えられてますねえ」とか「日差しが気持ち良くて風がはいりますねえ」とか、そんなの窓があればそうだろ、なんて思っちゃうようなことしかアピールできない建物だと、微妙なのだ。

他にも、廊下から前室に入って、部屋を眺めたときの「奥行き感」や、それに関係する雁行の配置なども興味深い話題だった。そういう話で盛り上がれるところが、この京都旅行の楽しいところだ。私は時折、ざっくり斬ってしまう発言をしてしまっているのだけれどね。


■良いものを、直しながら長く使う、という誤謬

確かプラダが表参道に旗艦店を建てた頃だったと思うのだけれど、ミウッチャ・プラダが「店舗は3年もてばいい」という趣旨の発言をしていた。私はこの耳で聞いたのだから間違いない。私の語学力には不安があるけれど。もしかすると5年だったかもしれない。どっちにしても大差ない。いずれにしても、それくらい「ファッション」なのだ。古くさくなるのが早い。それはそれで設計するのが難しいのかもしれない。でも、ビニールでできた鞄を何万円もの値段で売る「ブランド」ならともかく、まともなメーカーや小売店は、そんな数年ごとに店舗を建て替えることなんてできない。なので、割とみんな無難な店構えにして、古くさくならないようにして、でもやっぱり数年経つとくたびれたムードが漂う店になる。場合によっては、建物の修繕を10年や20年に一度やったり、30年経ってリノベーションしたりするケースもよくある。それらは割と世間では好意的な印象を持って受け入れられる。まるで、10年や20年に一度修繕する建物が「優れた建物」であるかのように。

でも、言ってしまえば、そんな短期間のスパンで直さなきゃいけない建物は、優れていない。修繕とは、だいたいが壁のひび割れとか水回りとか、そういったことの「おんぼろになったのを直す」ことだから。それよりも、平気で50年くらいは持つ壁に最初からしてあるほうが、遥かに「優れた建物」だと私は思う。長年もつ建物における「直し」とは、まさしく「改良」であり、決して「修繕」ではない。ちなみに柊家のお風呂は、壁と天井が漆塗りだ。10年経ったのかな、本館のお風呂の壁と天井は、ようやく良い雰囲気になってきた。木地呂や溜塗りは、透けて来てからが本領発揮だ。これもまた、10年経ったときにこんな良い雰囲気にするためには、日々の手入れが肝心でもある。なので一応漆器のプロである私が見ても、これは大変だなあと想像できちゃう次第である。

デザインにも寿命はあるし、物自体にも寿命はある。私は、木を伐って食器を作っている。その木が育ったのと同じ年月は使えないと話にならない。これは私の漆器づくりにおける最低限のラインだ。10年経って、表面がすり減ったから、塗り直しする。それは一見あたかも美しい行為のように映るし、作り手と使い手の双方とも、なんだかまるでドヤ顔だったりする。モノを大切に、とか、本物を長く使う、とか、そういった文脈での価値が割と根強い。薄々お判りかとは思いますが、私は、10年やそこらで塗り直ししなきゃいけないような漆器は作りたくない。そんなの恥ずかしくて世間に向けてアピールなんてできない。無償で直したいくらいの気持ちだ。

皆さんご存知の通り、禅宗で使われる応量器を私は主に作っている。応量器は、師lから渡されたものを、ずーっと使う。中には、それをまた次の世代へ渡す。それくらい、長く使うことが前提となっているものだ。10年ごとに塗り直ししていたら、そんなの「良い漆器」だなんてとても言えない。私が作る応量器をお使い頂いているお寺は、なぜだかあまりお金がないところが多い。理由は単純で、禅宗で、修行するのがメインだから、葬式やらないしお墓もないっていうお寺が21世紀の日本にもまだまだ実は存在しているのだ。なのでほんとうに「布施」だけで生活している方もいる。托鉢のときは、もちろん応量器を使う。そういう方々が、それでも(巷にあふれる廉価で粗悪なものではなく)私が作る応量器を自分や弟子にと決めてくださったのだから、その思いに恥じぬものにしなければならない。

出来上がってすぐの状態がいちばんすてき、というのは何の価値も覚えない。建物も、漆器も、誠に残念ながら「出来上がってすぐの状態がいちばんすてき」なもので溢れ返っている。だからこそ、私は柊家が大好きなのだ。そしてこれは、お金をかければ作れる類いのものでもない。なんてったって維持するのが大変なのだ。それは大工が大変だったり維持費がかかるとかいうのではなく、日々の手入れが大変なのだ。それもまた、そういう場所を構えておもてなしする、という覚悟があってこそのものだ。

最後に、何度か書いたことがあるエピソードを、またもや紹介しておきます。

戦時中。イギリス軍のスパイがドイツ軍に潜入した。スパイは、ドイツ軍の一員として前線にいた。彼は最後までスパイだと見破られなかった。言葉遣いやイントネーションや仕草などはスパイなのだからそんなの当然どこからどう見てもドイツに仕上げることは想像の範囲内だ。では彼が凄かったのはどこか。彼は、地元(ドイツの都市)に恋人を残してきているという偽の設定をしていて、それくらいなら戦場の寝床では話の流れでありそうだし、話の流れでどうにでも切り抜けられそうなものだ。しかし彼は卓越したスパイだ。話だけで地元に恋人がいることを信じてもらえるとは考えていない。ではどうしたか。彼は毎晩寝床で、恋人からの手紙を、大事そうに取り出して、読んだ。大切に大切に扱いながら。その手紙が、大切に扱われたものだけが発する何かをまとっていたから、スパイだと見破られなかった。

それが、ごく普通の動作で雑に取り出して「読むフリ」だけだったり、大切な物だからといって大事にしまうだけで読まなかったり、そもそも手紙を持っていなかったりしたら。それらの行為と、大事に扱いながら毎日読む行為は、違う。全然違う。でっち羊羹とダッチオーブンくらい違う。ドイツの都市に暮らしていて、そこには恋人がいる、という人物を演じるには、そこまでするのがスパイなのだ。アメリカや日本では、そこまで考えがまわっただろうか。ヨーロッパの凄味を感じるエピソードであり、物を大切に使い続けることについても考えさせられる。大事なものだからといって使わずにいても、やっぱりそれは徐々に魅力が消えて行く。大事なものなら、使わないといけない。そして、その物には、使ってもおんぼろにならない質を備えていなければならない。


以上これで八千字確也


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