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漆器ができるまで 2:漆器の下地

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かなり放置しているカテゴリで誠に恐縮ではございますが、私の手がけている漆器と一般的な漆器の違いは木地と塗りだけではなく下地にも当然ありますので、簡単に下地についてご説明いたします。木地の話もここからが本番というところで止まっておりますが、いずれ追加更新していきます。

※画像は、クリックすると拡大されます。
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■下地とは

躯体である木と、表面塗装である漆との間に施すもの。住まいの壁、木やボードに下地を施し、塗装したり板を貼ったりするのと同じです。化粧とも同じ。漆塗りは最後の工程であり(蒔絵を施すなら蒔絵が最後の工程ではあります)、表面がつるつるだろうとでこぼこだろうと、その通りにしか塗れません。なるようにしかならないわけです。ちょっとした凹凸を最後の漆塗りで誤魔化すことはできません。表面を美しく、というのが下地の目的のひとつです。鉄筋コンクリートの建物でいうと、鉄筋が木、コンクリートが下地、壁紙が漆、です。

漆器は、木が躯体の器です。そこに漆を塗ったり下地を施したりというのは、なぜか。防水と耐蝕のためです。液体が漏れる食器など使い物にならないですし、耐久性がなかったら何度も作り直さなければならないですから、大昔の日本人は身近に手に入る材料で試行錯誤し、漆が最適だということになったのでしょう。耐水性と耐久性、これが下地の最大の目的です。下地など施さなくても、木に漆を塗り重ねれば良いのではと思うかもしれません。でも、それだと、いくつかの問題が生じます。

もし下地などやらなくても木に漆を塗り重ねたほうが「良い」のなら、こんな簡単な話はありません。必要な材料も減りますし、特別な技術も不要、コストもかからない。最後の上塗りだけをびしっとすれば、それまでの下塗りなどは皺が寄って縮れようが埃が付着していようが、研げばいい(山中漆器は最後の上塗りを塗ったら、研ぎません。他の漆器産地では研いで仕上げることが多い)。でも、漆器には、下地が施されています。昔から。

こちらのページの中ほどにある、わらび餅が乗った小皿の画像をご覧ください。写り込みが歪んでいません。これが、ちゃんとした下地を施している漆器です。そして、ちゃんとした下地であれば、10年や20年くらいは平気で毎日使えますし、割れたり劣化したりということもありません。


■下地の素材

現在私が作る漆器の下地材料は
・国産漆
・能登産の地の粉
・京都産の砥の粉
だけです。水すら足していません。これが、ここ数百年の歴史で、最も堅牢な下地だと明確に答えが出ているからです。それを変えようなんて思いません。国産の漆は当然のごとく日本の気候に合っています。成分も漆の産地によって違いはありますが、中国産の漆や東南アジア産の漆に含まれている成分が「少ない」ものを選べば良いわけであって、品定めは割とシンプル。

地の粉は、珪藻土を焼いて粉末にしたもの。なので灰色をしています。焼いた珪藻土はガチガチに固い。落としても割れません。能登産の地の粉は、輪島塗が堅牢と言われる最大の理由で、能登で採れる地の粉が最上とされています。輪島塗が堅牢な下地を必要としたのには理由があって、本体である木地の木取りが、変形しやすい「よこ木」だからです。そんなわけで、たて木で木取りした変形しにくい山中漆器の木地で、堅牢な下地、それが最も頑丈な漆器になります。輪島塗の人たちは門外不出と言ったりしていますが、普通に流通しています。なぜ普通に流通しているのかというと、肝心の輪島で作られる漆器に使われることが少なくなり、外貨獲得手段として材料供給も行われているからです。ちなみに能登半島の地面は四分の三が珪藻土と言われており、半島の奥へ行けば行くほど珪藻土の七輪を売ってる店の密度が高くなっていきます。稀少性は、特にないです。

砥の粉は、石を粉砕して焼成して粉末にしたもの。事実上の原料供給地がそこしかないことと流通量の問題もあり、京都産のものが、高品質な漆器からそこそこ高価な漆器まで、私の印象としては広く使われています。ただし、一口に山科産の砥の粉といっても質はさまざま。粒子が小さくて尖っているものが最上とされています。粒子が大きくて粗いと、ざらっとしてジャリッとしていて、サーフェスが美しくないです。そして、木は多孔質です。細かな隙間にどれだけ下地の錆地を入り込ませられるかが、その漆器の耐久性に大きく関わってきます。粒子が小さく、なおかつ引っかかりのある尖ったものが良いのです。また、下地をつけるときの「伸び」も、砥の粉の質によって異なります。

ちなみに木曽漆器では、そのへんで採れた土を焼成せずに空気乾燥したものを漆と練り合わせたものが下地の錆地でした。今はどうなのか知りません。会津などでは柿渋と松脂(を燃やしたもの)を混ぜて下地の錆地としていたようですが、こちらについても詳しいことは知りません。琉球漆器は豚の血を使っていたそうですが、現在琉球漆器を自称しているものの中で豚の血を使ったものがどれだけあるのかも知りません。耐久性の観点から、別に知らなくてもいいかと思ってしまったので、そちらのほうの調査や分析は全くしたことがないです。

価格の高低に関係なく、百貨店やギャラリーなどの小売店で売られている漆器で、私が作る漆器と同じ下地を施しているものを探すのは難しい。近いものとしても、下地材料に水を足して扱いやすさと「かさ増し」をしているものであったり、漆が中国産であったり、国産漆でも中国産の漆に含有成分が近い量産型だったりします。そんなレベルの違いから、全てご紹介するとドン引きすること間違いなしな幾つもの「グレード」があり、謎の糊を加えたり、石油由来のものを加えたり、自作の地の粉を使ったり、テレピンを染み込ませたり、ひどいものになるとポリサイトをスプレーガンで吹き付けるだけというものも、汁椀で販売価格1万円前後のものに存在します。

テレピンやポリサイトを使うのはなぜかというと、木は漆を吸い込みますから、それを防ぐわけです。たくさん吸い込むとそれだけ漆を使うからコストがかかる、という理屈です。防水と防蝕のための下地なのに、できるだけ「やらない」ようにしているのです。表面をカバーできればそれでいい、というわけです。石油由来の物質は、木の微細な孔に染み込むことがなく、表面を覆うだけです。ウレタン塗装と漆塗りの違いを見れば明らかですよね。また、中国産の漆やそれに成分が近い国産漆を使うと、耐久性が「いちばん」ではなくなるので、使いません。

山中漆器はロクロで挽くことを得意としており、生み出される漆器は上から見ると円いものが多い。ということは下地も、その形状に適した手法をとる。長年そうしてきたので、上から見ると円いものに下地を施すのが得意。そんなわけで、木地だけでなく下地まで施したものを輪島や京都の漆器屋や作家が仕入れたりもする。山中漆器は高級漆器産地の下請けの歴史がべらぼうに長く、そういう流れができてしまっているのだ。上塗りまで山中でやったものも他の産地へ売られていくこともある。それらが輪島や京都の漆器屋の暖簾のもと、立派な値段で売られている。同じことは山中漆器でも起きていて、コストをかけたくない山中の漆器屋は、越前に仕事を出している。山中の低コストなものよりも桁違いに安くできるから。


■下地の施し方

下地を施すには、ヘラを使います。下地職人が、板や棒を自分で削って作ります。

下地が波打っていると、その上から塗る漆はあくまでもサーフェスを司るものであって、波打ったものとなります。漆器は艶があるので、光の映り込みの「歪まなさ」で一目瞭然、良い下地か否かすぐに判ります。しかも漆器の作り手のずる賢さは筋金入りで、下地のムラや、研ぎが甘いものをそのままにして、その上から漆を塗って「刷毛目が残る手塗りの漆器」といったふうに謳っていたりもします。

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布を貼る場合は、漆で貼ります。汁椀の場合、見附(内側の底)と、口をつける縁(最も欠けやすい)と、高台に布を貼ります。布の素材は、天然植物繊維で最も丈夫な、麻です。いつかヨーロッパのリネンを使ってみたいと思いつつ、使ったことはありません。布を貼るのは補強のためであり、落として割れても破片を紛失しないので修理もできる、というメリットもあります。

下地のつけ方は、かつて山中漆器で主流だった手法をとっています。最も手間と時間と技術を要する手法です。なんでもない汁椀ひとつに下地を施すために、2か月かかります。なぜそれだけ時間がかかるのかというと、日曜大工で下地や壁塗りをしたことのある方ならお解りになるかとは思いますが、下地の錆地は、塗る形状に合わせて塗っていかなければならないからです。応量器は角のない形状で、少ないといえば少ないのですが、いちばん大きな頭鉢で、8回に分けて下地を塗っています。つまり、頭鉢用だけで8本のヘラが必要なのです。カーブを描いているものに下地を施すならば、そのカーブに合わせた形状のヘラでつけるのが最も「良い」からです。

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そうして下地の錆地づけを3回繰り返します。一辺地、二辺地、三辺地、と私たちは言っています。これらは地の粉の粒子の大きさが異なります。一辺地が最も粗い。ちなみに茶道具の場合は三回施さず、また、二辺地を使わずさらに粒子の細かい四辺地を使ったりもします。そんなわけで応量器の頭鉢に下地を施すには、16日かける3回の日数が必要です。さらに、下地を施す前に「木地固め」という工程があり、なんだかんだで毎日やっても2か月かかります。日曜日くらいは休ませてください。これが私の漆器の下地の施し方です。

山中はもちろん輪島や会津といった漆器産地で現在主流となっている下地の施し方は、汁椀なら内側を一気に施して、翌日は外側を一気に施す、という何とも生産性に優れた手法です。ヘラは、平らか、円みを帯びたものが使われます。それ1本で、すーっと錆地をつけていきます。当然、その方法だと、厚みにムラができます。それを研いで平滑にするわけですが、研ぐのは大変なので、ではどうするかというと、下地の錆地の素材を「扱いやすいもの」にするわけです。精度も美しさも耐久性も、何もかもが無視された、生産性とコスト削減の賜物というわけです。

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光を当てて、艶や写り込みの形をご覧になるのが、簡単に判ると思います。歪んでいたら、下地がイマイチです。ただ、現在では「ポリサイトサーフェーサー」なるものが普及しており、私にはよく分からないものをスプレーガンで吹き付けて、下地のできあがり、という代物がかなりの割合で出回っており、スプレーガンで吹き付けるのですから、全体的には同心円状でないかもしれませんが、目立った歪みはできません。余りにもプレーンな表情をしている漆器があったら、ポリサイトサーフェーサーかもしれません。

そしてもうひとつ重要なのが、固めることに関して。下地の錆地の素材には漆が入っています。漆は、空気中の水分と結合して固まります。乾くと言っていますが、正確には乾燥しているのではなく固まっているのです。で、多くの作り手はどうしているかというと、漆は水分と結合するのですから、湿度を上げます。そのほうが早く固まって早く出荷できて早く現金化できるからです。

しかし、湿度が高いと固まるのが早くなるだけであって、耐久性を上げるには、ゆっくり固めたほうが良いんです。このことは殆ど知られておらず、今日も全国の漆器職人や漆器作家が「湿りを打つ」などと言って、あたかも人為的に湿度を上げることが手間をかけた良いことであるかのようにアピールしています。でもそれは、単に生産性の問題であり、質の問題ではないのです。私は、下の画像をご覧になればお判りの通り、むしろ風通しの良い場所で固めています。そのほうが堅牢な下地になるからです。時間はかかりますし、作業スペースを占拠しているのですから見えないコストもかかります。でも、そのほうが良いなら、そうします。私の漆器は、全ての素材と全ての工程において「そのほうが良い」を選択しています。言うまでもなく、この「良い」は、質の問題です。質とは、佇まいと精度と耐久性です。多くの漆器がそうであるような、早くお金になるから良いわけでも、手間がかからないから良いわけでもありません。

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ゆっくり固めた漆器のほうが、劣化が遅い。古い漆器を見比べてみれば判ります。同じ素材を使うのだしコストは変わらないんだから、みんなそうすればいいのに、生産性や納期短縮のために、ひたすら湿りを打っているのです。完成した後の、使っていくうちに劣化していくことなど、どうでもいいのです。そもそも、できあがった漆器を使う環境と大きく異なる環境で作っても、それはいびつに歪められたことではないだろうか、という疑問があります。

下地の最後の工程は、研ぎ。がっちり固まってから、最後に炭で表面を滑らかに研ぎます。これはもう漆器づくりにおいて最も汚れる仕事と言えるでしょう。鼠色の下地が水と合わさって飛び散ります。研いでいるのですから。下地職人には、女性がほとんどいません。女性は作家志向で、形状を司る木地か、サーフェスを司る塗師か、あるいは装飾である蒔絵師になりがちです。

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そんなこんなで、技術と手間と時間を費やしたくないと考える作り手によって、あの手この手の効率性や生産性だけしか考えられていないものが広まっています。形状を司るわけでもなく、サーフェスを司るものでもないだけに、それらは作り手の間で広まるだけで、漆器を選んで購入する人たちには決して伝えられません。ディスクローズとトレーサビリティの真逆を突っ走っているのです。

聞こえの良いことだけを抽出して謳い、都合の悪いことは言わない。下地の素材まで問い合わせる人なんて滅多にいないのでしょうし、何しろ日本の法律がザルで、あの手この手でコストを削減した代物でも「素材:木・漆」と表示できちゃうんです。表面塗装の塗料に1%でも漆が入っていれば、素材は漆。国産丸大豆醤油みたいなもんです。ディスクローズすることなく隠して手抜きする人にとって都合の良い状況なのです。

百貨店でもギャラリー(それはギャラリーではなく小売店なのだが)でも、尋ねてみてください。「下地の素材は何ですか?」と。そして、その次に「どうやって下地をつけているんですか?」とも。


■まとめ
まとめますと

・素材
漆と地の粉と砥の粉だけか。
水は足されているか。
他に石油由来のものが足されていないか。
木地固めは何でやっているか。
漆と地の粉と砥の粉の出所は。

・方法
ヘラでつけているか。
ヘラを何種類も使い分けているか。
湿度を上げずに固めているか。
研ぎには何を使っているか。

といったところです。

最もスタンダードな下地の施し方を説明して、あたかもその人が作る漆器や販売されている漆器が全て同様の下地であるかのような「説明」をする小売店もありますし、正直に全てを開示するところは滅多にないとは思いますが、そうしたことをいつまでも尋ねないままでは、旧態依然として隠したがりの漆器業界はこれまでと何ら変わることなく、よりコストを抑えるためにあの手この手の方法を編み出し続け、なおかつそのことを隠し続けるでしょう。何と言っても、いろいろ謎の化学物質を使っているのに「素材:木・漆」と言っちゃう業界なのですから。「漆器とは」といった全般的な問い合わせではなく「この漆器は」といった個々の物について尋ねるのが良いでしょう。

こうしたことを尋ねられて、正直に説明する人もいるかもしれません。でも、その後に、多くの漆器屋や作家や小売店やデザイナーやプロデューサーは「変わらないよ」とか「大して違わないよ」とか付け足すかもしれません。そう宣っている人を私はこれまでに数多く目にしてきました。


あのですね、変わらないなら、桁違いなほどの手間などかけませんよ。
大きく違うから、手間と時間と技術とお金をかけているんです。


有害な物質を一切使っておらず、毎日使って10年くらい経っても変わらないなら、変わらないと言う資格がなくもないです。ぜひ使い比べてみていただきたいとすら私は常日頃から感じております。


以上是六千六百三十二字也


※素材や道具などの画像を順次追加していきます。


コトバンク:地の粉
進藤謙商店:砥の粉とは
Wikipedia日本版:漆器


参照記事
素材としての国産漆と中国産漆の違い
漆の色:朱
伝統工芸という言葉の響き














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